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天眼の聖女 ~いつか導くSランク~  作者: 編理大河
インタールード~修業時代~
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ギギ4


 腹部が焼けるように熱く、それが痛みかどうかも理解できないぐらいに意識も混濁していた。なんとか大きく呼吸をしようとしても叶わず、激しく鼓動する心臓に動かされるようにパクパクと口が自然と動く。


「しっかりしなさい、ギギッ‼ 今、モーラさんが癒しの使える神官を探してくれてるから」


 ぼやける視界の中、アンナの甲高い声が聞こえた。普段は耳が痛くなるが、今はそれが自分を生に留めてくれているようで不思議と心地いい。声に出して答えたかったが、呼吸するだけで精いっぱいだったので、瞳をぎゅっとつむり何とか頷いて見せる。


 こうなったのは、子供をいじめていたチンピラをセティが糾弾したのがきっかけだった。怒り狂ったチンピラは突っかかってきたが、そのときはモーラがいたため魔法で撃退した。だが、恨み深いチンピラはその後、自分たちを付け回していたようで、モーラの留守を狙い襲い掛かってきたのだ。


 狙いはセティであった。だが、たまたますぐそばに居合わせたギギが立ち塞がることで護ることは出来た。しかし、日ごろの鍛錬は意味をなさず、木の棒で殴りかかってもたやすく払いのけられ、腹部にナイフを突き立てられたのだ。幸いにして、モーラを探し叫びまわったアンナのおかげで、モーラが駆け付け治ることのない傷を負わせられたチンピラは泣きながら逃げて行った。


(人が死ぬときってこんな感じなんかな。呆気ねえ……)


 動かすことも危険と判断され、モーラが神官を探しに行ったが、こんなスラムに来てくれる神官などいるのだろうか。自分の非力さを実感しながら、薄れゆく意識にギギは身を委ねた。




 結果としてギギは助かった。どうやってか賄賂などを好む不逞神官を捕まえてきて、癒しの奇跡がギギに施されることとなったのだ。


「意外となんとかなるもんなのかな」


 一度は死を受け入れたギギは呆気なく助かった自分の命に拍子抜けし呟く。そして寝藁から体を起こすと、腹部に捩れる痛みを感じ悶絶する。


「いてて……」


 不逞神官は、その心掛け相応の奇跡しか使えなく、完治とまではいかなかった。しかし、金銭そのものはきっちり要求してきたらしく、モーラはその持ってる財産の大半を自分のためにはたいたと、目覚めた直後、看病してくれていたらしく隣にいたアンナから厭味ったらしく言われたものだ。


――まったく、あんたは役立たずね。案の定、棒振りなんてなんの役にも立ってないじゃない。


 幼馴染のその言葉が耳に鮮やかにリフレインし、ギギは苦笑する。


「まあ、確かに役に立ってねえよなあ」


 いざとなったら何とかなると、根拠ない自信が幼いギギにはあったのだが、結果は芳しくなかった。結局モーラがいなければ、皆殺されていただろう。自分を卑下する、疑うといった資質が欠如しているギギという少年にとって、今回のことで初めて自身の根底が揺らがされたといっていい。


「おっ、英雄殿の目覚めかな」


 しかし、それを突き詰めようとするより早く、部屋に入ってきたクリスがギギにそう笑いかけてきた。後ろにはセティがその背に隠れるようについてきている。


「なんだよ、英雄殿って」

「俺の妹を助けてくれたんだ。俺にとってギギは英雄だ」


 妹を溺愛しているクリスはさも当然といったように言い放つ。


「助けたのはモーラ兄ちゃんだけどな」

「そんなことはない。もし、ギギがあそこで奮闘してくれなかったらセティの命がなくなってたかもしれないだろう。兄として改めて礼を言わせてくれ。妹を助けてくれてありがとう」


 礼儀を示すようにクリスは深々と頭を下げる。この前まで自分を否定してきた相手が態度を翻すのを見るのは気分がよかったが、それ以上にバツの悪さの方が先にきたギギは慌ててそれを制止する。


「よ、よせよ。仲間のためだしな」

「そうか。なら、よしておこう。しかし、ギギは懐も広いな。流石は未来の剣聖だ」


 ギギの言葉にがらりと砕けた態度になったクリスだが、相変わらず賞賛は止まらない。あまつさえ、否定していた剣聖までもを肯定している。一度、認めた相手にはとことん甘くなるタイプなのだろうか。


「ギギ君っ」


 クリスがべた褒めしてくる中で、セティが意を決したようにその背後からぴょんと出てくる。大分泣いたのだろうその眼は赤く腫れあがっている。


「ごめんね、私のせいで。あっ、酷い顔してるよね、今。ギギ君が寝ている間、アンナちゃんも本当に泣いて泣いて大変だったんだよ」


 今回のことの責任を感じているのか、しどろもどろに話すセティ。確かにきっかけとなったのはセティの後先考えぬ正義感からだが……


「気にすんなよ。セティは間違ったことはしてねえ。おかしいのは正しいことを正しく出来ねえ世の中の方さ」


 心の底から本気でギギはそう答える。もし、自分が英雄だったらこんなことは許さないのにと常日頃思っているからだ。そう考え、ふと思い当たる。存外自分が剣聖を目指したのも案外憧れだけでなく……


「流石将来の剣聖は言うことが違うな。俺も同意見だ‼」

「ギギ君はすごいねっ‼」


 兄弟はギギの言葉に感銘を受けたらしい。目を輝かせ近づいてくる。否定ばかりだった自分の夢がこうも肯定されることにすっかり気をよくしたギギは……


「ま、まあな。なんたって俺は将来の剣聖だからなっ‼」


 先ほどの胸のつかえなど忘れ、ガハハといつものように高笑いをする。そのころには、何に悩んでいたかなどもすっかり忘れ、翌日には再び剣聖を目指すための鍛錬を始めた始末であった。そこには協力者としてクリスとセティも加わり、常識人としての仲間をアンナは失った。罵倒よりも暴力が増え始めたのも、このころのことであった。




「はあああああああっ」


 裂帛の気合と共にギギはハルバードを振るう。対峙する相手は同年代最強と目される親友のアレクだ。今まではいい剣筋だと褒めながらも笑いながら攻撃をいなしてきたアレクだったが……


「……」


 今は黙ってその攻撃を受け止めている。あっという間に終わってしまった模擬戦も、得物をハルバードに変えてわずか一週間ほどで20合、30合打ち合えるようになっていた。


「……そこッ‼」


 だが、実力差は狭まったとはいえ、剣に愛されていると師と聖女が語る男には到底及ばない。旋回させたハルバードの軌道が大きくぶれたその隙に距離を詰められ、喉元に剣先を突き付けられる。


「まいった」


 ギギはあっさりと降参する。今までは負けると悔しさが先だっていたが、今はもう微塵も感じることはない。このハルバードのように槍と斧に自分は天分があるらしいが、それでもここにいる少年たちのように冠絶したものはないとギギはリコから教えられていた。一度は縮まったその差は、また大きく開いていくことだろう。


(それでも最善は尽くさねえとな。足手まといにだけはなっちゃいけねえ)


 悔しさは湧かないかわりに、頭はすっきり冴えている気がする。才が突出してないというだけで、自分もBランク相当の適性はあるということだからそれなりに戦えるようになるだろう。それにモーラも口を酸っぱくして言ってくるが戦いだけが全てではない。今、料理番を頑張っているように、別の何かで貢献できるだろう。


「おー、大分ましになったじゃねえか」


 なんでもそつなくこなすスタンが、茶化すようにだがギギをそう褒めてくる。中々に喰えない性格の友人だが、それが本心からだと解るためギギも「だろっ」と歯を見せながら二カッと笑う。


「……僕はギギがそれでいいのなら応援するよ」


 かつての剣友は何か思うところがあるのかもしれないが、そしることはせずにそう話す。申し訳ないと思いながらも、自分の剣の才能の乏しさを知ってしまった今、アレクと張り合おうなどとする気はもう起きない。


「どうよっ、アンナ。俺も結構やるだろっ」


 何かと自分を馬鹿にしている少女も、少しは見直してくれているだろうと手を振り呼びかける。


「……⁉」


 しかし、アンナは答えることなくギギを睨みつけるだけであった。その表情はいつもに増して険しく、近づくことすらためらわれるほどだ。実際、ギギに対する加虐行為から幼い子供たちの中にはアンナに恐怖心を抱いている者もいる。


 馬鹿な自分の為に嫌われ者になってもあれだから、今度注意しないとな、と鬼の形相を浮かべる少女を見ながら、朧げにそう考えるギギ。怯むことなくもう一度笑顔で手を振ると、アンナはなぜか傷ついたような表情となり、顔を背けてしまう。そして、そのまま背を向けると逃げるように鍛錬場から去ってしまう。


「お、おいっ⁉」


 よく知っている筈の少女の予想外の行動にギギは戸惑う。今の自分は、普段アンナが強いてこようとしてきた行動が出来ている筈だ。なのに何故、アンナはあんな態度を取るのだろうか。口ではなんだかんだ言っても、ギギが剣を手放すのに反対だったのだろうか。


「いやいや、おかしいだろうが」


 そんな理不尽は流石にないだろう。実際、自分の才能を思い知った身としてはむしろアンナに余計な世話をかけてしまったと反省しきりである。ここで、アンナに「あんたもやれば出来るじゃない」などと言って貰えれば、今まで悪かったと頭を下げるつもりだったのだ。


「いいの、アンナのこと?」

「え?」


 気が付くとアレクが隣に来て、心配そうに自分に声をかけてくる。アレクが何を言わんとしているのかわからなくて、ギギはただ茫然とする。


「どういうことだよ?」

「え、追わないのかなって? アンナ、悲しそうな顔してたし」

「えぇ……」


 だからといって、なぜ自分がという気持ちが強い。もともと理不尽な存在であるが、改心したにも関わらず反発されたのであればどうすればよいのか。断ろうと思ったが、そこでふいにセティの声が聞こえたような気がした。


――もうっ‼ ギギ君はもっとちゃんとアンナちゃんを気にかけてあげないと。


 セティとアンナは同性同士仲がよく、昔は喧嘩し一方的に殴られたギギによくセティが言ってきたものだ。殴られている身でどうしろと思いながら詳しい理由を聞いても、自分で考えろとしか言われなかったが、結局は正解は見つけられなかった。


(でも、もしセティが生きてたらここで行かないと怒っただろうな)


 ぷりぷりと頬を膨らませる緑髪の少女の姿が瞼に浮かび、ため息をつきながらギギはアンナのことを追うことにした。


 





 

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