ギギ3
「また、モーラのことも手伝わずにそんな木の棒なんて振り回して。君には呆れるばかりだ」
鍛錬と称して日がな1日木の棒を振り回していたギギに、そう声をかけてきたのはクリスであった。とはいっても、それは出会った当初のことである。後に、とあるきっかけをもとに最大の賛同者となってくれるのだが、ギギとアンナがモーラの下に身を寄せた当初は、アンナよりも強く何度もギギの鍛錬を諫めてきたものだった。
「だってよぉ、鍛えねえと強くなれないだろ。俺は剣聖目指してっから」
「それは家事の手伝いをしてからだって出来るだろっ!」
語気強く、ギギを注意するクリスの眼は吊り上がり怒りを露わにしていた。最初は温厚に諫めてくれていたのだが、あまりに傍若無人なギギの態度に忍耐力の限界が来ていたのだろう。
「だから言ったでしょ、クリス君。そいつ馬鹿なのよ。私も何度も注意してるんだけど」
同じ孤児院から逃げ出してきたアンナが、大きなため息をつきながら諦めたようにクリスに告げる。生真面目な二人はこの段階で意気投合していたが、その共通の難物としてギギの対応に当たっていた。
「でもよお、モーラ兄ちゃんだって手伝わなくていいっていってるし、実際人手は足りてるだろ。やることがないのに無理に何かやろうとしても意味なくないか?」
ギギがそう指摘すると、クリスとアンナは顔を見合わせ押し黙ってしまう。そして、二人共苦々しい表情を浮かべている。ギギが指摘したことは当たっており、何か役割を欲している二人は何もなくてもああだこうだと飛び回っているのがギギにはよく解っていた。
ギギとしては必要ならば当然手伝うし、実際孤児院ではアンナよりも多く料理の手伝いをこなしていたほどだ。だが、モーラは料理も上手いし手際もいい。おまけに魔法が使えるから水を汲んでくる必要もない。厨房といえるような設備もないから、その周りでうろちょろしても邪魔なだけなのだ。
「ふっ‼ はっ‼」
騒音が消えたのを幸いとギギは木の棒を全身で振る。必要な時に必要なことだけして、あとはやりたいことだけに全力を尽くす。それが最もシンプルで楽な方法だとギギは心の底から信じていた。そして、やりたいことはただ一つ。ただこうして剣を振るうこと。そうして強くなって、やがて絵本で読んだ剣聖のような人物になるのだ。
「し、しかしだな、君。それでは」
「もういいよ、お兄ちゃん。なにか人手が必要だったら、ギギ君の分も私がやるよ」
それでもなお道理を諭そうとクリスが口を開くが、それを妹のセティが押しとどめた。
「セ、セティちゃんがこの馬鹿の尻ぬぐいまでしなくていいのよ⁉ いい加減わからないなら、私のこいつで」
アンナがセティの言葉に驚きながら、慌ててそう諫める。そして、ギギの素振りを止めようと、拳をゴキリと鳴らしながらギギの背後に回ろうとする。流石にギギもその動きに、まずいと素振りをやめようとするが、セティが笑いながらアンナに抱き着くようにそれを止める。
「いいよ、アンナちゃん。別に尻ぬぐいなんて思ってないから。私はただギギ君の夢が素敵だなって思って、協力したいって思ったんだ」
「はあっ⁉」
セティの言葉に、アンナは理解できないとばかりに素っ頓狂な声を出す。確かに今までギギ自身も、剣聖の夢を称賛されたことなどなく、子供としての稚拙な想いとしか理解されなかった。だから、ギギ自身もその言葉に思わず剣を振ることを忘れて、緑髪の少女の顔に見入ってしまう。
セティはその視線を受け止めると、ニコリと柔らかく笑った。
「ねえ、ギギ君は本当に剣聖になりたいんだよね」
「ああ。絶対に俺は剣聖になってみせる」
自信満々に天に剣を突き上げながらそう公言するギギに、セティは一瞬目を丸くしながらも朗らかに笑い声をあげる。その様子は他人のことなのにとても嬉しそうで、ギギの幼い心に深く深く刻まれた。
「じゃあ、手伝ってあげる」
「おう、サンキュな。頼まぁ」
セティの申し出を、遠慮することなく受け入れるギギ。
「おい、待て。セティ、一体どういう……」
「考え直したほうがいいわよ。この馬鹿は本当に馬鹿なんだから、ただつけあがるだけよ」
アンナとクリスは慌ててセティを制止しようとする。だがセティは二人にも優しく微笑み、再度ギギに視線を戻す。
「そのかわり、お願いがあるの」
「おう、夢の手伝いをしてくれるんだ。なんでも言ってくれ」
自分を肯定してもらった心地よさから、大盤振る舞いしてもよいとの気分になるギギ。当然、ギギに出来ることならば何でもするぐらいのつもりでいた。
「ありがとう。それじゃあね」
セティは一瞬口ごもり、考えるそぶりをする。お願い事があると言っておきながら、何も考えていなかったのだろうかと思ったが、セティは決心したのか鈴の音のような声でギギにお願いを口にした。
「私がギギ君の夢の手伝いをするから、ギギ君はうんと強くなって剣聖になってね……」
「おう」
「それで皆のことを護ってあげて欲しいの」
その謙虚ともいえるお願いごとに、ギギは意表を突かれキョトンとしてしまう。てっきり、好きなおかずの時はわけてくれなど即物的な願いかと思ったからだ。だが、今聞いたお願い通りであるならば――
「お安い御用だ」
なんて簡単なことなのだろうか。少しばかり甘えるような、そんな表情の少女に、ギギはただ力強く頷いて見せた。
「またか。最近よく見るな」
夢で見た昔の記憶に、ギギは悄然としながら呟く。外はまだ暗く日が昇り切っていないようだ。寝床から上半身を起こすと、そっと脇腹に触れてみる。そこには治りきらなかった昔の傷跡が残っていた。痛みなどとっくに消えていたが、なぜか今は不思議と思い出されるようにそこが熱い。
「今日もまた……いや、今日からは違うな」
いつものように鍛錬が始まると思ったが、そうでないことに思い至り首を横に振る。物心ついたときから剣に焦がれ、毎日木の棒を剣に見立てて振るってきた。自分が剣を握らぬことなどないとずっと思ってきた。だが――
「今日からよろしく頼むぜ、相棒」
ギギは壁に立てかけてあった己の得物を見る。それは昨日、リコに己の才能を教えてもらい、師であるヴァルドに選んでもらったハルバードと呼ばれる槍斧。
(約束。半分だけでも守らねえとな)
胸に穴が開いたような喪失感を、幼き頃の約束で埋めながらギギはそう己に自戒する。他の者に庇護されながらみた幼年期の夢は、もう終わったのだと。




