ギギ2
「うん、美味しい。腕を上げたね」
皆が食堂に揃い子供たちがワイワイと食事をする中で、モーラが料理を口にしてギギの腕を褒めそやす。
「ふ、ふんっ。確かに中々ね。剣なんか振り回すよりも、料理人になったほうがいいんじゃない」
アンナも嫌味を言いながらも、ギギの料理を認める。アンナは武芸は少年たちに引けをとらないレベルの腕前だが、どうしてか料理だけ天分がほとんど無い。本人も強いコンプレックスとなっていることを知っているギギは、あまりその嫌味も気にならない。ただ、才能というのはやはりままならないとしみじみと思うだけである。
「料理人といったらリコの知己であるヨハンさんがうちの子供たちの中から、資質のある子をレストランで雇ってくれるそうだよ。リコがお願いしてくれたんだ」
「へえ、すごいわね。それじゃあ、その子たちもレストランで出てくるような料理を作れるようになるわけね」
「そうだね。戦うばかりが能ではないからね。それ以外の才能でも立派に組織に貢献できる。孤児同盟は決して武闘派集団ではない。だから、もっと多彩な才能が必要となるんだ。他にもスラムの子供たちも見てくれるあの気難しい医師のサイモン先生も、骨がある子なら面倒を見ていいと言ってくれた。今、誰がいいかを選別している最中なんだ」
本当にうれしそうにモーラは皆にそう語る。一時期は自暴自棄になったときもあったが、それをリコが救ってくれたのだ。立ち直り前を向くモーラを見るのはギギにとって何よりうれしいが、同時にそのとき何もできなかった自分に不甲斐ない想いも抱いている。
「で、あんたはどうするのよ」
「いや、俺は料理は好きだが料理人になりたいって言うのは別だし、きっと他に適任な奴がいると思う。俺は戦う方向で皆に貢献してえ」
「ふーん、いいけど。出来るのかしら。アレクやスタンにならともかく、あんたこの前ジャンゴにも負けたんでしょ」
「まあ、ジャンゴもスゲエ奴ってリコが言ってたし……」
アンナの痛烈な言葉にギギは言葉を濁す。剣友であるアレクや師匠に褒められていたときはいい気になっていたが、才能あるものが集まり、その中で一番出来の悪さを露呈してしまっている現状があり、忸怩とした想いがギギの胸に広がる。
「まあ、リコのお墨付きだからね、アンタと違って。でも、お墨付きと言ったら今はなんといってもウィルよね。なんか急に凄くなっちゃって。この前なんて、迷宮をとうとう踏破しちゃったんでしょ。いっぱい戦利品も持ってきてたし。まあ、そのせいでアゼル、さんが威張り始めたのがうっとおしいけど」
アンナの話を聞きながら、ギギはつい先日食料を届けてくれた黒髪のエルフの少年の顔を思い出す。あまり交流自体はないし、会話も交わさないが、それでも表情そのものがガラリと変わっていたのにはすぐ気づいた。
あれが自信というものなのだろうか。少年という殻を破り掛けているように見えた、自分の足のみで立っているその姿。以前のおどおどしていた態度が遠い過去であるかのようだ。その堂々とした様子に、礼を言いながら淡い羨望を覚えたのをギギは明確に自覚した。
「うん、大したものだ。まさにあれこそ男子三日会わざればというやつだろうね」
「……」
モーラも嬉しそうにウィルの成長に目を細める。それを目にしたギギの胸にチクりと痛みが走る。そして、それが嫉妬だということも分かっていた。その身に宿る確かな才能を持ち、ついにそれを開花させた少年。根拠のない自信から、いつもバカみたいに高笑いして剣聖になると公言している愚か者とは雲泥の差である。
「ギギ」
優しくかけられたモーラの声に、ハッと意識が引き戻される。大分考え込んでしまったらしい。気付くと自分以外のものは料理を食べ終えており、目の前のスープは大分冷めてしまっている。
「大丈夫かい。そんな深刻そうな顔なんてギギらしくない。ほら、アンナも心配そうにしているよ」
「なっ、心配そうになんてしてないわよっ‼ ただ、この馬鹿が珍しく考え込んでいるようだから、物珍しくて観察してたのっ‼」
モーラの揶揄するような言葉に、アンナは羞恥や怒りからか顔を真っ赤にしてそれを否定する。だが、今のギギはそんなアンナの態度を以前のように面白がる余裕はない。
「わりぃ、気を付けるわ」
ギギは目の前の冷めたスープを飲み干すと、胸に突き刺さっていた一つの疑問にケリをつけるべく迷いを振り払った。
朝食を食べ、片付けを済ませるとモーラは探し人が見つかりそうらしく一人出て行った。ギギとアンナは、孤児同盟の子供の養育係に任命されたキャロルに子供たちを預け、皆が鍛錬場と呼んでいる開けた広場へと向かう。
道中、アンナがいつもどおりに皮肉や罵倒を浴びせてくるが、それに答えることはせずにギギは足を速める。胸に去来するのは、これから為す行動が過去の自分、そしてそれを信じてくれた親友への背信になるのではという不安。
だが、現状に甘んじるのもまた幼いころから見た夢への背信となるということも分っている。自分は剣聖を目指してきた。最初はただ格好いいというだけの理由だが、皆と出会ってからはそこに多くの意味が加わったのだ。すなわち、皆を護るモーラの為に、モーラを護ると。
「……もう、皆集まっているわね」
押し黙るギギに、いつしか口撃をやめていたアンナがぽつりと呟く。それは少しばかり悲しそうな響きを伴っていたが、今のギギはそれに気づかなかった。
「あ、ギギさんだ。昨日はすみませんでした。まさか、勝つなんて」
鍛錬場に着くと、昨日模擬戦で自分を負かした少年が、申し訳なさそうに頭を下げてくる。ギギは古株で盟主のモーラの直参扱いなので、皆に一目置かれている。とんでもない買い被りだ、と今のギギは心の中で己に吐き捨てた。
「どうしたの、ギギ。顔が怖いよ」
剣の話で意気投合している剣友のアレクが、心配そうな顔で近寄ってくる。これからの選択では、この気のいい少年までも裏切ってしまうことになるのだろう。
「悪ぃ、リコに話があるんだ」
「……そう」
アレクは察したように、そっと道を開ける。その先には、悠然とこちらを見つめる遍歴の剣聖と呼ばれた師と、何事かとこちらを見ている人の才能を見抜く天眼の聖女がいた。
「リコ」
ギギは渇く口内を何とか唾で潤し、自分たちが崇め奉る少女に語り掛ける。あの日、孤児同盟が結成されたとき、リコは知りたがる者皆に、その者が何の才を持つのかということを伝えた。しかし、自分は断ったのだ。豪快にガハハと笑いながら、聞くまでもないと。だが、本当は――
(怖かった。突然、おとぎ話を本当にしないといけねえって言われたみたいで。それで自分が無能とわかっちまったら、夢がかなえられなくなったらって)
逃避に似たその行動が許容されたのは、やはりモーラの庇護のおかげだろう。リコのところにもノアという自分にも似た少女がいる。だが、ノアは大それた誇大妄想を自分のように口にすることはない。己を弱者とわきまえて、ありのままの自分で前進しようとしているのだ。
(つけを払わねえとな)
楽しく夢を語れる幼き日々は終わったのだ。たとえ、惨めになっても最善を果たさねばならない。それが真にいなくなってしまった親友に報いれるやり方なのだ。
「すまねえッ‼ 頼みがあるッ‼」
「ふぇっ⁉ う、うんっ、何、ギギ?」
広場に響き渡るギギの大音声にひるみながらも、銀髪の美しい少女は真っ直ぐアメジストの瞳でギギを見つめる。天眼と自分たちが呼んでいるその瞳が、今のギギには呪いの呪物のようにプレッシャーとなる。しかし、意を決してギギは口を開き頭を下げた。
「頼むっ‼ お前の眼で俺の才能ってやつを教えてくれっ‼」




