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天眼の聖女 ~いつか導くSランク~  作者: 編理大河
インタールード~修業時代~
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ウィル8


 討伐ランクBのハイオークは、その甚大な膂力をもって目の前の大男をねじ伏せようとしていた。脆弱な印象しかなかった人たちにおいて、大男はよく粘ったほうだがそれでも攻撃してこない以上脅威ではなかった。魔法使いの魔法も、致命傷には程遠く、小男は小賢しく目などを狙ってくるが注意さえ怠らねば問題は皆無である。


「ぐうぅ」


 もはや叫ぶ体力もなくなったのか、大男が膝より崩れ落ちそうになりながら呻く。弱きを喰らう魔物の性がその好機を逃すはずもなく、止めの一撃を与えようと斧を上段に振りかぶり雄叫びを上げる。背後よりそれを防がんと魔法や刃物の投擲が加えられるが、耐えられないほどの痛みではなかった。羽虫のようにうるさいあいつらはこいつを殺した後、お礼もこめてゆっくりなぶってやればいい。


「グルアアアアアアアアアアアアッ」


 勝利を確信し、最大限に口を開き咆哮する。だが、その瞬間形容しがたいほどの灼熱が喉を走り、絶叫も出来ぬまま、ハイオークは悶えた。


「~~~~~ッ⁉」


 目じりより零れる涙をこらえながら、口内に突き刺さったそれを引き抜く。己の血に塗れたそれは矢であった。先ほどまで戦っていた三人のいずれにも該当しないその得物に、次の攻撃を警戒し目を細めながら射線の方向へと視線を向ける。


 果たしてそこには細身の弓を構えた人間の子供がいた。その存在は認知していたが、同時に戦意の喪失も確認していたため、攻撃を加えてくるなど露程にも思わなかったのだ。結果、喉の奥を射抜かれ深手を負ってしまった。


 屈辱と怒りが吹き上がり全身を支配し、攻撃の対象はすぐさま弓を持った子どもへと移る。距離さえ詰めれば、一撃で葬れそうな細身。二の矢は撃たせまいと、ハイオークは身を低くしながら弾丸のように吶喊した。




「駄目か……」


 一切の無駄なく放った必殺の一射。ウィルのつたない膂力をして、最大限に威力を込めた弓は、しかし相手を絶命させるに至らなかった。この戦いにおいて、アゼルのパーティーたちは火力が決定的に足りていなかった。


 ハイオークは一瞬痛みに悶絶するも、すぐさま立て直して隙を見せなかった。そして、二の矢を撃たせまいと凄まじい速度でこちらへと疾走している。


「ウィルっ⁉ なんでだ、馬鹿野郎っ‼」


 敵の標的がウィルに向かったことに気付いたアゼルが、心配そうに声を上げる。そして、傷んだ体を起こし、よろめきながらこちらへ歩いてこようとし、膝より崩れ落ちてしまう。


(あんなにボロボロになってまで……)


 ハイオークを視野から外さずに、その様子をみたウィルの胸に再び強く感動が沸き起こる。アゼルはどれだけ口で逃げたいと喚こうと、結局は自身の覚悟で戦いに身を置く。いくら理由を求めようとも、戦うということは結局そういうことなのだろう。


 そして、この戦いに自ら赴いた自分も、もう理由なんてものはどうだっていいのだ。


「護る」


 今まで護られてばかりいた自分。だが、護ってもらえたからこそ、今この場で弓を手に敵と向かい合うことが出来ているのだ。だからこれからは――


「僕が皆を護るんだ」


 小さく声に出す。その言葉を唱えると、体の奥より力が漲ってくるのが分かった。逃げ出したい自分がいて、傷つきたくない自分がいて……それでもそんなウィルが望んだのはこの願いだったのだ。


 迷いが晴れた今、アゼルよりも一回り巨体な魔物が巨大な戦斧を手に駆けてくるのを見ても、揺るがない自分がいた。不敵に笑みを浮かべる余裕を見せつつ、ウィルは再び矢筒より矢を取り、番い、放った。




 きた。距離からして二射目はどうしても許さざるを得ないと思っていたハイオーク。一直線に自身の眼球目掛けて飛来するそれを、斧で叩き落とさず牙にて受ける。自分の鉄のごとき毛皮を突破できる攻撃を持たない彼奴等は必ずここを狙うとわかっていた。また、先ほどは意識外の攻撃故不覚を取ったが、軌道さえわかればこのぐらいの芸当は当然のように可能であった。


 そして、斧で受けなかったもう一つの理由。


「ガアアアッ‼」


 すぐに番え放たれた三射目の矢が再度自身の眼球を狙い放たれていた。二射目を斧で迎撃していたら、これを防ぎきれずに眼に矢を受けていたかもしれない。自身に深手を与えた弓手は決して甘くないと痛みよりハイオークは知っていたのだ。


 だが、この巧みな攻撃をしのげば次の矢を番いさせるまえに己の斧でその小さな体を引き裂くことが出来るだろう。よしんば撃てたとしても、そんな矢継ぎ早になんども正確な射撃が可能な筈はないとの見立てもあった。あくまで油断せずに、三射目の矢を切り落とす。


「ッ⁉」


 だが、その矢の後ろには寸分たがわぬ軌道の四射目の矢があった。ハイオークの優れた動態視力は、それを明確に視認するが、そのときにはすでに振り下ろした斧の上を通過し、己の眼球の寸前まで迫っていた。


 光が失われた瞬間、衝撃と激痛がハイオークを襲った。




「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」


 片目を射抜かれたハイオークは絶叫を上げながら、その目を抑え藻掻きまわる。ウィルが物言わぬ的相手に特訓していた、間髪入れずに矢を撃ち続ける超高速射撃が実践で身を結んだ瞬間であった。


「今が好機だけど……」


 また弓を番え、ハイオーク相手に放つ。だが、相手は苦痛に悶えつつもこちらへの警戒は解いておらず、貫けそうな柔らかい箇所は隠されてしまっている。試しに撃った矢も刺さることなく弾かれ地面に落ちてしまった。


(突進の勢いもあった。脳まで貫ければと思ったけど)


 己の掌をじっと見る。その指先は僅かばかり震えている。


(少し張り切りすぎたな)


 それは恐怖によるものでなく、一日弓の訓練で弓を放ったことによる握力の不足。先ほどの超高速射撃でついに限界を超えてしまったらしい。


「ウィルッ⁉ スゲエな」


 戦況の変化に気力を取り戻したアゼルが、感嘆の叫びをあげている。アゼル達と協力すれば、今のウィルならこのハイオークを討ち取ることは可能だろう。だが、その過程で前衛を務めるアゼルの命が危険に晒されてしまうかもしれない。出来れば、今のうちにウィル一人であのハイオークは討ち取りたい。そして、それを可能にできる要因はきっとあるのだ。自身が一歩を踏み出せば――


 その時、ダンジョンであるにも関わらず、途端にウィルの周囲に風がそよめく。その風はとても暖かく、ウィルがかつて知るものであった。


「いてくれたのはさっき気づいたけど、久々すぎてちょっと緊張しちゃったんだ」


 照れくさそうにウィルが言うと、再び風がそよめいた。小さな子供の声を乗せて――


『みずくさい』

『ずっといたよ?』


 それはかつてウィルが拒絶した風の精霊たち。ずっと去っていってしまったと思っていたが実はそうではなかったのだ。それに気づいたのは先ほど冒険者にヘッドショットされたときのことだ。風のそよめきが軌道を教えてくれたため、ウィルは音を聞いただけで弓を避けることができた。


 だが、こうしてまた声が聴けるようになるとは思わなかった。今までは何度呼びかけても、決して答えてくれることはなかったからだ。


『ウィルがようやくこっち向いてくれたから』

『もう無視はしないでね』


 見放されたと思ったが、事実は逆だったのだ。この子達がウィルを見放したのではなく、ウィルがこの子達を見放した。それを自己憐憫によって書き換えていたため、ウィルは今までこの子達を感知できなかった、いやしなかったのだ。ようやく己と向き合えたことで、再びこの子達と触れ合う資格を得たということだろうか。


(――いい、ウィル。精霊というのはね、とても一途なの。だからその絆を裏切らないで)


 かつての母の言葉がよみがえる。教えてもらっていたにも関わらず、なぜか忘れてしまっていた言葉。その通りに、この子達はずっと側にいてくれていたのだ。


「ごめんね」


 慙愧の念から心より謝罪をする。


『ダメ、謝らないで』

『これでようやくウィルを助けられるね』


 風と共に魔力の根源であるマナが収縮し、白いローブを纏った双子の小さな子供が現れる。掌に乗るサイズの精霊たちは、ふわふわ漂いながらウィルの両肩へと乗っかった。


『ウィル、いくよ』

『矢を番えて』

「うん」


 精霊たちに促され、ウィルは矢を番える。ハイオークも痛みから立ち直ったのか、負傷した目を抑えつつ、残った目でウィルを睨みつけている。ただ、今度は飛び掛かるようなことはせず、腰を落とし半身となり、全力で己の急所を守りながらジリジリと距離を詰めてきている。


 ハイオークに向けて弓を構える。弓の威力には気を払っていないのか、ハイオークはその射線から逃げる素振りもみせない。


『じゃあ、いくよ』

『みんなでなかよくね』


 笑いあいながら双子の精霊はウィルの弓へとよいしょと跨る。すると次第にウィルの体から魔力が弓へと自然と吸い込まれていくのが分かった。


(孤児同盟での訓練と一緒だ)


 精霊の力を操れるか不安だったが、その魔法訓練がどうやら役に立つようだ。リコがウィルの風魔法の適性を絶賛していたが、それはウィルが風の精霊の声を聴けることも関係していたのかもしれない。


(これならいける)


 高まる魔力。それを風の精霊が弓矢へと自然と誘導してくれる。後はただ、この指をそっと放すだけでいい。指の力を緩める刹那、いまだ生存を諦めず、こちらを打倒さんとするハイオークと視線がぶつかる。それはウィルが初めて殺める者の、最後の眼差し。


「ごめんね」


 謝ることはエゴだとは理解していた。だが、傲慢であっても今この時、ウィルはどうしても言葉にしておきたかった。そして、言葉と同時に弓を放つ。


『きゃああああ』

『いっけー------』


 双子の精霊を乗せた弓は風の魔力を伴いながら、ハイオークへとまっすぐ放たれる。突如として変わったウィルの弓質に驚愕したようだったが、避けることはせず戦斧にてそれを迎え撃つ。


「グアアアアアアアッ」


 風を纏い、螺旋を描き射出されたその一撃をハイオークは裂帛の気合と共に打ち払おうとする。


「ッ⁉」


 だが、弓に触れた瞬間、斧は砕け散った。そして弓は勢いを止めずにハイオークの胸部を呆気なく貫く。


「……」


 胸に風穴が開いたハイオークは声を発することはなかった。ただ地面に仁王立ちとなり、やがてゆっくりと膝より崩れ前のめりにどうっと斃れる。絶命したことは、微動だにしない様子から見て取れた。


「はあっ」

『やったね、ウィル』

『ぶっ殺してやったよ』


 すぐさま双子の精霊が実体化し、ウィルの肩へと乗る。戦いが終わった解放感から汗がどっと全身から噴き出していた。なんとか自分たちは生き延びれたのだ。そう実感し大きく深呼吸をしていると、すぐそばにアゼルとファム、ケイが駆け寄ってきていたのにようやく気付く。ウィルはそのまま三人にもみくちゃにされた。三人には風の精霊は見えず、声は聞こえないが、暑苦しい、おしっこ臭いと双子は散々な言葉を残し、風となって離れていってしまった。


「おい、ウィル。今のなんだよ。あのおっかねえのあっさり倒しちまってよお」

「いやいや、リコがウィルの才能がやばいって言ってたけど、正直信じられない気持ちもあったんだわ。でも、マジだったんだな。これが覚醒ってやつか、オイ」

「いやあ、これからはウィルがうちのエースだなあ。どっかの小便臭いガラクタ男とはものがちがうよなあ」


 三人が三者三葉にウィルを称賛する。その屈託のない笑顔を見て、ウィルは自分が三人を護れたのだと実感する。そして、ウィルが真の意味でこのメンバーの仲間に入れたということも。これからも、彼らと共に自分は歩んでいくだろう。そうして、護るのだ。自分たちの大切なものを。


「皆さん、帰りましょう。僕たちの場所へ」


 俯くことなく、屈託のない笑顔をウィルは仲間たちへと向けた。

 




 


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― 新着の感想 ―
[良い点] ウィルの成長が丁寧に描かれていて良かったです。 [一言] 本件で誰も死ぬことなく、終了して良かったです。
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