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 未佳みかが、桜の花びらを集めている。

 未佳は何かを集めるのが好きなのだ。

 海に行けば貝殻を集めるし、山に行けばどんぐりを集めるし、そんな特別じゃない場所でも、未佳はいつも「何か」を集めていた。

 お菓子のおまけ、縁にギザが入った10円玉、使い終わったジャムの瓶、大学の購買に置いてある文芸サークルのフリーペーパー。

 共通しているのは、俺から見れば、それらが特に何の役にも立たないということだろうか。


 未佳と付き合って2年になる。

 高校を卒業する前、自分から告白してOKをもらった。

 3年で同じクラスになり、秋に同じ大学を受けることを知った。

 互いの苦手な教科を教え合っているうちに、次第に距離は縮まっていった。

 あの頃、前向きな未佳の発言は、いつも俺を励ましてくれた。

 今思えば楽観的なだけだったのかもしれないけど、ともすれば焦りがちな俺は、そんな未佳にずいぶん救われたものだ。

 晴れて2人とも合格とわかった日、未佳に告白しようと決めた。

「付き合ってください」と言った俺に、未佳は一瞬きょとんとした後で、ふっと笑って、「いいよ」と言った。


 それから2年。

 今は春休み。この休みが明ければ、2人揃って大学3年になる。

 そして俺は、落ち込んでいた。

 第一希望のゼミに落ちてしまったのだ。

 確かに人気のゼミで、落ちたのは俺だけではないらしいけど、正直これには凹んだ。

 新学期からは第二希望のゼミで、俺の学部生活が始まる。


「そういえば、今思い出したけど」


 しゃがんで花びらを拾っていた未佳が、ふと顔を上げた。


「あたし1年の時、一般教養でその先生の授業受けたけど、結構おもしろかったよ?」

「わかってるよ」


 未佳のフォローに答える。

 第二希望のゼミだって、悪いわけじゃない。

 担当となる教授がやっていた一般教養の授業は、俺だって受けていた。

 ただできるなら、第一希望に行きたいと思うのが普通だ。


「第一のとこは、生徒たくさん抱えてて、いっつも忙しそうなんでしょ? 第二希望のとこの、その、水原先生だったっけ?」

「水谷」

「水谷先生の方が、じっくり見てもらえるってことじゃん」

「まあそうだけど」

「よかったじゃん」

「……お前はいつでも前向きだよな」


 俺が呟くと、未佳は再び地面に目を戻した。

 せっせと花びらを集めている未佳に尋ねる。


「それ、集めてどうすんの?」

「どうしようね?」

「は?」

「きれいでしょ?」


 片手に盛った薄紅の花びらを、俺に向けてくる。


「でも落ちたやつだろ」

「まだきれいなのもあるよ」

「すぐ萎れるだろ」

「でも、今はきれいだよ」


 夜だった。

 200メートルほどのそう長くない桜並木。

 片側一車線の道路の両側に、等間隔にソメイヨシノが植えられている。

 昼であれば多少人通りも多くなるが、0時近くもなれば人影は少なかった。

 たまに俺たちみたいなカップルや、桜など見向きもせず走り去っていく自転車が通るくらい。

 未佳のように地面にしゃがんで花びらを集めている人なんてもちろんいない。

 そんなことに夢中になる未佳は、まるで子供のようだった。


 今日の夕方、互いにバイトとサークルが終わって落ち合ってから、ゼミの件で落ち込んでいる俺を、未佳は未佳なりに励まそうとしていたようだった。

 待ち合わせて行った店は俺のお気に入りの定食屋だったし、それからはカラオケに行き、長い時間俺が歌うのに付き合ってくれた。

 それでも、俺の気分はあまり晴れなくて。

 途中から、未佳も諦めたように見えた。

 諦めたというより、飽きたようにも見えた。

 元々未佳はポジティブだから、何かあれば引きずる俺を、はじめは励まそうとする。

 だがそれでも、気分が上向かない俺を理解できなくなるのか呆れるのか、次第に声をかけなくなる。

 もしくはかけても全然関係ない話題を振ってくる。

 だいたい今日もそのパターンだった。


 カラオケを出てからは、互いにゼミの話は出さなかった。

 コンビニに寄り、この時間に食べたら確実に太るだろう甘そうなデザートを買い、「そういえばあそこの桜今きれいらしいよ」と言う未佳の言葉に、遠回りしてここへ来た。

 確かにきれいだった。

 だが、もう盛りは過ぎてきているようで、地面には結構な量の花びらが落ちていた。

 2人でゆっくりと桜並木を歩き、まあたまにはこんなのもいいかと思い始めたところで、未佳は「ちょっと待って」と、いきなりしゃがんだのだ。

 最初は靴紐でも解けたのかと思ったが、未佳はそこで花びらを拾い始めた。


「そろそろ行こう」

「もうちょっと待って」

「だから、そんなに集めてどうすんだよ」

「集めるのが、楽しいんだよ」

「俺にはわかんねー」


 小さくため息をついて、未佳から離れる。

 わざわざ落ちたものを拾わなくても、見上げればまだきれいに咲いている花があるのに。

 コンビニの袋が音を立てる。

 中に入っているのは生クリームがたっぷり乗ったチョコプリンと、いちごのムースを使ったケーキだった。

 未佳はこの時間にこんなもの、本気で食べるつもりだろうか。


「圭ちゃん」


 振り向くと、いつの間にか追いついてきた未佳が、両手いっぱいになった花びらを持って立っていた。

 その表情と、両手を一旦下げたのを見て、何をしようとしているのかがわかった。


「そー…れっ!」


 掛け声と共に、未佳が今まで集めていた花びらを、思い切り空に投げ上げた。

 無数の花びらがひらひらと舞い、俺と未佳の頭上に落ちてくる。


 きれいだった。

 それは一瞬で終わってしまったけど。

 何より目に焼き付いたのは、花びらを撒き上げた時の、未佳の楽しそうな顔だった。


 その顔を見た瞬間、何だか、落ち込んでいたことがどうでもよくなってきた。

 ああ、未佳にとっては、どうでもいいことなんだと。

 ささいなことなのだ。

 それよりも大事なのは、桜の花を集めて、撒き散らすことなんだと。


「あー、楽しかった」


 満足げに一息ついた未佳が、頭や服に付いた花びらを払う。

 花びらは、俺の服にもついていた。見えないけど、たぶん頭にも乗っかっているだろう。


「……満足?」

「うん。きれいだったね」


 一仕事終えたような満足げな笑みだった。

 俺も、苦笑した。


 もういいや。

 きれいだったから。


 髪の毛に手を入れ、服を叩いて花びらを落とす。

 先に身支度を整えた未佳が、俺が両手を使えるように、持っていたコンビニの袋を受け取った。


「落ちたものでも、きれいになるでしょ?」

「……お前それ言おうとして、拾ってたの?」

「え?」


 首を傾げたその反応に、考えてやったことではないとすぐにわかった。

 でも、質問の意図はわかったようで。


「あ……もしかしなくてもあたし、いいこと言ったね?」


 してやったりの顔をした未佳に、ちょっとイラっとして、でもすぐにおかしくなった。

 自然と、頬が緩んでいた。

 だって元々、未佳のこういうところを好きになったんだから。


「やっぱお前、いいよな」

「なに?」

「もっかいやってよ、今の」

「え?」

「花びら。ぶわーってやるやつ」

「もういいよ。集めるの大変なんだから」


 もういいだろと言われてもやめないのに、やれと言われればやらない。

 未佳は自由だ。


「帰ろ」


 あと半分の桜並木を、未佳が先に立って歩き出す。

 隣に並んだ俺は、未佳の手からコンビニの袋を取った。


「ん」

「ん?」


 それまで袋を提げていた手を、未佳が俺の前に出す。


「なに?」


 袋を返せということかと思ったが、そうではなかった。


「繋いでくれないの?」


 そういうことを素直に口に出すところも、未佳の好きなところだ。

 コンビニの袋を持ち替えると、空いた手で差し出された未佳の手を握った。


「今度は明るい時に通ろうね」

「いいけど、確かあさって雨だぞ」

「え? 散っちゃうじゃん」

「しょうがないだろ」

「じゃあ明日」

「早いな」


 未佳が歩く歩調に合わせ、握った手をゆっくりと振る。


「明日昼シフトなんだよな」

「じゃあ朝」

「起きれんの?」

「圭ちゃんが起こして?」

「俺に頼るなよ」

「じゃあ目覚ましかけようね」


 強い風が吹かなくても、歩く2人の頭上にはひらひらと桜が舞っている。


「明日は拾うなよ」

「何で?」

「恥ずかしいだろ」

「でも、きれいだったでしょ?」

「だったけど」


 未佳はしばらく、返事をしなかった。

 こんなことで機嫌を損ねはしないことはわかっていたが、空いた間に、隣の未佳を見た。

 すると。


「わかった」


 未佳が頷いた。

 自分が望んだこととはいえ、それは、少し意外な返事だった。

 だけど。


「じゃあ、圭ちゃんと、2人の時だけにする」


 そう付け加えた未佳を。

 やっぱり、好きだなと思った。




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