さくら
目の前を歩く七瀬の肩についてる花びらが、ずっと気になっている。
ここ数日で、あっという間にこのあたりの桜は満開になって、早くも散り始めていた。
別に桜を見ようと思ったわけじゃない。
単に、バイト先と家の最短距離に、この桜並木があるだけだ。
県道と県道を結ぶ、200メートルほどの、桜のトンネル。
県外に知れ渡るほどの名所じゃないけど、この時期になると、それなりの数の人が訪れる。
「今日は暇でしたね」
「やっぱここキレイですね」
夕方、人の少なくなった桜並木の下を、2人で歩く。
主に七瀬が発する、当たり障りのない話題に適当に相槌を打つ。
七瀬のカーディガンについた花びらは、落ちそうで落ちない。
最近買ったという黄色のカーディガンは、七瀬によく似合っていた。
赤信号で止まり、七瀬が振り返る。
「あれ、先輩」
「なに」
「付いてますよ」
「え?」
七瀬がこちらに、手を伸ばしてきた。
その手の行方よりも、すっと近付いた七瀬との距離にどきっとした。
柔らかそうな生え際の髪、濁りのない澄んだ瞳、少し開いた唇。
ショートカットで、さばさばしていて、女の子というよりは、ただの気の合う後輩だった七瀬。
それがいつから、変わったのか。
「ほら」
いつもの距離に戻った七瀬の指先は、一枚の花びらを挟んでいた。
こちらに差し出してきたから、何も考えずに右手を出した。
手のひらに置かれた花びらは、まだ綺麗なままだった。
「あのさ」
「え?」
お前も付いてるよ、というその一言が、何故か言えなかった。
七瀬の右肩に乗っている、小さな花びら。
手のひらの花びらを握りこみ、パーカーのポケットに入れる。
「いや……ありがと」
「どういたしまして」
七瀬が笑うと、信号が青になった。
七瀬はいつも、自分のペースで歩いて行く。
だから俺は大抵、七瀬の斜め後ろをついていく。
ジーパンにスニーカー。背中には大きなリュック。
七瀬が歩くたび、そよ風が撫でるたび、花びらは揺れる。
落ちそうで落ちない。
花びらが必死に、くっついているようだった。
桜並木が終わる。
いつもなら右に曲がる七瀬が、足を左に向ける。
「じゃあ先輩、私はここで」
「え? お前、こっちじゃなかったっけ」
尋ねると、七瀬がへへへー、と笑っている。
その顔を見て、すぐにわかった。
(――ああ、そうか)
「……重田ん家か」
「そういうことです」
「何だ、まあ……そりゃ、よかったな」
「はい」
七瀬の頬が少し赤くなったのは、夕日のせいだけではないはずだ。
それが何だか、眩しくて。
眩しくて、苦くて。
「……じゃあな」
「はい、お疲れ様です」
照れ隠しか小さく敬礼の真似事をして、七瀬が踵を返す。
その肩から、花びらが落ちた。
風に遊ばれて、くるくると回る。
七瀬は振り返らない。
振り返るわけがない。
地面に落ちた花びらは、車が通って起こった風に、あっけなく飛ばされる。
特別だった一枚は、他の花びらと混じって、すぐにわからなくなった。
ポケットに入れていた手を出すと、七瀬から渡された花びらが、手のひらにしわくちゃに貼りついていた。
指先で剥がして、地面に落とす。
頭上を振り仰ぐと、ひらひらと花びらが落ちてくる。
次から次へと舞う花びらに、地面に落とした花びらも、すぐに隠れてしまうだろう。
今年の桜は、あとどれくらいもつんだろうか。
桜の季節は、あっという間だから。
目の前に落ちてきた花びらにふっと息を吹きかけると、俺は桜並木を後にした。




