東北攻め2
ひと月後、鎌倉には多数の兵が溢れていた。その数、8万。
義教の言った10万には及ばなかったが、1年を通して動かせる兵がそれだけ集まったということであった。
義教は満足していた。
季節は夏であった。
「今なら東北のものどもは、兵は集められまい。一気に攻めこむぞ。」
電光石火であった。義教達はすぐに会津の蘆名家を目指した。
蘆名家も備えを固めようとしたが、兵が集まらなかった。
「どれだけ集まった?」
家臣達は戸惑いながら答えた。
「かき集めましたが、やっと500でございます。」
盛久は嘆いた。
「話にならん。援軍はどうだ?」
「来そうにございません。」
「絶望的だな。最早これまで、戦って意地を見せるか、戦わず降るかだな。」
評定を繰り返している間に義教率いる8万の大軍が会津に攻め込んできた。
雲海の如く大軍を見た途端、盛久の気概は一気に失せてしまった。
会津守護館を出て、義教の元に出向いた盛久。
「京都扶持衆でありながら、御所様に背いた罪、まことに申し訳ありません。
これからは、御所様の仰せに従いまする。」
と義教の前に頭を下げた。
「吾に背いた罪は重いが、これから東北を攻める道案内をするなら、その罪は許す。
吾の政に従うか?」
「従いまする。」
「ならば良し。これより、兵を二手に分けて、奥州、羽州を攻める、家臣達からそれぞれに詳しいものを出せ。」
「かしこまりまして候。」
会津を足がかりに義教は、一気に太平洋側と日本海側の二つの道を一気に攻める事とした。




