島津攻略始末1
北九州を手にし、最大の敵である島津家を相手にすることになった御所方であったが、パタリと進軍の足を止めてしまった。
北九州で味方についた菊池持朝などは、島津相手に戦うのに張り切っていただけに肩透かしを食らったようなものであり、ある日のこと毛利備中守、三好式部少輔、遊佐河内守の前に座りこんで抗議を行った。
「お三方にお聴き申す。吾がお三方や御所様に味方したわ、御所様の新しき政の為に、この九州を平穏にする為でございました。
しかしながら、島津をそのままにするとはどういう了見でございますか?」
「いやいや、すまんかった。島津は一筋縄でいかんでな。
今、御所様にある許しを得ているところでじゃ。」
「はて?今更、何を?」
「菊池殿、実はな…」
毛利備中守が持朝に耳打ちをした。
驚いた持朝。
「なるほど、その手がございましたな。
いやいや、参りました。それならば、島津も対面を保ちながらこちらに味方するでしょうな。して御所様のご返事は?」
「昨日、届いたばかり。反対されることもなく、我らに任せて下さるとのこと。」
「ならば、吾にその役目をお任せください。」
「おお、頼もしい限り!
しかし、一応、評定で決する必要がある。
今宵、評定に参加されるが良かろうって。」
その夜、島津攻略の大評定が開かれ、楠木政秀、菊池持朝が島津攻略の先陣を切ることが決した。




