つかの間の平穏
関東を平定した義教は、本拠地を鎌倉に構えた。
西国はまだ収まっていなかったが、まずは奥州を攻めるのを優先させたのであった。
奥州の地は、緩やかな同盟関係で結ばれていたが関東平定の報が届いて、動揺しているとの知らせが届いていた。
義教は関東平定の勢いを持って奥州諸侯を一気に抑える腹づもりであった。
その前に、戦さで疲弊した関東の立て直しを急いでいた。
鎌倉の旧鎌倉公方屋敷。
義教の元へ関東各地の状況が伝わってきた。
「戦さ続きで放置された田畑も多く、百姓達の暮らし向きは、未だ苦しいとの事。」
「商人達も商いが出来ず、儲かっているのは、刀や槍を売る商いをするものばかり。」
「家を焼かれ、住む場所も無いものが多数おるとのこと。」
義教は、比較的裕福な駿河から商人や職人を多数呼び寄せ、関東各地に派遣された。
「良いか!壊れた城など後で良い。まずは町作りだ。それと百姓達には三年間、年貢を納めるのは免ずる。田畑を耕し、作物を育てるのだ。
武家も手伝えとつたえよ。」
関東の復興が始まった。
その間に、義教は奥州諸侯の動きがないかを探らせる為、楠木党を密かに動かしていた。
奥州諸侯は、互いに牽制しあって、関東を攻める様子はなさそうであった。
三年の間、関東は復興が進んだが、奥州はまったく、動けなかった。
その間に西国の方では義教方がじわじわと勢力を拡大していたのであった。
義教は、その動きを聞きながら、鎌倉で束の間の休息を取っていた。




