関東御出陣5
越後が平定された頃、飛騨から出陣した義教達は、山内、扇谷上杉と対峙していた。
甲斐の武田は、義教が来る前に調略されており、甲斐の国人衆も楠木党により調略され、義教は中仙道は沼田から関東へ進軍した。
織田久長、尼子清定は東海道は伊豆、沼津を抜けて関東へ進軍した。
関東の国衆は同盟を結んでいたが、いずれもこの動きを黙って見ていた。
あらかじめ楠木党が調略の手を伸ばして、手を出さないように手を打っていたのだった。
義教、織田、尼子勢が合流したのは、武蔵野国の国府の後地であった。
山内上杉家の上杉憲忠、扇谷上杉家の上杉持朝、山内家家宰、長尾景仲、扇谷家家宰、太田資清は、慌てていた。
「どうした。兵が集まらないないではないか?」
「催促しても、皆、言い訳ばかりで一向に兵を出す気配がありません。」
「このままぶつかっても多勢に無勢、士気も下がったまま…」
彼らは兵を引く事を考えていたが、前後を義教達に挟まれ、引くに引けない状況に追い込まれていた。
対峙して数日後であった。
山内、扇谷上杉それぞれの陣で騒ぎが起きた。
義教が目を覚まし、近侍の侍を呼び様子を見に行かせた。
「申し上げます。山内家家宰、長尾景仲、扇谷家家宰、太田資清が、それぞれの主人を打ち、降伏したいとのことでございます。」
「なに!」
義教は驚いたが、すぐに冷静になって近侍に何事か耳元で囁いて、下がらせた。
別の近侍を呼び、二人の家宰を呼んだ。
長尾、太田の二人は義教の前に平伏した。
「御所様に申し上げます。今後は我ら二人、御所様の為に、命投げ出す所存でございますのでなにとぞよろしくお願い申し上げます。」
「良き心がけである。その心がけがあれば、御主達のあるじも吾の為に良き働きが出来たものを!」
義教は、二人をすぐに連れ出し、反逆の罪で処罰した。
その頃、織田、尼子勢はあるじ亡き上杉勢に突っ込んでいた。
「あるじは、打たれた。戦さは終わりだ。抵抗するものは打つ!降伏するものは打たん!」
上杉勢は、あっという間に降伏してしまい、義教の関東平定戦の残るは、関東公方のみとなった。




