関東御出陣4
飛騨から出陣した義教達は、まず、越後上杉を打つ朝倉軍と山内、扇谷上杉を打つ義教、織田、尼子軍とに分かれた。
越後上杉家は、上杉房朝が当主であった。
「敵は、御所様ではない。たかが成り上がり者の朝倉勢だ。我が越後上杉の力を見せつけてやろうぞ!」
実際に、越後上杉家は、守護代長尾氏と応永の乱を戦い抜いた精鋭揃いであった。
朝倉教景もそこは油断はしていなかった。
「上杉勢の中でも越後上杉には決して油断してはならんぞ。」
教景は、末端の兵士まで緊張感を持たせて、臨戦態勢を整えていた。
両者の激突は、現在の糸魚川近辺であった。
「我らには名門の維持がある。成り上がりの朝倉如きに遅れを取るでない!」
房朝の叱咤激励に兵が応えて、朝倉勢は押されていった。
「いかん!上杉勢の勢いがこれほどとは!
一旦、引け!」
教景は、退き陣を命じた。
房朝は、この機を逃さなかった。
「敵は引き始めた。追え!一気に壊滅させよ!」
上杉勢は、前のめりに追撃を始めた。
「押せ!押せ!」
房朝は、かさになって攻めかけた。
教景は、この機を逃さなかった。
「良し、敵陣は伸びきった。今ぞ!」
合図と共に、伏兵が房朝の本陣近くに突入した。
「しまった!」
房朝が気づいた時には遅かった。本陣は混乱し、同士討ちまで始まる始末であった。
混乱状態の中、房朝は打たれてしまった。
教景の本隊は引き返し、混乱し始めた上杉勢を一気に蹴散らし、そのまま越後に乱入、主人を失った国は、一気に朝倉勢に寝返り始め、守護代長尾氏と教景が手を結んだ事で、越後は義教の手に落ちた。




