播磨進軍3
英賀城から三木一族が引き上げて来た。三木右京進はとりあえず傘下の兵として面倒を見ることとなった。
その頃、毛利備前守はもう一つの噂を楠木党を通して流し始めた。
「浦上信濃守則永が、播磨平定の為に挙兵するらしい。」
既に疑心暗鬼となっていた、別所信濃守祐則、小寺加賀守職治ら赤松一族の国衆はこの噂を信じた。
「浦上がその気になれば、我らが先手を取るまで。」
播磨国内は真っ二つに割れ、佐用城へ別所、小寺の国衆の同盟軍が押し寄せた。
土塁で固めた城とは言え、城は堅固である。
しかも、城攻めには三倍の兵力が必要と言われるが、佐用城を守る800の兵に対して同盟軍の兵力は1500といささか不足していた。
また、浦上信濃守は戦上手の上、城内には彼らの主筋である赤松次郎法師丸がいた為、攻城は難航を極めた。
攻城側は決め手が無く、双方共に被害が増すばかりであった。
城攻めから一ヶ月。厭戦気分が出始めた頃である。
毛利備中守、吉川駿河守は、播磨の国境にいた。
「そろそろですかな。備中殿」
「うん、まずは、別所、小寺を一気に夜襲で打ち、佐用城に乗り込みましょう」
播磨の国境から一気に佐用城へ進軍した毛利・吉川・三木軍1万5千は、城外にいる別所・小寺同盟軍を攻めた。不意をつかれた攻城側は、抵抗がほとんどできずにわずか四半刻で大将は討ち死に、兵は散り散りとなった。
残るは佐用城のみとなった。




