美濃・そして尾張へ1
尾張・東海遠征軍。
大将は、織田大和守久長、尼子刑部少輔清定であった。
越前攻略軍の朝倉孝景と共に大和平定で活躍した武将であった。
二人は伊勢方面から美濃へ向かっていた。清定の主君であり近江守護であった京極持高数始め京極一族は、義教により都で打たれていた為、近江は浅井や六角という国衆が治めていたが、義教や清定の説得に応じて、尾張・東海遠征軍に加わることになっていた。
近江に入ると、浅井備前守重政と六角大膳大夫満綱が国衆を代表して出迎えた。
「備前守殿、大膳太夫殿、大儀でございます。近江はお二方のおかげで戦さも無く、平定されたも同然でありますが、美濃はいかがでございますでしょうか?」
清定が訪ねた。
「美濃は、守護である土岐家自体が二つに割れていましたが、土岐左京大夫(持益)殿が都で打たれた後に、土岐左馬助(康行)殿が土岐一族をまとめています。
ただし、左京大夫殿に取りたれらた国衆、特に斎藤帯刀左衛門尉(利永)兄弟始め、富島、長江などは、不満が溜まっているようです。」
「なるほど、国衆は説得次第でこちらに着くということだな。」
大和守久長が口を開いた。
「既に国衆の説得は、楠木衆に始めて貰った。」
刑部少輔清定が応えた。
「ならば、国衆の動きを見て動く事にしよう…」
久長がそういうと清定が訪ねた。
「美濃はそれで良いが、尾張はどうなっている?」
「あゝ、あちらは越前次第だ。何せ、斯波武衛家は朝倉と我が織田の主君であったからな。
越前の動きは楠木党から知らせが入ることになっている。」
「あいわかった。しばらくは美濃に専念しよう。」




