越前攻略1
越前は、朝倉教景が大将であった。
越前は斯波武衛家が守護とする国である。斯波武衛家は代々、管領も勤める家柄であった。
この頃の当主は斯波義健であったが、都の騒動であっけなく討ち死にした。
越前は、武衛家分家の斯波持種と執事の甲斐常治が対立し、権力争いをしていた。
そこへ、被官であった教景が、義教の討伐軍として乗り込んでくるとの知らせが越前にもたらされた。
義健と常治は、急遽、和議を結び、持種を主君として教景の軍を迎え撃つことにした。
教景は、越前に向かう間、楠木党からそれらの情報を集めていた。
若狭は朝倉家が元々抑えている地である。若狭に入った教景は策を練りはじめた。
『和を結んだというても、所詮は寄せ集めだ。
一つずつ潰せばわけもない。しかしだ、御所様からは、出来る限り兵は損ねる事の無いようにとも仰せがあった。それにこの先、加賀、越中と進まねばならなくなるであろうな。
ならば…』
数日後。
斯波持種と甲斐常治はそれぞれに陣を構えていたが、その距離は少し離れていた。
和を結んだとはいえ、ついこの前まで戦っていた同士故であったからであろう。
夜半過ぎの事。甲斐常治の陣中。
「お屋形様、お休み中申し訳ございません。」
近習が常治を起こした。
「なんだ!」
不機嫌そうな常治に近習が告げた。
「申し上げます。朝倉孫右衛門尉(教景)の使者と名乗るものがお屋形様にお目通り願っておりますが?」
「なに!孫右衛門尉の!」
常治はいっぺんに目を覚ました。
「うーむ、何事か?
黙って、使者を追い返したとあってはこの常治の名が廃る。よし、通せ。」
しばし後、使者と名乗るものが現れた。
「久しぶりだな、美濃守(甲斐常治)」
「あ、おまえは、孫右衛門尉。」
常治はあまりの驚きに、口をあんぐりと開けたままになっていた。




