16/104
激戦 大和国5
大和国への義教勢の戦いは、越智、筒井と国人衆の筆頭を打ったことで順調に行くかと思われた。
しかし最大の強敵が大和に隠れていた。
前の管領 畠山徳本(持国)であった。畠山家家督は持永が義教の意向で継いでいたが、その前は徳本であり、義教の不況を買い隠居し、大和宇賀郡に逼塞していたのであった。
徳本は都の政変に巻き込まれることなく、宇智神社で悠々自適な生活を送っていたが、持永亡き後の情勢は逐一耳に入れていた。
「越智も筒井も情け無い。そろそろ吾が立ち上がり、御所に引導を渡してやるか。」
徳本は、義教勢の大和侵攻と同時に散り散りになった畠山勢を急いで集め始めていた。
大和の国人衆達は、義教勢の前にもはや無抵抗となり、平定は目の前であった。朝倉教景は義教に使者を出した。
「御所様の手勢にて大和国、平定の総仕上げを」
義教は快諾。2千の兵を率いて出陣した。
義教にとって大和平定は目の前であった。




