第4話 職業病②
「お姫様を丸め込んで終わり」――そう思っていた荒川でしたが、現実はそんなに甘くありませんでした。
王と王妃、そしてエレン姫という「三方向からの圧力」により、荒川は異世界でまさかの「プロジェクト責任者」に任命されます。
塾講師のスキルで異世界を救えるのか、それともただの激務に潰されるのか。荒川の異世界生活(という名の労働)、いよいよ本格始動です。
扉がゆっくりと開いた。蝶番が擦れる低い音が、石造りの広い謁見室に長く響く。
磨かれた床に差し込む光が、赤い絨毯の縁を淡く照らしていた。そこに現れたのは――王族の衣装を着た、あの少女だった。
駅で初めて会ったときは、動きやすい服だった。軽く、実用的で、いつでも走り出せそうな格好。
だが今は違う。刺繍、装飾、重そうな袖、揺れる宝石。
完全にお嬢様だ。
(これは……確かにストレスたまるな……)
ぼんやりそんなことを考えていると、
「荒川様……お越しいただき、ありがとうございます」
少女は丁寧に礼をし、父と母の“間”の席に座った。
(あ、間に座るんだ……)
場違いな感想が頭に浮かんだ瞬間、口が先に動いた。
「姫、大丈夫ですよ。もう、反省したふりは不要です」
空気が止まった。
衛兵の鎧がわずかに鳴る。誰かが息を呑む音まで聞こえた。
「え? なんで?」
少女の声が裏返る。
(もう、ぼろが出ている……)
王がわずかに眉を動かし、王妃の微笑みがほんの少しだけ深くなる。
――やっぱり、違和感はあったんだな。
「先に、親御さんである王様と王妃様とお話をする機会をいただいたので、ある程度話してはいる」
「そんな! ひどいじゃない……あなたの言ったとおりにしたのに……異世界についての情報が得られると、やっと思えたのに、裏切るなんて!!」
声が跳ねる。空気が一気に熱を帯びる。
「いや、裏切るも何も、そもそも同盟は結んでいない。提案をしただけだ。そして、その提案に君は従ったが、芝居の方向が『やりすぎた』だけだ」
少女の肩がピクリと揺れた。
「だから、王と王妃に違和感を持たれた。やるなら、違和感を持たれない方向でやるべきだったんだ……」
「な……あなた……」
今にも爆発しそうだ。
王と王妃の表情も、わずかに緊張している。
――この子が暴れたら壁が壊れる。兵士は一発でのされる。
喉が乾く。
「だから、次の提案が必要なんだ。王と王妃の了解を経て、公然と隠さずに君の好奇心と王家の役割を両立できる方法がね」
「な……そんなの、お父様とお母様が認めるはずないわ!」
「いや、すでにこちらの提案を認めてくださっているから、今この場が設けられているんだよ」
「……ウソ……どうやって、この頑固なお父様を説得したの?」
「おい……頑固って」
王が小さく咳払いをし、王妃がくすりと笑う。
――根は仲良し家族だな。
「提案内容にうつるよ。ここからは君が判断するんだ」
「え、ええ、わかったわ」
少女が姿勢を正す。衣擦れの音が小さく響く。
「まず……君は自分で見てみたい意欲が強いと言っていた……そうなると、話に聞くだけではいずれ『見たい欲』を抑えられず、必ず大きな騒動を起こす」
「……わかってる……でも! 私だって、まだ王を継いだわけじゃないんだから!……」
必死な目だ。
――夢を持っている人間の目だ。
教室の記憶がよぎる。誕生日プレゼントは? と聞いて「お金」と答えた生徒たち。胸の奥が少し重くなる。
「満たすべき条件は前提が2つ。そのうえで、解決策は一つだ」
指を二本立てる。
「1つ、君を異世界に行かせない。1つ、でも、君は異世界に触れられる」
静寂。
「この2つを満たせる方法は一つしかない……異世界を聞くのではなく、君が『聞いた内容から異世界に関わるイベントを再現する』だ」
「再現?」
「そう。この世界に来て感じた。異種族は共存している。でも、それぞれが似た姿のコミュニティを作っている」
「それは……確かにそうだけど……」
「つまり異種族交流は進んでいない。コミュニティが小さいほど視野は狭くなり、問題が水面下で溜まる」
王が静かに頷いた。
「異種族交流を促す部署を設立する。初めは相談窓口でもいい。君が関わることで、『君が理想郷を作る』」
「わたしが……作る?……」
瞳が輝き始める。
「簡単じゃない。予算も最初はない。地道な努力が必要だ。でもその過程で、君は様々な異世界に触れられる」
「それは、エーテル・レイルでランダムに異世界をめぐるより効率的だ。ここには定期的に異世界の人が訪れるんだから……」
長い沈黙。そして。
「わたし、やってみたい! お父様良いの!?」
椅子が鳴る。
「かまわない……やれる範囲でやってみなさい」
「ありがとう! お父様大好き!」
少女が王に飛びつく。重苦しい空気が一気にほどけた。
――終わった。
「では、私はこれで……」
「何言ってるの?」
「何を言ってるんだね?」
「何をおっしゃってるの?」
三方向から同時に声が飛んだ。嫌な予感しかしない。
「あなたの提案なんだから、当然あなたも手伝うのよ! ぜひ先生になってほしいの!」
「そうだな、それはいい」
「そうですわね」
血の気が引く。
「いや、え? ちょっと待ってください……え?」
「お部屋は客室を使うといいわ!」
「すぐ案内させるから、ゆっくり待つがいい」
――国家プロジェクトだぞ?
思考が止まる。
「わたし、エレン! よろしく!」
屈託のない笑顔。逃げ場が消えた。
俺は小さく息を吐き、またしても「現場」に丸投げされる自分の運命を悟った。
「――ようこそ、予算ゼロのブラック業界へ、だな」
第8話をお読みいただきありがとうございました。
「異世界に来てまで、またしても面倒な役割を押し付けられる」という、荒川のブレない不憫さが伝われば幸いです。
しかし、ここからが物語の核心です。エレン姫との「再現イベント(新規事業)」を通して、この世界の仕組みや、他の世界との関わりが徐々に明らかになっていきます。
荒川の過労死フラグと、異世界での奮闘。次回からもぜひお見守りください!ブックマーク、評価もいただけると大変励みになります。




