第2部14話 異種族相談センターの資金計画
「ところで、先生。2つの道ってどういうことよ?」
「そうだぞ、荒川。しっかり説明してくれ」
カウンターの向こうから、二人が熱心にこちらを覗き込んできている。
……こいつら……根は似た者同士かもしれない……。
前のめりな二人の様子に、俺はそんなことを思いながら、こめかみのあたりに若干の頭痛を感じ始めていた。だが、完全にしゃべる気を失う前に話を終えていくことにした。
「それほど難しいことではありません。もともとこの交差界は各種族のコミュニティで完結している傾向が強い。だから異種族相談センターと言っても、もう少し地道な活躍をしないと定期的な依頼につながるとは思えない」
「それは……そうよね……」
ふっと視線を落とし、小さくつぶやくエレン姫。隣に立つアリスが、そんな姫の様子を温かい目で慰めているように見える。
「だから、異種族相談センターとは別の『せめて生活費になる仕事』を別途持つ必要があるということだ」
「なるほど……確かにそうよね」
姫の方は納得したようにコクコクと頷いているが、アリスはその意見にかなりの難色を示す。もう、眉間のしわがすごいことになっている。深く刻まれたその陰影は、遠目からでもはっきりと分かるほどだ。
出会った当初は物理的な暴力を感じるその表情に怖いと思ったものだが、先日のシン母子の面談の件以来、だいぶ慣れてきた……。
というか、最近はこのアリスもたいてい護衛能力以外はそこそこポンコツなのでは?という疑いすらある……。
そんなどうでもいいことを思いながら、俺は言葉を続けた。
「姫は王妃より、金銭的援助をしないと明言されている。これは自分の道は自分でつかめということと同義だ。逆に言えば『誰かに頼った』時点で、王妃は異種族相談センターというプロジェクトをつぶすだろう……」
「「……確かに……あり得る……」」
二人の声が綺麗に重なる。その顔には、一瞬にして共通の緊張感が走っていた。
やっぱりあの王城で最も恐ろしいのは王妃なのだろうな……。
ま、母親が強い家庭はうまくいくと聞いたことがある。だったら、このおてんばなじゃじゃ馬姫が城の生活で拗らせなかったのも、王妃の力なのかもしれない……。
(そういえば……反省文100枚の件はどうなってるんだろうな……)
俺はそんなことをふと思い出したが、自分には関係のないことだと頭を振り、2人との話に意識を戻す。
「もちろん、あっちこっちに仕事を求めても仕方ありません。姫が異種族相談センター以外で行う仕事は2つ。1つ目は家賃滞納にならない定期的なアルバイト。2つ目が『めぼしい地域』で仕事を斡旋してもらい、姫の名前を有名にするための仕事です」
「でも、先生?どうやって2つの仕事を探すの?言ってることは分かるけど、見つからなかったら意味がないじゃない」
「確かにそうだ。荒川……それこそ、とらぬ狸のなんとやらではないか」
腕を組んだアリスが、もっともだと言わぬばかりの厳しい視線を向けてくる。
「あ、それも半分当てがあります。1つ目の仕事はこのカフェでバイトをしてください。週2~週3の勤務でおよそ家賃と多少の小遣いにはなるでしょう。バイトの日は賄い食も出します」
「本当!先生ありがとう!!わたし、カフェ of 店員とかもやってみたかったの!」
パッと表情を明るくして弾むような声を出す姫。その勢いに押されつつも、アリスがすかさず真面目な顔で釘を刺してくる。
「姫、落ち着いてください。――荒川!姫に何かあったら分かってるな!」
「はいはい、心配しなさんな。ただし、アリス。お前からはしっかり食事代は払ってもらうからな」
「な・・・なぜだ!」
驚愕に目を見開くアリスを、俺は冷ややかに見返す。
「当たり前だ。お前はこのカフェの従業員じゃない。今までのようにただ飯が食えると思うな」
「ぐぬぬ……」
アリスは心底悔しそうに顔をしかめている。
俺はそんなアリスを見て、
(おまえは王城から給与もらってんだから、しっかり食事代は払うのが当たり前だ)
とだけ内心でつぶやいた。
「姫、よろしいですか?2つ目に関してはハリードに相談してみるといいでしょう」
「どうして、ハリードなの?」
「ハリードは鍛冶の商品を売り込むため、私たちが接触する前から色々な街に足を運んでいたようです。だからこそ他の街の問題についても詳しいところがあるでしょう」
「なるほど!確かにそうね!」
「ただし、危険な街はダメです。異種族相談センターの所長は姫なのですから、まずは地道な活動が重要なのです。危険な街での仕事をもらわないよう、気を付けてください」
「分かったわ!ありがとう先生!早速ハリードさんと面談できる日を確認してくる!」
そう言って姫は再び元気よく店を出てかけていった。
「姫!お待ちください!私も……」
「アリス、あんたにはまだ話がある」
背を向けかけたアリスの肩口に、俺は声を落として呼びかける。
「なんだ。荒川!私は姫の護衛として……」
「心配するな、今やこの地域で姫に害をなそうとする奴なんていないさ。15分もすれば戻ってくる。それよりも護衛だからこそ確認しておきたいことがある」
「どういうことだ?」
アリスは一瞬で警戒態勢に入った。その両目の光が、鋭くこちらを射抜く。
(気持ちの切り替えの早い奴だな……)
俺はその切り替えの早さに驚嘆しながら、真剣なトーンで続けた。
「姫のチラシ配りや仕事への姿勢で『前のめりすぎる』または『追い詰められている』といった気配はなかったか?」
「いや……そんな気配は感じなかったが……そうだな。少し焦っておられるようには感じたが、家賃を払うためだと思っていた……」
アリスは記憶をたどるように、少し視線を落として慎重に言葉を選ぶ。
「……そうか、もう少しよく見てやってくれ」
「どういうことだ!荒川!」
不審そうにアリスが少し声を大きくする。
「いちいち大きい声を出すな。前回の面談でも結局まとめたのは俺だ。別に俺がすごいと言いたいわけじゃない。ただ、自分で建てた企画を自分で完遂できず、確認すべきところが抜けていたことを目の前で見せつけられる形になったんだ」
俺はそこで、いったん息を置く。
静まり返ったフロアを見つめながら、かつての苦い感覚が頭をよぎる。
自分にできる!と思った人間が「目の前」で全く違う方法で自分が求めた成果を出した……これは普通ならプライドがへし折れても仕方のないことだ……。
『荒川さんだからできるんですよ』
『できる荒川さんには、俺たちの気持ちなんて分かりませんよ』
そう言われ続けた元の世界の若手の声を思い出しながら続けたが……。
「荒川……姫を馬鹿にするな。それは不敬だ。もちろん姫は前回の面談の力量不足を嘆いておられたが、それ以上に、お前に感動していたぞ」
「どういうことだ?」
俺はアリスの言ってる意味が分からず、呆然とする。真顔でこちらを見つめてくるアリスの意図が、どうしても読み取れない。
「貴様は、いろいろ気づいたり、先回りする癖に意外と人の気持ちがわからんところがあるらしいな」
そう言ってアリスは得意げに俺を見返す。
(なんか……悔しい)
そう思う俺をよそに、アリスは続ける。
「いいか、よく聞け荒川」
そしてアリスは、諭すように語りだした。




