第2部13話 新たな日常
「わっはっは! それでまんまと先生は従業員までゲットしたわけか!」
カウンターの向こうで、竜人の常連客が豪快に大きな声を響かせて笑っている。
「あんまり大きい声を出すな。以前と違って客層に変化が出始めているんだ。大きな声はほかのお客の迷惑になるぞ」
「すまんすまん。しかし、俺ら竜人にはこの野菜っていうのはあんまり腹持ちよくねーな」
「ま、四六時中肉を食ってればそうなるだろうが……周りを見てみろ」
そう言って俺は、顎でフロアを見渡すように促す。
以前までは竜人とドワーフがメインのごつい客層だったが、今はそこに人間の客も同じくらいの割合で交ざっている。それも、特に女性客が多い。
「このお野菜のスープ、とってもヘルシー」
「なにこれ! 野菜だけでこんな甘みが出るの?」
と、フロアのあちこちでシンの母親であるステラさんの料理は大絶賛されている。
「ステラさん! 8番席がお野菜のランチセットをご注文です」
そう言って俺が厨房に声をかけると、
「は、は、はい!」
と、ステラさんは俺の声に肩をびくっとさせつつも、嬉しそうに、そして一生懸命に調理を続けてくれている。
店は大繁盛だった。
ランチタイムのピークは既に過ぎているはずなのに、店内の席はまだ七割以上が埋まっている。
以前なら竜人やドワーフが多く、人間の客が珍しかった店内も、今では人間も当たり前のように混ざるようになった。
同じテーブルで談笑する竜人とドワーフ。
その隣では人間の女性客たちがステラさんの料理を楽しんでいる。
様々な種族が一つの店で楽しく食事をしている…それは、少し珍しい光景かもしれない。
だが、これなら、とりあえず俺とシン母子の2つの生計を成り立たせ、さらにバイトを一人くらい雇っても十分にやっていけるだけの稼ぎになる。
もちろん、こういったサービス業だ。1店舗しかない状態では地域の評判が生命線だから、クオリティーを落とすわけにはいかない。
だがまあ、こじんまりとやっていく分には十分だろう……。
俺はそんなことを思いながら、手際よくオーダーをさばいていく。
とはいえ、短期間で俺の調理スキルが跳ね上がるわけではないので、ランチタイムは3つくらいのメニューに絞って回している。
(飽きられないよう、もっと修行しないといけないかな……。塾の仕事からはどんどん遠のいていくな……)
そんな感傷に浸りながら、ようやくランチタイムを終えるころ。
「ただいまー!」
元気いっぱいの声とともに、シンが店に帰ってきた。その後ろには、やや疲れの見せる顔のデニムとトマスが立っている。
「おう、お疲れさん! シン、良い子にしてたかい?」
「うん! 僕いろいろ教えてもらったよ! 」
「そうかそうか……おやつを出してやるから、ママと一緒にお部屋でいい子にしていなさい」
「はーい」
そう言って、シンは満足そうに元気に3階の自分の部屋へと戻っていく。
それを見送るように厨房から顔を出したステラさんが、
「す、す、すみません、うちの子が……ご迷惑をおかけしたみたいで……」
と頭を下げると、
「「いえいえ、とんでもないです!」」
とデニムとトマスは恐縮しながら揃って手を振って返答する。
ステラさんにも休憩に入るように言って、俺はカウンター越しに二人と話を始めた。
「2人ともありがとう、シンには俺からも少し話をするようにしておく」
「荒川っちまで、気にすんなよ」
「そうですよ! 僕たちのやってることにあそこまで興味を持ってもらえるのは嬉しいですから」
二人は頼もしくも笑ってそう言ってくれている。
「ま、子供の体力って無限だからな。2人とも、何か作るから軽く食べて行けよ。今日はおごりだ」
「荒川っち! いいのか?」
「そんな、そんな……」
デニムは急に目をキラキラさせるし、トマスも遠慮しつつも口元はまんざらではない様子だ。
俺は手際よく粉を卵と出汁でといて、そこにステラさんの育てた野菜を細かく刻んで混ぜ合わせて鉄板に広げる。その上に肉を載せ、小気味よい音を立ててひっくり返してじっくりと焼いていく。
「どうぞ」
コテで切り分け、熱々のまま2人の前に食事を出した。
「「これは??」」
「元居た世界で、お好み焼きって呼ばれていた料理さ」
2人はお好み焼きを物珍しそうに見つめながら、ハフハフと口に運び始めた……そして、
「うめー!」
「おいしー!」
そう言って満足そうに平らげていく2人を見て、俺の胸の中にも少しだけ温かいものが広がる。
そのタイミングで、
「ただいま~……」
と、肩を落とし、見るからに疲弊した顔のエレン姫とアリスが店に帰ってきた。そして、店内に漂うお好み焼きの香ばしい匂いに一瞬で鼻をピクリと反応させる。
「先生……本当に反省しているから、私たちにもなんか作ってよー」
俺はすがるような目を向けてくる姫の様子をじっと見ながら……黙って、あらかじめ作り置きしていたサンドイッチを差し出した。
「晩飯は自分で作れ。今は頑張ってチラシ配りを終えた所長へのねぎらいで渡すだけだ」
「ありがとう!」
「すまん」
現金なもので、2人はそう言って顔を輝かせ、サンドイッチに舌鼓をうち始める。
「荒川っち、なんかあったのか?」
「ん? あぁ。たいしたことじゃない。詳しい話はまた今度な」
俺はそう言ってデニムの質問を受け流しつつ、2人の食事が終わるのを待って手早く片づけを済ませた。
「さて、夕飯まであと少ししか時間がない。詰めるべき話はさっさとするぞ」
「おい、荒川。姫もお疲れなのだぞ……少しは……」
「いいや、ダメだ。シン親子の相談で料金をもらっていない以上、エレン姫の初回家賃まであと1週間しかない。なんとしてもそれまでに1件の顧客と前金でも何でもいいから、料金を獲得しなければならん」
「それは……そうだが……」
「姫も、初回の家賃すらゴンザレスに払えないとなっては意味がないです。今は休んでいる場合ではありません」
「わかった、わかったわ……でも、具体的にどうしたらお客さんが来てくれるの?」
「お客さん以上に、まずは料金設定です!」
俺は腕を組み、真剣な眼差しで2人を見据えた。
「高すぎず、安すぎず、そして1回で終わらない、継続性のある関係を築くことこそが組織運営では一番大切です。それにチラシ配りを始めている以上、料金設定も今日明日中には決めないといけません」
「うぅぅ……料金なんて、どうやって決めたらいいかわからない……」
「姫……おいたわしや……。荒川、少しはアドバイスできることはないのか?」
「やれやれ……人にあらぬ疑いをかけておきながら……都合のいいやつだな……」
「……な! それは何度も謝っているだろ!」
俺はシンの母親に料金の話をしたときの、あの2人の最低な勘違いを正直今でも忘れていない。元居た世界なら、その時点で一度連絡を断ち、それきり関係を継続しないようにしてただろう。
今回はたまたま、お隣の部屋の住人で、俺自身が「異種族相談センター」という未知の事業に興味があるから関係を続けているに過ぎない。
そうだ、そうに違いない…決して俺がこのお姫さんの理想に共感し始めてるとかそんな理由じゃない…
そう自分に言い聞かせているが、必死に泥臭くチラシを配って努力する2人の泥だらけの靴を見ていると……単にそれだけでもないような気がしてくる。
しばらく静かに黙り込んでいた俺だが、やがてふっと息を吐いた。
「ま、まずは道を2つ用意して、保険をかけながらやっていきましょう」
「「道を2つ??」」
エレン姫とアリスは、ポカンと二人して顔を合わせながら俺に向き直る。
「そう、我に秘策ありってやつだ」
そう言って、俺は少し悪巧みをするようににやりと笑ってみせた。
「「ダサい……」」
冷たく声を揃えた2人の表情を見て、俺は、やはりこいつらを許すのはやめようかな、と一瞬で真顔に戻るのだった。




