第2部12話 面談後はお金のお話
シンの母親との話が基本合意までたどり着いたなら、次にやらなければならないのは段取りについてだ。
俺は紙に今後のタイムスケジュールを書きだす準備を始めた。
「シン。ちょっといいかい?」
「何?」
「今からまたちょっと難しい話が始まるから、お絵描きでもして待っててくれる?」
「え?いいの?」
「ああ、構わないさ」
俺はシンに紙と鉛筆を渡した後、シンの母親に向けて今後の流れを書きだしていく。背後では、エレン姫やアリスがその内容を熱心にのぞき込んでいるのが気配で分かった。
(しかし、毎度毎度思うが、この世界は本当に便利だな……)
今俺が書いているのは日本語だ。この世界の文字じゃない。だが、結界の力によって、エレン姫にもアリスにも当然のように読める。逆もまたしかり。それだけじゃない。竜人の文字もドワーフの文字も、俺には日本語に見える。
『言葉だけじゃなくて、文字も結界で守られているから、大丈夫よ!』
家庭教師初日に姫にそう言われたことを、ふと思い出す。
(まるで、神が祝福したバベルの塔なのかもな……この交差界という世界は)
「あ、あの……どうかされましたか?」
シンの母親が、俺の止まった手元を見て不安そうに声をかけてきた。
「あ、いえ。申し訳ありません。私の世界の文字がお母さんにも伝わることに、改めて驚いていただけで」
「先生、まだ慣れてなかったの?」
「なんだ、荒川。お前そんなことに驚くような奴だったのか?」
姫とアリスが、何をいまさら、とでも言いたげな呆れた表情を向けてくる。
「当たり前だ。俺のいた世界では、違う国の言葉や文字を覚えるのは地獄の努力が必要なことだったんだからな」
学生時代から英語が苦手で、元の世界の職場でも英語の質問から逃げ回っていたかつての自分からすれば、いつまで経っても慣れるはずがない。俺は心の中で毒づきながら、スケジュールを書き上げていく。決まったら、だらだらと先延ばしにする必要はない。最短のスケジュールを書き出していく。
(さて……ここからどうやって『あれ』について触れたらいいんだ?)
俺は一瞬迷ったが、「あれ」については「今」この場で切り出すしかない。全て終わってから事後確認するようでは、それこそ詐欺師の所業だ。
ふぅ……、と俺は一度深呼吸して、覚悟を決める。
「お母さん」
「はい……」
「それでは、今回の相談料と、住居契約にかかわる交渉料についてですが」
「はい……」
「え? 先生! 何言ってるの!!??」
「荒川! お前! 何を言ってる!!」
俺が口を開いた瞬間、シンの母親が緊張で身を固める一方で、エレン姫とアリスが驚きの声をあげる。
(こいつら……本当に勘弁してくれ……)
俺は心の中でため息をついた。だが、相談センターが姫をトップとする組織である以上、勝手に俺が料金を決めるわけにもいかない。それに、この空気感で停滞したら、最悪、シンの母親が「自分のせいで……」と再び萎縮してしまう。…と言うか、すでにシンのお母さんはおろおろしてる。そして、シンも母親の変化を察知したのか、不安そうに耳を垂らしている。
俺はため息を喉の奥に押し込み、続けた。
「お母さん、ご覧のとおりです。弊所はまだ料金設定すらできておりません。なにより、異種族相談センターなんてこの交差界で初めての事業ですから、適正な料金設定が非常に難しいのです」
「それは……そうかもしれませんね……」
「ですので、具体的な金銭を提示できない現状、別方面で相談料相当のものをお願いしてもいいでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
シンの母親は不安な顔をしつつも、何かを覚悟したように硬い表情で頷いた。
「先生、何考えているの!」
「荒川! 見損なったぞ! 貴様という男は!」
姫とアリスが軽蔑の眼差しと共に俺に食って掛かってくる。
……???
ちょっと待て。
なぜ『料金の話』をしてるだけでここまで軽蔑の眼差しを向けられるんだ?
二人とも、何かすごくとんでもない勘違いをしていないか?
いや、待てよ。シンの母親も、どこか「身を差し出すような」覚悟を決めた顔をしていたな……。
…ということは、もしやこいつら全員、俺のことをどんな卑劣な人間だと思っているんだ?
あまりの心外さと、この手の勘違いをされた屈辱に腹が立ち、俺の声は絶対零度よりなお冷たくなる。
「二人とも黙れ……面談の邪魔だ」
絶対零度の冷たい口調と目つき。二人が一瞬ひるんで口をつぐんだ隙に、俺はシンの母親に向かって淡々と告げる。
「お母さんとの面談内容や成果、そして弊所の面談で感じたことをインタビューさせていただいて、チラシやポスターの販促活動に活用させていただけませんか?」
「「「……え?」」」
三人が鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、同時に声を発した。
「初めての事業は成果をしっかり宣伝しないと認知を高められないんですよ。ぜひそのお手伝いをしていただけませんか?」
「え? ええ……あの、私たちでいいのでしょうか……それに……」
「大丈夫です。お母様のお名前も、シン君の顔も出ないようにします。あくまでも『兎人親子A』という体での広告です」
数秒の沈黙の後、シンの母親が安堵したように息を吐き出す。
「……わかりました。お力になれることなら……」
「それでは、契約成立ですね」
こうして、シンたち兎人の母子との面談は無事に終了した。
母子を見送った後、俺は人生で一番冷たい目をして、まだ腑に落ちない顔をしているエレン姫とアリスに言い放った。
「しばらくお前らの飯は作ってやらん!」
「そんな、先生! ちょっと!!」
「おい、荒川! ちょっと待て!」
二人の抗議を無視して、俺は始めての仕事を終えた面談室の片づけに向かうのだった。
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