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第2部10話 面談の本当の始め方

 兎人との面談当日、エレン姫の表情は晴れやかだった。


 自分の周りに多くの味方がいたことを実感したことが、今日の面談への意気込みにつながっているようだ。


「先生!今日の面談私に任せてくれない?」


 やっぱりだ……これは予想していた。

 自らの提案に自信もって話せるようになったからこそ、「自分の言葉」で伝えたいのだろう。

それは立派なことだ。だが……昨日のプレゼンのまま話を進めれば、おそらく面談は失敗する。


 元居た世界でも、塾の教室長が熱意だけを伝える入会面談を行っても保護者は入会しない。実績やカリキュラムの良さをどれだけ熱弁されても、我が子の現状や家庭の個別の悩みに寄り添われなければ、親の財布の紐は固く閉ざされたままだ。だが、それは今の姫にはわからないことだろう。


 そして、「自分のことば」で語ろうとしている人間を止める言葉を、俺は知らなかった。ここで無理に遮れば、彼女の自立の芽を摘むことになる。


「分かりました。姫」


「ありがとう!先生!!」


 横でアリスもうなずいている。


「ただし、面談の流れに違和感を感じたら、横から口出しさせてもらいますよ」


 俺はそう言って「自分が介入する余地」を残すのだった。


 俺のその言葉にアリスは眉をしかめるが、以前ほどのトゲのある敵意は感じない。その変化に妙な違和感というか、少しばかりの気色悪さを感じていたが、


「分かってるわ。でも、先生が介入しなくていいように頑張るから!」


 姫のその言葉を聞いて、俺はアリスに対する違和感はさっさと忘却することに決めた。



「ごめんください……」


 想像以上に低姿勢で、周囲に対する警戒心を解かない母親が入ってきた。少しの物音にも身体をすくませ、視線をせわしなく動かしている。その背中から、


「こんにちは!」


 と、幼い子供だからか、物おじしないシンが顔を出した。この場の重い空気を気にする様子もない。あまりに対照的な親子が訪れた。


「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」


 姫がそう言って、礼儀正しく面談室へ案内する。


 面談は姫の提案から始まった。


 シンと母親をこの2丁目67番地に迎える準備があること。


 住居はゴンザレスが用意してくれる、家賃も当面は少し割安にしてくれている。


 シンについては竜人やドワーフがいろいろ話し相手になってくれる。

 将来的に興味のある方の街に移住もしてもらって構わないと言ってくれている――。


どれも破格だ。


 おそらくここまで他種族が他種族のために動くのは、この「2丁目67番地」だけだろう。

 俺はそう思いながら姫の話を聞きつつ、シンの母親の表情を見る。


 ……やはりな。


 シンの母親は姫の提案に「驚いているが、表情に希望が伴なっていない」ままだ。耳をわずかに震わせ、提示される好条件に対して、むしろどう断るべきか戸惑っているように見える。


「どうでしょう?お母様??」


 姫が間をとる。


「すごい提案です……私たちなんかにこんな提案……でも……私たちにそんなことをしてもらえるだけの価値なんて……」


「価値なんて…そんな考え方をしないで!」


 姫が力強く熱弁し、その横でアリスが力強くうなずく。


 だが……


(ここまでだな……)


 相手の自己否定に対して、どれだけ「そんなことはない」と正論をぶつけても、今の母親の心には届かない。それどころか、眩しすぎる善意を前にして、余計に萎縮してしまうだろう。


俺はそう思って、口をはさむ。


「横から失礼します。姫、少し私からもよろしいでしょうか?」


「え?ええ……先生どうしたの?」


 姫は少し狼狽し、アリスは鋭い目でこちらをにらみつけてくる。

 そんな二人のことは放っておいて、今は目の前の保護者の表情や雰囲気に全神経を向ける。


「お母様、突然申し訳ありません、まずはいくつかお話を聞かせてください。もしかしたら失礼なことをお聞きしてしまうかもしれませんが、何卒ご容赦ください」


 俺はそう言って、先に頭を下げる。塾の三者面談で、家庭の事情に踏み込むときと同じトーンだ。


「いえ……とんでもない……」


 シンの母親は、俺の丁寧な態度にとても恐縮している。


「まず、シン君にはご兄弟はおられますか?また、お父様は今回のご面談を知っておられますか?」


 俺はそう言って、まず聞くべき核心のひとつ目に触れる。

 この瞬間、姫もアリスも「あ……」という表情をしていた。家族という単位が抱えるリスクに、今初めて気づいたのだろう。


「もし、ご兄弟がおられた場合、弊所の提案は家族を引き離すことになります。それは本意ではありません。その場合は別途提案をご用意しておりますので、ご安心ください」


 俺はそう言って、安心させるためのとびっきりの営業スマイルを向ける。


 二人は俺に対して「何言ってるの?」という驚愕の表情をしている。現時点ではハッタリだが、今はこれでいい…もし、本当に必要なら話を聞いてその場で組み上げれば良いのだから…。


「いえ、兄弟はおりませんし、私は離婚をしています……シンがあまりに兎人の環境と合わないので、この子の父は私たちのもとを去り、別の方と結婚しなおしております」


「なにそれ……勝手な……!」


 姫が席を立ちあがらんばかりの怒りを示したが、


「姫、落ち着いて。まだ話の途中です」


 俺は手で制して姫の激高をコントロールしつつ、話を伝えた。


「では、現在はどのように生計を立てておられるのですか?」


「それは……あまり皆がやりたがらない仕事を通して、何とか日々の生活を維持しています」


 やはりだ。


 シンの母親の表情は、何度も自尊心を折られた人間が持つ『諦め』の目だった。視線は定まらず、手のひらをきつく握りしめている。


 その警戒心も、俺たちに向けられたものではなく、この場に来ていることを『また同族に揶揄されること』を警戒しているのだ。


 つまり……正論でこの母親は心が動かない。

下手をすれば、こちらの善意が眩しすぎて「一層自分がみじめだ」と、心の傷を深くする可能性が高い。


 姫もアリスも絶句している。


 それでも俺にはまだ、手がある。


「そうなんですね……そのような中、二度もお越しいただき本当にありがとうございます」


 俺は改めてシンの母親に深く礼をして続ける。まずはその苦労を認め、受け入れることが先決だ。


「最後にお母様、もし、『シンとお母様』が兎人の街を出ることになったら、兎人はどのような反応をすると思われますか?」


……数秒の沈黙。


「……たぶん、何も思われないです。ただ、なじめずに街に戻ったら、今まで以上に阻害されると思います」


「なるほど……」


 俺は数秒考え、そして心配そうにこちらを見るシンと目が合った。


「シン君、ちょっといい?」


 そう言って俺は、この面談のキーマンとなる子供にやさしく声をかけた

次回は火曜日18時20分更新予定です

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