第2話 この世界で最も危険な出会い①
「塾の教室長」として現場の理不尽と戦ってきた荒川が、今度は「言葉の通じる異世界」というより理不尽な状況に放り込まれる。
ステータスは「体育の成績3」。特殊能力なし、異世界転移の経験値なんて当然なし。
そんな彼が、一撃で成人男性を昏倒させる謎の少女に出会ってしまった。
これは、この世界で最も危険な出会い。
駅らしき場所には出口があるようだったが、改札という感じではない。ただ石造りの小さな出入口が、ぽつんと口を開けているだけだ。看板もなければ、切符売り場もない。
さっきすれ違った、人間じゃない何かが、通り過ぎざまにぼやいた。
「ここ、どこだよ……」
いやいや。ちょっと待て。
この駅に降りた瞬間は、周囲の飛び交う言語なんて理解できなかったはずだ。それなのに、不思議と今の言葉は理解できた。なぜだ?
塾の教室長なんてやっているが、俺は英語なんて世界から消えてしまえばいいと思うくらい苦手だ。
海外旅行すら行ったことのない俺が、今さら同時通訳能力を開花させたのか。脳内にいつグーグル先生が住み着いた? 食べなくて済む翻訳こんにゃくでも配布されたのか?
考えても答えは出ない。
とにかく、あの門から出るしかない。なぜなら――電車が走ってきたはずの線路が、きれいさっぱり消えているのだから。戻るという選択肢は、もう存在しないらしい。
出入口の近くに、人っぽい役人が立っていた。制服を着て、帽子までかぶっている。頼む、役人であってくれ。そう祈りながら声をかける。
「すいません……ここは一体……」
「あ、新しい異世界の方ですね。交差界にようこそ」
「は? 異世界? 交差界? どういう――」
「とりあえず、界所にご案内しますので、こちらのバス停でお待ちください」
「え……いや……ちょっと?」
ダメだ。思考が追いつかない。
一度経験したミスは二度としないのが俺の最大の武器のはずなのに、そもそも「経験値ゼロ」の事態には対処法が存在しない。
そのとき、役人の手元からざらついた声が漏れた。
『ざっ……ザーーー姫がまた逃亡した! 自室の部屋を破って……駅の監視を……異世界に行かせ……!』
「新しく来た異世界の方! とりあえず急いであそこのバス停で待っていてください。50番のバスに乗れば自動で界所まで連れて行ってくれて、あなたの保護をしてくれますから!」
言い終えるや否や、役人は駆け出した。
――が、次の瞬間。
「が……」
短い声を残して、役人は前のめりに倒れた。
「へ?」
何が起きた。
倒れた役人の陰から、小柄な人影がひょいと現れた。十五歳前後に見える少女だった。
「あなた! 異世界人なの!」
「へ?」
「どうなの!! 強いの?」
「異世界人ってことらしいですが、強くないですよ。体育の成績は3ですから」
「成績が3?……私の知らない評価! 間違いなく異世界の人ね! 会いたかったわー! でも強くもないし、見た目も普通なのね……」
理解が追いつかないまま、状況だけが前に進んでいく。
俺は今、たぶん、とんでもない人物と出会ってしまったらしい。
間違いない。これは――この世界で一番危険な出会いだ。
お読みいただきありがとうございます。
「グーグル先生が住み着いているのか?」という荒川のつぶやきは、彼がどれだけ現状を「自分の知っている世界」の枠組みで解釈しようと必死かという表れです。
しかし、その論理的な思考も、目の前で役人が倒れ、正体不明の少女が現れたことで崩壊しつつあります。
「世界で一番危険な出会い」。
荒川の直感は、彼の異世界生活にどのようなリスクをもたらすのか。彼自身の「塾講師としての管理能力(=手腕)」が、異世界でどこまで通用するのかを今後描いていきます。
次回も応援いただければ幸いです。




