終電は異世界への片道切符②
ついに現実が「学習塾の教室長(代行)」のキャパシティを超えてきました。
「とりあえず落ち着け」と自分に言い聞かせる荒川ですが、目の前に広がっているのは、どう見ても大阪の夜の駅ではありません。
異世界に降り立った彼が、この理不尽な状況を「マネージャーの手腕(?)」でどう乗り切るのか。あるいは、あっけなく終わるのか。
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。
とりあえず、落ち着け。
無人と言っても電車だ。どうせ車庫で止まって、怒られれば解放される。
……車庫がどこかも知らないが。
とはいえ、無人という状況がじわじわと現実味を帯びてくる。もしこのまま止まらずに走り続けて、事故でも起こしたらどうなる。明日の新聞の片隅に「死者一名」とか載るのか。いや、片隅ですらないかもしれない。終電に乗っていた身元不明の男、四十歳。そんな見出しが脳裏に浮かんで、慌てて首を振った。
バカなことを考えている場合じゃない。万が一に備えて、もう一度最後尾に行くべきだ。前より後ろの方が助かる確率が高い――そんな気がする。根拠はない。だが、そう信じるしかない。
歩き出した瞬間、車体が大きく傾いた。カーブだ。そう思った次の瞬間、窓の外の景色が消えた。
街の灯りも、線路沿いの建物も、何もない。黒い。いや、黒というより、何もない。
「いったい何が……」
言い終える前に、車内が白く弾けた。視界が塗り潰される。あまりの眩しさに反射的に目を閉じた。
――間。
恐る恐る目を開けた瞬間、車内アナウンスが流れた。
「こちらの電車は『ネクサス交差界』に到着しました。左側の扉が開きます。ご注意ください。次の駅は『地獄界』となっております。閻魔様にご用のある方は、次の駅が最寄り駅となります」
「は?」
理解が追いつかない。だが、本能が叫んでいた。降りろ、とにかく降りろ。意味は分からないが、ここで降りなければ戻れなくなる気がする。扉が開いた瞬間、反射的に飛び降りていた。
足が地面を踏んだ。
まず、匂いが違った。湿った土と、乾いた石の匂い。そこに香辛料のような刺激臭と、どこか甘い果実の香りが混ざっている。駅の無機質な空気とはまるで別物だ。
耳に入ってくる音も違う。金属的軋む音。遠くで鳴る鐘。聞いたことのない言語が重なり合い、ざわめきになっている。低い唸り声のようなものまで混じっている気がした。
顔を上げる。
石造りの建物が並んでいた。尖った屋根、むき出しの梁、壁に取り付けられた鉄製のランプ。ランプの中では、電球ではなく揺れる炎が光っている。その炎の色が妙に青い。
空を見上げて、息を呑んだ。夜のはずなのに、星がやけに大きい。いや、大きいというより近い。見慣れた星座が一つも見つからない。
通りの向こうを、巨大な荷車が走っていく。引いているのは馬じゃない。角の生えた、見たことのない獣だ。石畳を蹄が叩く重い音が、腹の奥まで響く。
そして、すれ違った。
人間じゃない。
耳が長く、肌も青い……背は低くシワの多い謎の……人に見えないそれは俺の横を通りすぎていった……
喉が乾いた。
「……夢だろ、これ」
「てか、あんなの……乗ってた?」
俺はそんな場違いで生産性のないことを口にした瞬間…
金属がひしゃげるような警告音が鳴り響いた。
振り返ると、車両のドアが音もなく閉まり、次の駅へ向けて動き出している。
俺は、この得体の知れない世界に、一人で取り残されてしまった。
第2話、いかがでしたでしょうか。
「閻魔様」というパワーワードが駅のアナウンスで流れるという、荒川にとっては災難極まりない展開になりました。
彼が一番気にしているのが「あの謎の生物が電車に乗っていたのかどうか(=自分以外にも乗客がいたのか?)」という点であるあたり、いかにも荒川らしいというか、状況に追いついていない様子が伝われば嬉しいです。
物語はここから本格的に「未知の環境」へと舵を切ります。
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次話もお楽しみに。




