第2部5話 最悪の一手
面談室と呼ばれた部屋に通された兎人の親子とエレン姫が対面に座っている。
姫は終始、相手を安心させようと柔らかな笑顔を向けているが、兎人の母親の方は、まるで捕らえられた小動物のように肩を震わせ、今にも泣き出しそうな表情で視線を泳がせている。姫と目を合わせることもままならない様子だ。
一方で、子供の方はそんな母親の緊張などどこ吹く風、好奇心に満ちた目で室内をきょろきょろと見渡している。
どういうことだ?
兎人はかなり警戒心の強い人種だと聞いてる。母親の方はまさに今も警戒しているのだろう……落ち着きのなさがそれを物語っているが、子供の方はまるで、好奇心の塊だ……。
私は姫に言われたまま、お茶を出し、面談室の端に立っていた。
「アリス! そんなところに剣をもって立っていたらお客様に失礼でしょ。剣を置いて、私の横に座りなさい」
姫の横に座る……それだけで私の心は有頂天に達した。しかし、剣士の魂である剣を置く……そのことが一瞬の逡巡を呼び込むが……答えは簡単に出た。
「はい、かしこまりました」
私は剣を部屋の隅に置き、姫の隣に腰を下ろした。高まる鼓動が姫に悟られないようにしなければ……そう思った瞬間……
「おねーちゃん、ドキドキしてるね!」
兎人の子供が唐突に声を上げた。
「シン! 静かにして、お願いだから」
母親がたしなめている……どうしてわかった……私は焦りと恥ずかしさのあまり、顔まで紅潮しているかもしれない……。
「えらいね、ぼく、相手のことがわかるの?」
姫は笑顔でシンと呼ばれた兎人の子供に声をかけている。
「うん! 僕たち兎人は耳がいいからね!」
元気よく答える兎人の少年を見ながら、私は兎人のことが分からなくなりつつあった。
「実は……相談というのはこの子のことについてなんです……」
そういって、兎人の母親は語りだした。
◇
「大量大量! 欲しかった調味料が全部見つかるとは思わなかったよ」
俺は上機嫌で帰宅した。今までないと思っていた調味料が見つかったのだ。これで元の世界の料理を作ることができる。
このカフェもある程度の収入源になるだろう。そんなのんきなことを考えていた。横で、ゴンザレスとデニムも陽気に声をかけてくる。
「じゃ、今日はさっそく先生の料理パーティーか?」
「ただじゃない、ちゃんと料金は払ってもらうぞ!」
俺はそう軽口を返したところで、面談室が使われていることに気づく。
どういうことだ? 面談室を使うような要件は少なくてもないはず……。
そう思ったとき、面談室からは、鋭い目をしたアリスが出てきて、ついでエレン姫と兎人の親子が出てきた。
「先生? 帰ってきてたの?」
「あの、先生っていうのは?」
兎人の母親が恐る恐る姫に確認している。どうやら、かなり人見知りの人種のようだ。いや、人見知りというより、相当警戒されている? ようにも見える。
後ろでデニムとゴンザレスもびっくりしている。よほど兎人が人前にいることが珍しいのかもしれない。
そんなことを考えていると。
「ねーねー、おじさんがお姫様の先生なの?」
兎人の子供が俺に話しかけてくる。
「シン! 本当にやめて! あなたは……!」
「え? でも……」
そういう親子の会話をよそに、俺は自然とひざを曲げ、目線をシンと呼ばれた子に合わせた。
「少年! すごいな! 物おじせず話しかけられてすごいぞ。姫との話し合いは楽しかったか?」
「うん! また今度話をする時間をとってくれるって!」
「そうか! その時はおじさんも一緒に参加していいか? おいしいジュースも作って待ってるな!」
「ほんと? ありがとう!」
目を輝かせる兎人の少年の前に、俺は手のひらを軽く突き出す。一瞬きょとんとした兎人の少年に、俺は続けた。
「こういう時は『いえーい』って言ってハイタッチするものさ」
「ハイタッチ?」
「そう、こうやって手のひらと手のひらをパン! ってするのさ」
「うん! わかった!」
そう言って、シンと呼ばれた少年と俺はハイタッチをした。
その光景を、その場にいる大人全員が目を点にして見ていた。
そんなことをお構いなしに、俺はシンの母親に営業スマイルを向ける。
「お母さま、本日は誠にありがとうございます。今日のご面談の内容は姫様よりお聞きし、次回のご面談時に続きのお話をさせてください。今日は勇気をもってお越しいただき、本当にありがとうございます」
そう言って俺は深々とお辞儀をした。
親子が安心して帰った後、俺は全員から詰められた。
「なに! あの子どもにだけ向ける優しい表情としゃべり方! 先生はあんなこともできるの!」
だと……こいつら俺をどう思っているんだ……。
「そんなことより、具体的な話を聞かせてくれ」
姫から聞いた話はかなり複雑な問題を内包していた。
兎人は元来警戒心が強く、種族全体で一つの意思決定をする。
それを乱すものは異物として仲間内から排除されるらしい。
排除された兎人はほかの社会で生き方を知らないが故、他の町で生き残ることが難しく、結局兎人の町で、住居と食料を与えられる代わりに危険な雑務を延々と押し付けられるような生活になるらしい。
今のままではシンは間違いなく将来、その道を行くことになってしまうから、どうにかして救ってあげたい。
というのが、母親の相談ということらしい。
「「ひどい話だな」」
ゴンザレスとデニムが真剣な面持ちでそうつぶやき、俺たちを敵視しているアリスすらその意見に同調するように、首を縦に振っている。
「ほんとそうよね! だから先生! 私思うの! まずは兎人の代表と話し合うべきだって!」
3人の大人がその意見を肯定している中、俺はただ一人、冷めた声で言った。
「姫? まさかとは思うが、その提案をあの母親にしたのか?」
俺のその声の冷たさ、そして表情の硬さに、店内の空気が氷点下まで下がった。全員が息をのんで俺を見る。
「で? どうなんだ姫?」
俺の声は心底冷たい……。返答次第では、この世界に来て初めて本気で怒るかもしれない……。
「い、いえ、そこまでは言ってないわ。何となく、言ってはいけない気がしたから、ちゃんと先生と相談してから決めようと思って、明後日にもう一度お越しくださいって言った」
「そうか……」
俺は姫が「最悪の提案」をしていないことに安堵しつつ。
「姫、よくやった。自分の正義より相手の表情を見てよくこらえた」
そう言った後。
「まずは明日、姫と俺別々にあの親子のための提案を考えて意見を出し合おう。ただし、『兎人の代表と話し合いに行く』は絶対にNGだ。それは最悪の一手だからな」
「な……なんで?」
姫が驚きのあまり声を失っている。
「その理由から考えるんだ。どうしてもわからないなら、晩飯の後でも聞きに来い」
俺は姫を突き放すように会話を打ち切ったせいか、後ろから「姫を怯えさせた不敬者を見る」ようなアリスの殺気を感じながら、買ってきた調味料を片付けだした。
なぜ、兎人の代表と話し合うのが最悪の一手なのか?
エレン姫のためにも一緒に考えてあげてください。
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