第2部4話 最初の相談者
「いやぁ、先生の料理は本当にうめーな! なんで料理人にならなかったんだ?」
ババルが豪快に肉へかぶりつきながら、感心したように声を上げる。
「料理は趣味の範囲だよ。俺はどっちかっていうと、人にものを教える方が好きだったんだ」
そこまで言って、俺は小さく笑った。
「まぁ、いつの間にか“どれだけ売り上げを伸ばせるか”ばっかり求められるようになってたけどな」
自嘲混じりの言葉に、ババルは一瞬だけ首を傾げた。
だが、深く踏み込むつもりはないらしい。すぐに明るい調子へ戻る。
「先生、他にはどんな料理が作れるんだ?」
「そうだな……俺のいた世界の料理なら、味噌汁とか煮魚みたいな和食から、中華や洋食まで一通りは作れる。カレー、餃子、麻婆豆腐、シチュー……。一か月くらいなら毎日違うメニューを出せると思うぞ」
「すげぇじゃねぇか! なのに、なんでこのカフェは毎日数種類しか出さないんだ?」
「簡単な話だよ。まず、必要な調味料が揃うか分からない。それに俺には、大量の注文を捌けるほどの技術がない」
俺は肩をすくめる。
「料理人ってのはすごいんだぞ。料理ごとの時間を計算して、複数の注文を順番に同時進行で作るんだからな。あれは職人芸だ。俺には無理だよ」
「へぇー。料理って作れれば終わりじゃねぇんだな!」
ババルは感心したように頷き、そのまま皿を綺麗に平らげた。
「あいつは本当によく食うな」
空になった皿を見ながら俺が笑うと、横でゴンザレスがニヤつく。
「そりゃ先生としてはありがたいだろ? 儲かるしな」
「それもある」
俺は素直に頷いた。
「でも、一番嬉しいのは、作ったものを美味そうに全部食ってくれることだな」
そう返すと、ゴンザレスは少し意外そうな顔をした後、ニッと笑った。
「へぇ。口先だけで始めたカフェかと思ってたが、案外楽しんでんだな先生」
「うるさい。お前も甘いものばっか食ってると、そのうち病気になるぞ」
「ほっとけ」
ゴンザレスは愉快そうに肩を揺らした。
その横で、デニムがふと真面目な顔になる。
「でも先生、調味料さえあればもっと色々作れるんだよな?」
「あぁ。まぁ、手に入るならな」
俺は苦笑した。
「醤油とか味噌とか、料理酒とか……俺の世界特有のものも多いし」
すると二人は顔を見合わせる。
「先生、元いた世界って何て名前なんだ?」
「地球って呼ばれてる星だよ」
その瞬間、二人は揃って「あぁ」と納得した顔をした。
「なら調味料は普通に手に入ると思うぞ」
「……は?」
あまりにも当然のように返され、思考が止まる。
「なんで?」
聞けば、この交差界では異世界ごとに居住地区が分かれており、それぞれの文化圏が維持されているらしい。
地球出身者も決して珍しくはなく、この街にはかなり大きなコミュニティまで存在しているという。
「マジか……!」
俺の脳裏に次々と調味料が浮かぶ。
醤油。味噌。酢。みりん。料理酒。胡麻油。
それがあれば、メニューの幅は一気に広がる。
「連れて行ってくれ!」
俺は勢いよく身を乗り出した。
「あぁ、別に構わねぇけど……店はどうするんだ?」
「半日で戻る! 今日は臨時休業だ!」
「姫さんは?」
「護衛もいるし問題ないだろ。それに、広報計画はあの子にとっても重要な仕事だ。調味料探しは俺たちだけで行くぞ!」
俺はそのまま二人を巻き込み、半ば強引に店を飛び出した。
◇
――その頃。
「広報なんてわかんないよぉ……。アリス、どう思う?」
エレン姫が机に突っ伏しながら情けない声を漏らす。
「私は姫の護衛です。異種族相談センターの運営には極力口を出すなと、王妃様より仰せつかっています」
「ひどーい。でも、確かに私がやるって決めたんだもんね……自分で考えなきゃ……!」
姫は眉間に皺を寄せながら、必死に悩んでいる。
(自らの理想を実現するため、あえてこのような質素な場所に身を置かれる姫……なんと尊い……!)
私は胸の奥に込み上げる感動を噛み締めた。
城にいた頃は、一日に一度お姿を拝見できれば幸運だった。
それが今では、朝から晩までおそばに仕えられる。
王妃様には感謝しかない。
そんな幸福な時間は、階下から響いた「バタン!」という乱暴な音によって打ち砕かれた。
「何の音?」
姫が顔を上げる。
私は内心で舌打ちした。
またあの男どもか。
どうしてああも騒々しく生きられるのだ。
窓から下を覗くと、街へ向かう男三人の姿が見えた。
特に荒川という男は、子供のように目を輝かせている。
「あっ! 先生たちが出かけてる! アリス、追いましょう!」
「えっ?」
理解が追いつかない。
おのれ荒川。
せっかくの姫との穏やかな時間を……!
私が心中で呪詛を吐きながら階段を降りた、その時だった。
コンコン、と扉が叩かれる。
続いて、静かに扉が開いた。
そこに立っていたのは、兎人の母子だった。
珍しい。
兎人は警戒心が強く、滅多に人前へ姿を見せない種族だ。
「ここが……異種族相談センターで合っていますか?」
母親の声は震えていた。
逃げ出せるよう身構えながら、それでも必死にここへ来たのだと分かる。
「もちろん! ぜひお話を聞かせて!」
姫は一瞬で笑顔になり、迷いなく相手へ歩み寄った。
警戒を和らげるように、柔らかく目線を合わせる。
あぁ、姫……!
あなたは理想を語るだけではなく、自ら人を救おうとなさるのですね……!
感動に震えていると、姫がくるりとこちらを振り向いた。
「アリス、お茶をお願い!」
「は、はい!」
私は慌てて背筋を伸ばす。
そして、この時の私はまだ知らなかった。
この異種族相談センターが、想像以上に多くの者たちの心を掴んでいたことを。
そして――。
いつか私自身が、荒川という男を認めざるを得なくなることを。




