第2部1話 夢を見るにも金がいる
エレン姫の家庭教師をクビになって、1週間。
事態は俺の想像をはるかに超えて進んでしまった。
「しっかし、城の連中は姫さんと先生の中を疑うなんて、バカだねー」
ババルはカウンターにどっかと腰掛け、俺の作った肉料理を豪快にほおばっている。皿が小さく見えるほどの巨体から放たれる熱気は相変わらずだが、その口調には妙な親しみがあった。
「権力者なんてそんなもんよ。ま、俺はそのおかげで2階の空き部屋を二つ、破格の値段で貸し出す羽目になったんだ。城の連中に慰謝料の一つでも払ってほしいぜ」
ゴンザレスはため息交じりに、俺の作ったフレンチトーストをフォークで上品にほおばっている。
(ゴンザレス……お前、甘党だったのか……)
その厳つい見た目と、皿の上の甘い香りのギャップに、俺は内心でそっと突っ込みを入れた。
「技術的な価値が分からない連中は放っておけよ。でも、そのおかげで俺の木工技術で作ったこの品々を使って、このテナントがカフェ兼食堂兼、異種族相談センターになったんだ。怪我の功名ってやつだよな!先生!!」
デニムは、自分が手がけた温かみのある木製家具でカスタマイズされたテナントの出来栄えに、うっとりとした視線を向けている。
「ほんとそうよね!城の人たちも本当に失礼!ちゃんと反省するまで、絶対帰らないんだから!」
エレン姫は器用にスプーンを動かし、俺の作ったオムライスを満足げにほおばっている。頬を膨らませて怒ってはいるが、食欲は一切落ちていない。
「……俺は、姫にはさっさと城に帰ってほしいぞ」
俺は小さく息を吐きながら、冷めた声で本音をこぼした。
「「「え?なんでだよ??」」」
その場にいる1名を除いて、全員の声がきれいに重なる。
「当たり前だろ……」
俺はそう言って、一人だけ会話に同調せず、壁際にたたずむ女性の剣士に目を向けた。
「はっきり言って、あの敵意のまなざしを受けながらお前らの飯を作るのは地獄だ。城の問題は城の中で決着をつけてこい」
彼女が発する空気は、文字通り「刃」そのものだった。
「大丈夫よ!関係者がちゃんと反省文100枚書いてきたら、ちゃんと仲直りするから!それに、アリスなら大丈夫!先生が私にちょっかいを出さない限り無害だから!」
エレン姫はニヤニヤしながら、アリスと呼んだ剣士を見る。呼ばれた剣士──アリスは、姫には春の陽だまりのような優しいほほえみを向けるが、直後、俺やババル、ゴンザレス、デニムへと視線をスライドさせた瞬間、その瞳は絶対零度の氷壁へと変わる。そこに明確な敵意しかなかった。
カウンターに並ぶ男全員が、物理的な寒気を感じたかのように震え上がり、互いに目を見合わせて深い深いため息をついた。これでは飯の味も落ちるというものだ。
「ところで姫?」
このまま外圧に屈しているわけにはいかない。俺は唐突に、何か名案を思いついたかのような笑顔を作って姫に声をかけた。その瞬間、アリスの警戒のまなざしが一段と鋭くなる。
「何?先生?」
エレン姫はスプーンを止め、きょとんとした顔で俺を見る。
背中に冷たい汗が流れるのを感じつつ、俺は努めて冷静に、声を一段落とした。
「まじめな話だ」
男どもは、この元塾講師が何を始めるんだと、期待半分、背後に感じる殺気に対する恐怖半分で見守っている。
「姫、お目付け役がいるとはいえ、家出した身だ。つまり、2階のテナントの家賃は自分で稼がないと駄目だ。家出をしておきながら、家賃は親持ちなんて、筋が通らない」
「え。ええ……そうね……」
いつもなら勢いで返す姫も、まさかの現実的な家賃問題を突きつけられ、戸惑いの表情を浮かべた。
「分かったら、自分のやりたい異種族相談センターの広報について考えろ。俺は広報は素人だから、一切手伝えん。顧客も営業も自分で見つけてくるんだ。最初の家賃の支払いまで、あと2週間しかないぞ」
「そんな……先生は一緒にやってくれないの?」
不安そうに眉を寄せる姫に、俺は事務的なトーンを崩さずに言い放つ。
「おれは、お前の先生をクビになった身で、再雇用の契約もしてない。実際、収入のないお前には再雇用もできない。だったら、自分のことは自分でやれ」
「そんな~」
エレン姫は悲痛な叫びをあげながら、ガタゴトと椅子を鳴らして立ち上がり、2階の自室へと駆け上がっていった。
「剣士さん。これで、俺たちを見張る必要はないだろ。さっきみたいに殺気を丸出しでいられたら、正直客が来ない。姫の後ろにでもついててくれ」
俺が告げると、アリスは無言のまま、鋭い足音を立てて姫の後を追っていった。
ようやく、場にまともな空気が戻ってきた。
一息ついた俺は、カウンターに手をつき、この激動の1週間に愚痴をこぼしてしまう。
「どうせやるなら、塾が良いだが、なんでまたカフェ兼食堂のマスターになったんだか…これもそれも、三日前の選択…ミスったかな」
そういいながら町中に大砲でも撃ち込まれたような爆音が何度も城から何度も響いたあの日のことを思い出していた




