第15話 異種族連携の副作用
その日俺は、執事長室に呼び出しを受けていた。
いったい何の用だ……ここ数日、姫は大笑いしながら俺の作った黒歴史ブレスレットを付けている。
どうやって外させるか、そればかり考えて胃が痛い毎日だ。
「失礼します」
そう言ってドアを開けた瞬間、思わず顔がしかめ面になる。
目の前にいたのは、界所で俺を呼び出し城まで連れてきたあの初老の男女だったからだ。
窓は閉め切られ、香木の匂いが薄く漂う執事長室。静かすぎて、靴音がやけに響く。
男がヨシュア、女がカミュア。
カミュアが柔らかな笑みを浮かべる。……が、俺には絵に描いたような作り笑いにしか見えない。
「どうぞ座ってください」
「いえ、この場で結構。さっさと要件を言ってください」
笑顔が一瞬だけ固まった。
「座ってもらえないとお話にならないでしょ」
「だったら話す必要はないです。失礼しても?」
敵意を隠さず言い放つ。ヨシュアは無言で、石像みたいな顔のままこちらを見ている。
「では、そのままでいい」
低い声が割って入った。
「姫のつけているブレスレットのことで、城内で歓迎されない噂が立っておる。王と王妃も関心をもっておられる。心当たりは?」
「あぁ、あれですか……むしろ返してほしいくらいですよ」
ドワーフ代表ハリードの工房で起きた一連を説明する。
説明が進むほど、二人の眉間の皺が深くなるのが分かる。
「なので噂を消したいなら、俺じゃなく姫から取り上げて処分してください。俺にとっても黒歴史です。あんな呪物、残したくない」
カミュアがゆっくり息を吐いた。
「そうはいっても、エレン姫は私たちの言うことを聞いて下さらないの。噂ばかり先行しても困るので、しばらく授業を控えることはできるかしら」
柔らかく提案する声。だが中身は決定事項のそれだ。
この言い方、嫌というほど知っている。
「それは王と王妃からの命令ですか?」
「いえ、そういうことではなくて、自粛という形でお願いしたいの」
来た。責任回避の万能ワード。
「上司でもないあなた方の意見を聞く立場ではありません。噂の内容も知らない。授業を止めたいなら王命を出せばいい。俺が配慮する理由はない」
ドアに手をかける。
背後で椅子が軋む音。
「無礼だとは思わんのかね!」
振り返ると、ヨシュアが拳を震わせていた。額に青筋が浮かんでいる。
「自分達の都合の良い決定だけ伝える職務の人に尽くす礼儀は、元の世界でも持ってません」
半身だけ振り返って告げ、扉を閉めた。
静かな廊下に出た瞬間、肩の力が抜ける。
こりゃ近いうちに転職も視野だな。
そのためにもゴンザレスとの契約は成功してほしい。
──そして午後。
姫は相変わらずブレスレットを付けてキャッキャしている。
日差しを受けて黒い石がやけに誇らしげに光っているのが腹立たしい。
俺たちは二丁目六七番地を歩いていた。
以前と違うのは、町の音だ。
カン、カン、カン、カン。
金属を叩く乾いた音が、通り全体に反響している。
建物の壁に跳ね返り、空気が震えているのが肌で分かる。
道行く人間たちは眉をひそめ、耳を押さえ、早足で通り過ぎる。
反対にドワーフたちは誇らしげに胸を張り、工房を行き来している。
視線は交わらない。いや、意図的に避けられている。
不信感。空気で分かる。
「姫!いい加減そのブレスレット外してください!」
「だーめ、まだ満足してないもん!」
満面の笑み。最悪だ。
「満足って何ですか!」
鍛冶の音に負けないよう、声が自然と大きくなる。
今日は厄日かもしれない。
ゴンザレスがオーナーを務めるテナントの目の前に到着した。
扉を開ける前から分かる。中の空気が重い。
入ると、彼は腕を組んだまま睨んできた。
「それで、契約をしたいってことで良いんだよな?」
声は低く、短い。
「え、えぇ……」
姫が珍しく気圧されている。肩が少し縮こまっている。
「いいえ、今回は契約の話に来たわけではありません」
鍛冶の音が壁を震わせる中、腹から声を出す。
「あ?どういうことだ?」
「先生!?」
姫の視線が刺さる。
「当初は契約をお願いするつもりでした。ですが、町の様子を見て理解しました。契約より先に解決する問題が生まれています」
ゴンザレスの眉が動いた。
「ほう……で?」
「姫、竜人の炎の問題は解決しました。ですが同時に、ドワーフの鍛冶音が町全体の騒音問題になっています」
姫の顔から血の気が引く。
「そんな……」
「そうだ。あんたらは、より大きな問題を引き起こした」
ゴンザレスが額を押さえる。
工房の外から、苛立った人間の怒鳴り声が一瞬だけ聞こえた。
すぐに金属音にかき消される。
「大丈夫ですよ」
二人が同時に顔を上げる。
「騒音問題は元の世界でもよくある社会問題です。異種族交流が始まれば新しい問題が生まれるのは自然なことです」
肩をすくめる。
「ゴンザレスさん、案があります」
この世界で三度目の、不敵な笑み。
姫がじっとこちらを見ている。
今回は「ださい」と言って来ない。
それが何を意味するか考えないまま、俺は口を開いた。




