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第13話 見えていたもの➁

 なぜなら…


 俺はその理由をつづけた。

 言葉を口に出す前、喉の奥がわずかに乾いていることに気づいた。鍛冶場の空気は熱を帯びているのに、手のひらだけが妙に冷たい。視線を外せば負ける気がして、俺はハリードの目をまっすぐ見た。


「理由は2つです。観察眼の本当に鋭い人なら、3つでも4つでも気づくのでしょうが…俺には2つが限界です」


 場の空気が、わずかに張りつめる。


「1つ目は、この事務所というか、展示場に‥‥木工細工が置いてある」


 俺は先ほど視界にうつった一角を指さす。そこには丁寧に彫り込まれた木工細工が剣の後ろに隠れるように、だが、その剣で傷つかないよう、丁寧なケースに入れて保管されていた。


 鍛え抜かれた鉄の光の奥で、柔らかな木目が静かに息をしている。その違和感は、気づいた瞬間からずっと頭の片隅に残り続けていた。


「ここが、若手の研究材料としての逸品を掲示しているなら…そこに木工細工が置かれている理由は、それを若いドワーフたちが研究することをあなた自身が認めていることになる」


「え・・・え・・・」


デニムと姫は頭が混乱しているようだ。二人とも目を丸くし、俺と展示物を交互に見ている。


だが、トマスは目を輝かせながら聞いている。言葉を飲み込むたび、胸の奥で小さく何かが跳ねているような顔だった。


「そして、もう一つがトマスさんです。トマスさんは右手と左耳に木工細工のを身に着けておられる。ただ、それらはデニムの店にあった細工とは違うことくらいは俺でも分かります。おそらく、トマスさんが自作したものでしょう」


「本来鍜治場のある場所で木製品なんてつけていたら、燃えてしまうかもしれない…にもかかわらずつけておられる」


 俺はここで一息を入れ、周りを見た。


 相変わらずデニムと姫はポカーンとしてるが、ハリードのこぶしは強く握られている。


 節の浮いた指が、わずかに震えていた。

 これは…どっちだ?


 的外れすぎて…後でブチギレされてしまうやつだろうか…


 胃の奥がぎゅっと縮む。急な腹痛のような感覚を無理やり押し込めながら、俺は続けた。


「おそらく、トマスさんはデニムさんの影響もあり、今木工細工職人を目指しておられるのではないですか?」


「そしてあなたはそれを認めている。だから、この場にトマスさんが木工細工をつけて参加していることも許しておられる…」


 沈黙。


 階下の炉の奥で炭が崩れる音だけが、やけに大きく響いてきた。


 しばらくの沈黙の後…


 ハリードが苦虫をつぶした顔で、口を開いた。


「あんた、荒川って言ったな?」


「はい、そうです」


(怖ぇぇ・・・青筋立ててる王妃や王と同じレベルの圧がある)


「それだけか?あんた『が』気付いたことは、それ「だけ」か?」


「「「え?どういうこと??」」」


 デニム、姫だけじゃない、トマスの声までが重なる。


 三人とも、これ以上いったい何があるんだ?と目を見開いてハリードを見つめている。


 俺は一瞬考えた。どうやら推論そのものは外れていないようだ。だが、合格点にまで達していない。あと何か一押しが必要


 考えろ…考えろ俺…たぶん、ここからは様々な面談やゲームで培った妄想力が頼りだ。


「見えたものから、推論できるのは今の2つです。ただ、ここからもう少し妄想を許してくれるなら…あと3つ、推論を重ねることができます」


「言ってみろ…」


 声が、低く沈む。


 挑戦状を叩きつける声だった。


「1つはここに、トマス君を連れてきた理由。それはトマスさんの希望だけじゃない、デニムがトマスさんの木工細工に気づくか?を見届けるため」


「もう一つが、先ほどのデニムさんへの軟弱物発言…あれも、デニムさんに『職人としての誇り』があるかを見るため」


 俺はそこでひと呼吸おき、


「そして、ハリード様、あなたがデニムさんを見極めようとする理由…それが「新しいものに挑戦する」こと自体は誤りではない・・と外との交渉で感じ始めているから、そんな気がしてなりません」


(だめだ、もうこれ以上はひねり出せない…)


 胸の鼓動がうるさい。


 静まり返った室内で、自分の心音だけが浮いて聞こえる気がした。


 ハリードを見る。


「荒川って言ったな、あんたスゲーな。満点ではないが、おおむねその通りだ。すごいじゃないか!」


 肺に溜まっていた空気が、一気に抜けた。


「そうですか…」


「だがな、俺はまだ、そのデニムってやつはきっちり認めたわけじゃない!自分の職人技を低く評価しやがって!おめーにはプライドってものがねーのか!なんだ!あの紹介文は!!」


「え?」


今度は俺の思考が思わず止まってしまった。


「おめーが鍛冶のことも気にかけてくれてたことはうれしいが、まるで木工に進んだことを後悔したような文章を書きやがって!今日はこの人たちに会うだけじゃねー!一度お前を本気で説教してやろうって決めたから会うことにしたんだ!」


「ちょっ、ハリードさん!落ち着いてくださいっす。あの紹介文はそこの先生のアドバイスを・・・」


「な!?」


 デニム…ここで俺を売るのか…


「黙れってんだ!だったらなおさらお前が悪い!紹介状すら助力なしで書けないなんて!な、そこに座れ!」


「ひえぇぇぇ・・・」


 さっきまでの空気はどこえやら・・・

 鍛冶場に、説教の雷が落ちた。

 俺と姫が戸惑っていると…


「父がすいません…」


トマスが申し訳なさそうに声をかけてきた。


「いえ、大丈夫です」


「全然、大丈夫だけど・・・ハリード様ってあんな感じなの?」


「ええ。大体いつもあんな感じです。たぶん、あと2時間くらいはあの調子です」


「2時間…」


 姫の顔から血の気が引いた。


「姫…2時間待つとなると門限ぎりぎりになります。先にご帰宅ください」


「いやよ!ギリギリなら走って帰って間に合わせればいいから、待つわ!それよりトマスさん!」


「はい、なんでしょう?」


「木工細工について私にも教えて、奇麗な模様を作るやつ、私もやってみたい!」


 ・・・おい、ちょっと待て?


「いいですよ。では私の工房をご案内しますね」


 トマスの顔がぱっと明るくなる。


「だ…だめだ!!!」


 俺は大きな声で止めに入った。


「姫、あんたが彫刻刀で怪我でもした日には、大問題になるでしょうが!」


「むぅ・・・だったら、先生が私の分作ってよ」


 それは俺にとって死刑宣告と同じなんだよ。


「何言ってるんですか!おれ、美術で彫刻刀関連は成績1に近い2だったんですよ?できるわけないでしょ?」


「すごい先生!体育が3で、美術は1近い2なのね!それって、1番に近い2番って意味なんでしょ!きっと!楽しみだわ!早速始めましょう!トマスさん、案内して!」


 そう言って、到底抵抗できない腕力で俺を引きずっていく。


 遠くでまだ響く説教の声を背に、俺の運命もまた別方向へ引きずられていった。

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