第12話 理想と段取り➀
「だから!竜人の炎を使うのね!」
「OK!先生!!早速ババルのところに行って事情を説明してドワーフへの協力を検討してもらいましょう!」
午前の授業が終わった瞬間、姫は今にも走り出しそうだった。
いつもなら完全にあっけに取られるところだが、今日は違う。
この話をした時に、姫がどう動くかはもう予想できていた。だから落ち着いて制止できる。
廊下の窓から差し込む光が、勢いよく振り向いた姫の髪を跳ねさせる。今すぐ扉を蹴破って飛び出していきそうな勢いだ。
「そう簡単な話ではありません。いきなりババルのところへ行けば、最悪、友好関係が壊れる結果になります」
姫の足がぴたりと止まった。
振り向いた顔には「何を言っているのかわからない」という表情がそのまま浮かんでいる。
元の世界では「確証ができるまで動かない」ことに悩まされていたが、この姫は逆だ。思い立ったら即行動。それはそれで厄介だ。
「いいですか。まず、ドワーフの鍛冶職人が求める温度を私たちは知りません。竜人の炎が適しているかも分からない。高すぎても低すぎても駄目なはずです。まずはドワーフに『どんな炎が必要か』を確認するのが先です」
姫は眉を寄せ、小さく息を吐く。勢いは削がれたが、目の火はまだ消えていない。
「なるほど…確かに…でも、だったら竜人と一緒に行って話を聞いた方が早くない?」
「一理ありますが、リスクが大きい」
「なんで?」
本気で分かっていない顔だった。
面子という概念そのものが、まだ実感として理解できていない。
「姫の頼みで竜人を連れて行ったのに、ドワーフから『炎は合わない』と言われたらどうなります?協力した竜人の面目が潰れます。善意で動いた相手を傷つける可能性があります」
「……ごめんなさい……」
視線が落ちる。跳ねていた髪が静かに肩へ戻る。
少し言い過ぎたかもしれない。
だが今は言葉を足さない。
「もちろん最終的には実験が必要になるかもしれません。でも可能性を先に知れば、竜人の面子もドワーフの職人魂も守れます。今回は姫はサポート。交渉は私が行います。いいですね」
「……はい……」
小さな返事だった。
受け止めようとしている声だった。
まだ引きずっている。だが、今は慰める場面ではない。
成功体験を積ませることは大切だ。けれど今回は異種族が関わる繊細な問題だ。危険性ははっきり伝えておく必要がある。言葉を柔らかくするより、先に理解してもらうべきことがある。
だから今は、静かに様子を見る。
準備を始めると、姫も無言でついてくる。
いつもとは逆に、半歩後ろを歩いている。
石畳を踏む足音が二つ並ぶ。
いつも弾んでいる足音は、今日は静かだった。
「やぁ、デニム。今少し大丈夫か?」
「おう荒川っち。大丈夫だ。そちらは?娘さんかい?」
「よしてくれ。こんな元気な子を育てられるほどのパワーはない」
「元気でまっすぐ…」
姫が小さく繰り返す。声は沈んだままだ。
「はじめまして、デニムさん。私はエレンと言います」
「ああ、異種族相談センターの代表のお姫さんだね」
「代表?え?でも私は…」
戸惑いの視線が向けられる。
「姫、あなたはこのプロジェクトの代表です。代表として、デニムに伝えてください」
「でも、交渉は先生が…」
「交渉は私がします。ただ、紹介状を頼むのはプロジェクト開始の宣言です。宣言は代表が行うべきです」
姫は黙り込んだ。
落ち込みと迷いが、顔にそのまま出ている。
しばらくして、ゆっくり顔を上げた。
「デニムさん…!私たちはドワーフの鍛冶の問題に竜人の炎が役立つかを知りたいです。そして、竜人とドワーフの交流を深めたい。そのために、ドワーフの代表にお会いできるよう協力してください!」
必死さが声に出ていた。
だが視線は逸れていない。
デニムの背筋が伸びる。
「承知いたしました!姫のため尽力いたします!」
「では、紹介状の文面を考えましょう」
紙とペンを取り出すと、二人とも露骨に嫌そうな顔をした。
……絶対、文章を書くのが嫌いだな。
急に生徒が一人増えた気分で、俺はまた小さくため息をついた。
竜とドワーフの共同企画は企画書を書くことからつまずきそうであった




