第10話 有効と解決は違う
宴会の熱気がまだ身体に残っている。
石畳の夜道は静かで、さっきまでの喧騒が嘘のようだった。
宴会で壮大なおもてなしを受けた帰り道、エレン姫の足取りは軽かった。石畳がまるでトランポリンのように弾んでいるのではないか?と疑いたくなるほど軽やかだ。
「異種族の人と話を始めてしたけど、本当に素敵!これからこんな体験がどんどんできるかと思ったら、最高!」
「先生!これであの物件と契約もできる?」
屈託のない笑顔。
だが、今この瞬間においては――そんなことは本当にどうでもよかった。
門限を過ぎている。
姫が怪我をした。
最悪のダブルコンボだ。
竜人と面談に行く以上、うまくいけば門限を超える可能性はあった。だから事前にその点は王と王妃に伝えていた。
起こり得る可能性は先に共有する。顧客満足度を上げる基本だ。
だから、門限オーバーだけなら、お小言の一つで終わるはずだったんだ…
だが、その時に二人から言われた言葉が脳裏に蘇る。
「娘にけがなんか無いように」
あの圧。
元の世界の社長よりえぐかった。
覚悟はしていた。だが初回で地雷を踏み抜くとは。
姫のけがは小さい…だが、それが言い訳にならない確信を持てる圧だった…
短い人生だったかもしれない。
最期は右手でも上げて「我が人生いっぺんの悔いなし」と言っておくか――そんな馬鹿なことを考えていた。
「ちょ!先生聞いてる!!ぼうっとしすぎ!無視しすぎ!」
当の本人は何も気づいていない。
「あ、あぁ・・・そうだな・・・」
「むぅ・・・やっぱり全然聞いてない!」
今のおれにそのテンションに付き合うリソースはない。
胃は肉で悲鳴を上げ、心は王と王妃のガン詰めを予知している。
生きて帰れたら奇跡だ。
城門が見えた。
衛兵が駆け寄り、姫の右手を見て顔色を変える。
――やめてくれ。その顔。数分後には俺も同じ顔になる。
逃げるわけにはいかない。
謝罪に向かうしかない。
自分から行けば解雇で済むかもしれない。
命だけは助かるかもしれない。
そう思って姫に続き、王と王妃に面会した。そして案の定――
「※!O’%&!($!$&’”%”(!!!!!」
城が歪む勢いで王が詰めてきた。
いや、実際に城が揺れている…そう思わざる得ない勢いがある。
ただ、幸いなのが「何を言ってるかわからない」から、リアルに描けるという点だけだ。
王妃も静かに青筋を立てている。むしろこっちの方が怖い…
これは…王妃から死刑宣告されるのか?
そう思った瞬間。
「父上!母上!」
姫の一喝で、空気が止まった。
娘の説明を一通り聞いた二人は、こめかみの青筋を残しながらも、怪我についてはそれ以上、何かを言うことは控えてくれた。あくまでも、表面上のことだろうが・・・
むしろ興味は別の方向へ向いた。
「なるほど・・・我が娘は竜人と腕相撲して互角だったのか…」
「え・・ええ・・・石造りの机が先に粉砕しました…」
「・・・そ、そうか・・・」
王の視線が娘へ向く。
誇らしさと頭痛が混ざった顔だ。
「でも、これで事務所開設が可能なった!ってことよね!先生!!」
「・・・・」
「先生?」
「確かに、今回の竜人との友好関係構築で、竜人の吐く炎の問題はだいぶ軽減されるはずだ…だが、あくまでもそれは軽減であって、『解決』じゃない・・・」
「どうして?」
「宴会でも聞いただろ?竜人にとって、炎を吐く行為は『生きていくうえで必要』だということだ」
竜人は竜の血を引く一族。
その力を一定間隔で発散しなければ身体が耐えられない。
つまり――火を吐くなと言うのは、生きるなと言うのと同じだ。
「そんな・・・!じゃ、何も解決していないってこと?」
「娘はこんな傷を負うまで頑張ったのだぞ!あんまりではないか!荒川!君には、娘の怪我に対する責任と配慮はないのかね!」
いや王様、親ばかにもほどがあるだろ。
だが、ここで弱音は吐けない。
王の発言ではないが、今回エレン姫は本当によくやった…なら、その努力が、彼女の希望の最初の芽であることを大人が証明する必要はあるはずだ。
「大丈夫だ。竜人の件はちゃんと解決できる算段がある。うまくいけば…ゴンザレスさんの想定以上の結果が出せるはずだ」
「ほんとに!どうやって?」
「ま、まだ推測の段階なので、何とも言えんが、明日からしばらくドワーフ街の調査をする」
不敵に笑ってみせる。
「先生…」
「なんだ?」
「あんまり、その言い方、格好良くないよ?」
「な!・・・っ」
今日一番のダメージを受けた瞬間だった。
◇
その夜。
ベッドに倒れ込んだ瞬間、意識が沈みかける。
竜人の炎。
ドワーフの街。
物件契約。
異種族相談センター。
同時に解決できないか――
解決する算段がある?…実際のところそんなものはない。ただ、姫の努力を無駄にしないことだけにとどまらず、姫を怪我させてしまっている以上、汚名返上しておかないと、俺の命に係わる…多分…きっと
次の戦場は…ドワーフ街だ…




