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第8話 本気の目➁

竜人街の門を叩いた二人の前に現れたのは、豪快かつ実力主義な男・ババル。

「俺たちより強い奴の提案しか聞かない」

その言葉を聞いた瞬間、エレン姫の瞳に面白いものが燃え上がりました。

交渉? いいえ、これはもはや腕力勝負ガチンコの幕開けです。

荒川の胃痛をよそに、今、異色すぎる対話が始まります。

――数秒前まで、部屋には妙な熱気があった。

エレン姫が身を乗り出し、何かを決意したような顔でこちらを見ている。


俺はその視線を受けながら、嫌な予感しかしなかった。


「でもね、先生……私の案って、一個問題があるの……」

(いや、問題だらけだ……)


俺は心の中で頭を抱えていた。

姫の発想は、交渉とか説得とか、そういう次元を飛び越えている。


だが同時に――竜人という種族の特徴を踏まえると、“理屈としては通ってしまう”案でもある。


そこが余計に厄介だった。

「竜人街で話の通る人を、どうやって探せばいいか……」

エレン姫は真剣な顔で唸っている。

どうする。


どうやって止める。

……だが、他に方法はあるのか?

ここで俺が否定したら、この子の“やりたい”という感情に水を差すことにならないか。


せっかく見つけた夢を、俺が最初に折ることになるんじゃないか。

そんなことばかり考えていると――


「先生! 聞いてる!!」

耳元で声が弾けた。


「うおっ……!」

意識が現実に引き戻される。


「え? あ、あぁ……竜人街の誰と話をしたらいいか、って話ですよね?」

「聞いてるなら一緒に考えてよ!」

まっすぐな目だった。

打算も、駆け引きもない。

その目を見てしまうと、俺は弱い。


……覚悟を決めるしかなかった。

たぶん異種族相談センターなんてものをやる以上、今回みたいな“危険な橋”はいずれ渡ることになる。


早いか遅いかの違いだ。

「その心配はしなくていいですよ。すでにアポは取っています」

「へ?」

姫がぽかんと口を開けた。


「どういうこと??」

「姫と別れた後、竜人街とドワーフ街を回っていました。街の事情を知るなら誰に会えばいいか、直接聞いてきたんです」


「うそ……」

「嘘じゃないですよ。残念ながらドワーフ街の代表は来週まで不在らしいですが、竜人街なら今日でも会えます」


「先生! さすが! 尊敬しちゃう!」

エレン姫はぱぁっと顔を輝かせた。

ほんの数秒前まで真剣に悩んでいたとは思えない切り替えの速さだ。


「いや、それはいいので。ちゃんとご飯を食べて、一回仮眠を取ってください。徹夜明けで交渉なんか行ったら、途中で寝落ちしますよ」

「あっ……そういえばお腹空いた!」

本当に今気づいたみたいな顔をしたあと、

「ありがとう!! ご飯食べてくるね!」

と言って、姫は部屋を飛び出していった。

ばたばたと廊下を駆けていく足音が遠ざかる。


……いいのか?


姫があんな勢いで城内を走り回って。

衛兵に怒られないのか。

そんなことを思いながら、俺は深く息を吐いた。


「さて……」

俺も立ち上がる。

手土産くらいは必要だろう。

交渉というのは、話す前に半分決まっている。


まずは城の厨房を借りられないか聞きに行くことにした。

その後は…王と王妃に…


午後。


竜人街に入った瞬間、空気が変わった。

まず、熱い。

別に火事が起きているわけじゃない。


だが石畳の道路も、建物の壁も、どこか熱を帯びているような感覚がある。

周囲に並ぶ建物は、すべて石造りだった。

木材がほとんど使われていない。

壁は分厚く、窓も小さい。


“燃える”ことを前提にしない建築。

なるほどな……と俺は内心で納得した。


竜人。


その名前だけで、少しテンションが上がる。

元の世界でもゲームは好きだった。

竜という存在は、大抵どの作品でも特別扱いされる。


その血を引く種族の街。

中二病じみているな……と自嘲しながらも、俺の足取りは少しだけ軽かった。


一方でエレン姫は、そんな俺を置き去りにする勢いで進んでいく。

「ここね! 目的地は!」

指差した先には、大きな庭付きの屋敷があった。

石壁には焦げ跡のような黒ずみが残っている。


……生活感のある火災痕って怖いな。

応接間へ通された俺たちは、重たい石椅子へ腰を下ろした。


室内は広い。

だが家具は少なく、妙に殺風景だ。

その代わり、壁際には巨大な酒瓶がいくつも並んでいた。


数分後。


どすん、どすん、と重量感のある足音が近づいてくる。

扉が開いた。


「よう! あんたがお客さんかい!」


現れたのは、赤銅色の肌をした大男だった。

肩幅が広い。

腕が丸太みたいだ。

鼻先から額にかけて、竜の鱗のような模様が浮いている。


「俺はババルってんだ! 珍しい客がおれと話をしたがってるって聞いてな! 興味があったんだよ!」


声がでかい。


部屋の空気がびりっと震える。

「ありがとうございます。ババル様」

エレン姫も愛想よく返している。

……内心、俺はかなりハラハラしていた。

「で? 一体何の用があって、人が竜人街に来たんだ?」


「実は――」

エレン姫が説明を始めた。

異種族相談センターの話。

物件探しの話。

異種族と仲良くなりたいという理想。

そして、俺と出会った経緯まで。


……話さなくていいことまで全部話してるな。

情報管理ガバガバじゃねぇか。

だが、ババルは意外にも食いついていた。

豪快な見た目に反して、話そのものはちゃんと聞いている。


こういうタイプには、エレン姫みたいな“裏表のない熱量”が刺さるのかもしれない。

俺は黙って話が終わるのを待った。


「――ってわけなの!」


説明を終えた姫は、少し誇らしげだった。

ババルは腕を組み、

「おもしれー話だな」

と笑った。


「異種族相談センターか。俺たち竜人は元々陽気な種族だからな。楽しくやれるなら協力するのはやぶさかじゃねぇ」

「ほんと!?」

姫の顔がぱっと明るくなる。

「あぁ、本当だ。だが――」

そこで、ババルの目が鋭くなった。


空気が変わる。


酒場みたいだった部屋が、一瞬で闘技場みたいな空気になる。


「俺たち竜人は、“自分たちより強い奴”の提案を受け入れる種族なんだ」

低い声だった。

「だから、あんたらが俺たちより強いって証明するのが最優先だな」

「ええ、わかってるわ」


その瞬間だった。

エレン姫が、応接用の大きな机へ――

ドンッ!!

と右肘を叩きつけた。

「勝負しましょ! ババル!」


俺の背筋が凍る。


待て。

待て待て待て。


「あなたと私でどっちの力が強いか勝負よ!」


ホントに言った。

言ってしまった。


俺は今にも気を失いそうになった。


ババルも完全に固まっている。

「……本気か? お嬢ちゃん。その細腕で俺に勝てると思ってんのか?」

「勝てるのか?じゃないわ!」

エレン姫の目が細くなる。

さっきまでのキラキラした目じゃない。

獲物を見つけた猛獣の目だ。


「勝つのよ!」


ババルの口元が吊り上がった。

たぶん、同じ種類の人間だと判断したんだろう。

「……いいぜ」

竜人は笑った。


「そこまで自信があるなら受けて立とうじゃねぇか」

そして、なぜか俺の方を見る。

「そこのあんた。合図役やれ」

「えっ、俺!?」

「当然でしょ、先生!」

当然じゃない。

全然当然じゃない。


(頼む……姫さん……)


俺は心の中で天を仰いだ。

(怪我だけはしないでくれ……)

もし姫が腕でも折った日には。

間違いなく。

俺は王と王妃に殺される。

お姫様が竜人を相手にまさかの力比べ。

荒川の懸念をよそに、二人のやる気と熱気は高まるばかりです。

「話を通す」ための手段として、これは本当に合っているのか?

前代未聞の「力による交渉=物理こそ正義?」、その結末を見届けてください。

次回もお楽しみに!

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