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第8話 本気の目➀

いつもお読みいただきありがとうございます。

前回、なんとかゴンザレスとのテナント契約の条件を取り付けた荒川とエレン姫。

交渉はゴールではなく、あくまでスタート──。

「異種族相談センター」の実績を作るべく、荒川が出した『宿題』に、姫が本気で挑みます。

徹夜明けの彼女が導き出した「解決策」とは?

そのあまりの熱量と破壊力に、荒川は早くも胃を痛めることになります。

交渉が終われば、もう夕刻だった。

西日が石畳を赤く染め、異種族たちの影が長く伸びている。


竜人の大柄な背中、荷車を引くドワーフ、耳をぴくぴく動かしながら足早に帰路につく兎人――昼間よりも街の輪郭が濃く見える時間帯だった。

今日は帰ろう。

優秀な人間は引き際を心得ている――昔読んだ小説の一文を思い出しながら、俺は軽く肩を回した。


慣れない交渉で、思ったより神経を使っていたらしい。

だが、その矢先だった。

「先生! まずどこの話を聞きに行く? やっぱり、火事の心配のある竜人からかしら?」

そう言って、エレン姫はもう竜人街の方へ歩き出しているではないか。

「姫? 何をしているんです? あなたの門限も近いんですよ?」

俺は思わず声を張った。

姫に“実地研修ありきの教育”を提案した際、王と王妃からきっちり“門限”を設定された。


そして、その説明をしていた時の二人の顔を、俺は忘れていない。

――あれはマジだ。

多分、一発解雇では済まない。


最悪、“不敬罪”とかいう一般人には一生縁のないはずの用語が現実に飛んでくる。

「えー! だって、早く動いて早く解決したほうが信頼されるじゃない!」

「それは一理ありますが、相手のことを何も知らないで飛び込むのは押し売りと変わりません! まずは帰って、情報をしっかり集めることからです!!」

「ぐむむ……先生って本当に理屈っぽいよね!」

そう言って、彼女は頬をぷくっと膨らませた。

……一体何回頬を膨らませたら気が済むんだ。

その顔で心を痛めるのは、お前の両親くらいだぞ。

と、言ってやりたくなったが、さすがにそこまでデリカシーのないことは言わない。


「いいですか? まず今日と明日の午前で集められるだけの情報を集めて、どんな話し合いの進め方をしたらいいかを考えるんです。これは宿題です。ちゃんと納得できる内容だったら、交渉が決裂すると私が判断するまでは、姫にお任せしても構いませんから」


その瞬間だった。


「本当に任せてくれるのね!?」

脱兎のごとくエレン姫が戻ってきた。

さっきまで竜人街へ突撃しかけていたとは思えない速度で俺の前に現れ、そのまま両手で俺の腕を掴む。


「だったらすぐ帰る! 先生帰りましょ!」

「ちょ、引っ張るな――」

王城までの帰り道、彼女は終始上機嫌だった。

石造りの街路を進みながら、


「あの竜人って本当に火を吐くのかな?」


「ドワーフの鍛冶場って見学できる?」


「兎人って耳触ったら怒ると思う?」


などと、次から次へ質問を飛ばしてくる。

完全に遠足前日の小学生だ。

ただ、その目は本気だった。

王城まで一緒に戻った俺だったが、入り口で足を止めた。

「じゃあ、私はここで」

「え? 一緒に調べないの?」

「宿題っていうのは、自分でやるものです」

「ぐぬぬ……」

不満そうな顔をしながらも、姫は衛兵に連れられて城の奥へ消えていく。

その背中を見送ったあと、俺は小さく息を吐いた。

「さて……」

そして、俺は再び街の中へ戻っていった。


――翌朝。


眠い。

ひたすら眠い。

王城のベッドは相変わらず柔らかすぎるし、昨日はその後、街の聞き込みまでしたせいで完全に寝不足だった。

ぼんやりした頭のまま朝食を済ませ、授業用に貸し出されている部屋へ向かう。

木製の扉を開けた瞬間――俺の足が止まった。


机の上に本が山積みになっていた。

地誌、種族資料、生活文化、過去の地域トラブル集。


紙束とメモが机から溢れ、部屋の床にまで広がっている。

その中央で、エレン姫が目を輝かせながら本を読み漁っていた。

髪は少し乱れ、目の下には薄く隈。

だが、疲労より興奮が勝っている顔だ。


「姫……まずはご飯とシャワーでもして、少し仮眠を取ってください。そうでないと午後からの交渉の途中で寝ますよ」

「あ、先生! 大丈夫! 初めてのことで興奮してるから! まずは私の調べたことを聞いてもらって、合格が出たら休むわ!」


……この目だ。


心から“やりたいこと”を見つけた人間の目。

時間を忘れて没頭した人間の目。

今まで何人か、こういう目をした生徒がいた。


俺の指導が良かったとは思わない。

ただ、


「自分のやりたいことに本気になれた生徒」


が、俺の教室に来てくれた。

それが嬉しかった。


……でも同時に。


そういう目を持ってもらうために、俺は厳しい言葉を投げたこともある。

甘えを切り捨て、現実を突きつけ、逃げ道を塞ぐようなこともした。


泣かれたこともある。

嫌われたこともある。


あれは本当に正しかったのか――今でも分からない。


教育なんて、結局は“結果論”だ。


生徒が成功すれば熱血教師、潰れれば圧迫指導。


だから俺は今でも、自分のやり方が正しかったなんて思えない。正しかったと思うようになったら教育業界を辞めようと決めている。


「やれやれ……では、お話を伺いましょう」

「了解! まず、あの地域は四種族の境界線になってるわ。そして私たちの目的は、事務所に使える物件の契約をすること!……でいいのよね?」

「ええ、表向きは構いません」

「表向き?」

「そうです。表向きです。ですが我々は異種族相談センターを開設するのです。ですから、物件の契約は“結果”であって、目的ではありません」


俺は机の上の地図を指差した。

「あの地域の課題を解決した結果、物件の契約が手に入ってしまう。そうあるべきです」


返事がない。

……あぁ、やってしまったか。

また“できる側の理論”を語ってしまったのかもしれない。

元の世界でもよく言われた。

『荒川さんは、できる人間の感覚でしか話さない』

そう言って去っていった同僚もいたし、昔付き合っていた女性に似たような理由で振られたこともある。


そんなことを思い出していると――

突然、エレン姫が机を回り込んできた。

「先生! そうよね!! それが一番いい!」

勢いよく俺の両手を掴み、そのまま上下にぶんぶん振り回す。


「あぁ、本当に先生が先生で良かった!!」

「痛い痛い痛い!!」

肩が外れる!!

お前、自分の腕力忘れてるだろ!!

壁を蹴破る女が全力で腕を振るな!!

「はは……あ、ありがとうございます……」

俺は引きつった笑みを浮かべながら、そっと肩が動くか確認した。

多分まだ繋がってる。


「それで! どんな問題に焦点を当てて解決すべきだと思う?」

「それなんだけど……」

エレン姫は真剣な顔で顎に手を当てた。


「まず、あのテナントが“安全”であることと、“住みやすい”っていうことが大切だと思うの。そうなると、酔うと火を吐く竜人か、鍛冶の音が大きいドワーフか……どちらかの問題を解決することが大切じゃないかって思うんだけど……?」

「そうですね……路線としては悪くないと思いますよ」

「ほんと!? そしたらね! 色々調べて分かったんだけど! それぞれの種族の特徴としてね!――」

彼女は勢いよく資料を広げ始めた。

竜人の生活習慣。


ドワーフの鍛冶文化。


兎人の警戒心。


徹夜したとは思えない熱量で語り続ける。

そして最後に――

「……という案はどう? 先生!」

俺はその案を聞いた瞬間、顔が引きつった。

……姫。

あんたはいいかもしれない。

でも、その案。

何かあったら――

俺、多分、王と王妃様に殺される。

最後までお読みいただきありがとうございました!

教育係として「自分で考えること」を促した荒川でしたが、返ってきた提案とは?


果たして荒川は、この「お姫様の暴走」の手綱を握ることができるのか。それとも、このまま一緒に崖から飛び降りるような計画を突き進むことになるのか……。


続きが気になる!と思っていただけましたら、ぜひブックマークや評価、感想をいただけますと幸いです。皆さんの応援が執筆の励みになります。それでは次回もお楽しみに!

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