第四十五章
目が覚めた瞬間、世界は白かった。オレこと高藤哲司はまぶしさに思わずまぶたを閉じた。光の向こう側で、機械の規則正しい電子音が鳴っているのが聞こえる。
時間が流れて、ぼやけた意識が少しずつはっきりし始めた。
まぶたの裏から透ける明るい光、どこか遠くで響く足音、微かに漂う薬品のにおい――オレはそっと薄目を開けた。
——病院?——
天井も壁も真っ白な部屋。ベッドの上のオレには白い布団がかけられ、周りには手すりやチューブ、コードがいくつも絡みついている。
——生きてたんだ。——
それなのに、体の感覚はどこか遠く、夢の続きのように頼りない。だがそれと同時に、事故の記憶が鮮明によみがえってきた。
川上太一さんのエルシノア。跳ね飛ばされた衝撃。世界がぐるりと回転して、地面に叩きつけられた感覚。
オレは起き上がろうと体を動かそうとした。
……でも、何かがおかしい。
腕を動かそうとしても、まるでベッドに縫い付けられたみたいにびくともしない。体全体が鉛のように重い。
扉が開き、看護婦が駆け寄ってきた。
「意識が戻ったんですね! よかった!」
彼女がベッド周りの機材をチェックしている間に、医師が入ってくる。
「高藤哲司君ですね。気分はどうですか? ちょっと診察しますよ」
慣れた手つきで瞳孔を覗き込み、脈を取り、聴診器を胸に当てる。
オレは声を出そうとしたが、カサカサと乾いた音しか出なかった。
「ああ、無理に話さなくても大丈夫です。半年の間、ずっと眠っていたんですから」
——半年!?——
オレは思わず医師を見つめる。
「そう、半年です。今はもう6月ですよ」
季節感のない無機質な部屋で、その言葉だけが妙に現実味を帯びて響いた。
医師は丸椅子に腰を下ろし、慎重に言葉を選びながら話し始める。
「あなたはバイクに跳ねられ、意識不明の重体でした。頭部の損傷がひどく、意識が戻らない可能性もあった。でも——奇跡的に脳へのダメージはほとんどなかったんです」
オレは少し安堵しそうになった。
だが、医師の次の言葉に、全身がこわばる。
「ただ、左足は……」
——何かがおかしい。
医師が言葉を継ぐよりも先に、オレはゆっくりと左足を動かそうとする。……だが、何も感じない。
まるでそこに何もないみたいに、何も——。
「足が……?」
喉がカラカラで、声が掠れる。
医師の声が静かに降ってきた。
「左ひざの大血管が致命的な損傷を受けていました。血管の修復手術を試みましたが、壊死が進み……最善の選択として、ご両親と相談し、切断することになりました」
——切断。
耳が拒絶する。言葉として理解できない。そんなはずがない。頭が真っ白になった。
「落ち着いてください」
看護婦がそっと布団をめくる。
空気が肌を撫でる感覚がする。
次の瞬間、オレは——見てしまった。
そこにあるのは、異様に痩せ細った自分の両足。そして——。
いや、違う。
片方しかない。
左ひざの先が、何もない。
布団の上にあるはずの左足は、どこにもなかった。
息が詰まる。喉が焼けるように熱い。
「——ああっ!!」
それは悲鳴なのか、嗚咽なのか、自分でもわからない。
涙が溢れる。なのに、手を挙げて拭くことすらできない。
こんなはずじゃなかった。
両親にいじめられて、衝動的に死のうとした。だから、こうなったのは自業自得だってわかってる。
それでも——。
こんなの、あんまりだろ……。




