第四十三章
あたしこと高藤哲司は座り込んでいる廊下の床の木目を指でなぞりながら言った。
「こんな大胆なことをしたのは、自分で自分に嘘をつくのが、もう耐えられなかったから」
扉の向こうが静かになる。由美が真剣に聞いているのがわかって、あたしは義足になった左足をさすりながら話し続けた。
「この家にいるときは、『本当のあたし』をずっと押し殺して生きてきた。同性愛者の自分なんていないって誤魔化して。ゲームを作って生きてみたいっていう夢に蓋をして。親に嫌われているなんてアリエナイって、自分で自分を説得し続けて……」
目の端に涙がにじむ。あたしは大きく肩で息を吸った。
「このまま何もないまま、太一と友達として同居していたら、ずっと自分に嘘をつくことになるでしょ。それだと今までと何も変わらない。あたしは自分らしく生きたくなったの。仙台に引っ越したことで、人生をリセットできる気がしていたし。
だから、太一がどんな反応をするかもわからないし、この先どんな未来が待っているかも、何ひとつわからなかったけど……。
『自分に嘘をつくのはもう止める!』って決めて『えいやっ!』って動いちゃったんだ」
涙声になった由美の声が聞こえてくる。
「お兄ちゃん、すごい。すごく、ものすごく勇気を出したんだね……。わたし、なんだか胸がぎゅって苦しくなっちゃった。だって、そんなふうに自分に正直に生きるって、簡単なことじゃない……。
わたし、今まで怖がってばかりで、自分の気持ちに向き合えていなかったのかも……」
あたしは由美の頭の代わりに、扉をさすりながら優しく答えた。
「大丈夫よ。自分を受け入れるのに遅いことなんてないから。
……あの時、あたしはやっと気づいたんだ。自分がどう生きたいか、決めるのは自分だってこと。周りの人は関係ない。
『あたし自身がどうしたいか』を『決めて行動する』。
これしか人生を前に進める方法なんてないんだってことが、16歳になってやっとわかったんだ」
「それで、太一さんとはどうなったの?」
おずおずと聞いてくる由美に、あたしは笑って答えた。
「それがさ。太一、薄々感づいてたっぽくて。あたしが布団に潜り込んで、
『太一のことが好き! 抱いてほしい!』
って頼んだら、
『やっぱりそうか。俺もお前のこと、気に入ってるんだぜ』
って言ってくれて!」
「ふわわ、良かったね!」
きっと真っ赤な顔で照れているであろう由美の言葉に、あたしはくすくすと笑った。そして、もう一つの質問にも答えた。
「で、それ以来、太一とあたしは恋人の関係になったんだけど、20歳になったとき、あたしが男の体でいることに耐えられなくなってね。
太一と相談してタイで性転換手術を受けたんだ。それからは夫婦みたいなもん」
「そっか、タイで手術を受けたんだ……大変じゃなかった?」
「ううん、なりたい自分になるためだもん。平気平気。それにシリコンも入れてさ、なかなかのバストサイズになったのよ。あとで触っていいからね」
「え、触っていいの?」
由美が苦笑いしながら、照れくさそうに声をひそめる。
あたしも笑いながら、そろそろと今日一番知りたかったことを聞き出し始めた。
「それにしても、まさかコンビニのレジに由美がいると思わなかったから、あのときは超驚いたよ!」
「やっぱりあれ、お兄ちゃんだったのね。レジを打ちながら、お母さんによく似た人がいるなあって思ったんだけど、他人の空似かなあって。
でもその後、お店を出ていく歩き方を見て、ひょっとしたらあの人はお兄ちゃんなのかもって思いなおして、あとを追いかけたんだ。まあ、すぐに見失っちゃったんだけど」
「え、そうだったの? ごめんごめん」
あたしは笑って天パの黒髪をくるくると指でいじった。
「顔は由美にそっくりだな、と思ったけど、髪がすごく短くなってたからさあ。
あたしが知ってる由美は、絶対に長い髪を切るような子じゃなかったし。
それにあたしも、次の予定があって急いでいたから、人違いだったのかな~って思って、流しちゃったんだよね」
由美が「だよね」と返して続けた。
「それは仕方ないよ。
わたしだって、髪を切ったばかりのときは、鏡に映った顔を見ても、自分かどうかわからないぐらいだったもん」
冗談ぽく話す由美の声に張りが出てきた気がする。そこで、あたしはさらに踏み込んだ。
「そうだったんだ。でもさ、どうして髪切ったの?
たしか3歳からずっと伸ばしてなかったっけ?」




