第三十四章
日曜日になった。明け方に仕事を終えた隆治が、自宅に戻ってきた。
「少し寝かせてくれ。」
疲れ切った様子の隆治は、布団に入ると同時にいびきをかき始めた。一方、恵美は眼が冴えて眠れなくなり、夜が明ける前から洗濯や朝食の準備に取り掛かり、時間が過ぎるのを待つしかなかった。
ここ2日間で由美の行動は、明らかに昼夜逆転していた。深夜にはごそごそと物音が聞こえ、明け方には笑い声が漏れてくる。2階の物音に敏感になっている恵美は、由美が発するわずかな生活音を聞き逃すことはなかった。
そして、由美が活動している時間帯に自分を合わせようと努力するあまり、パートの仕事も体調不良と伝えて休んでいた。
思い返せば、一心同体のように感じていた娘に1週間も拒絶されたのは初めてだった。恵美の心には、由美の変化の理由がわからない不安と、いつか由美に会えなくなるのではないかという恐怖が広がっていた。震える手で煙草を取り、深く吸い込む。
「フウウウウ……。」
吐き出した煙は、心のもやもやを追い払うどころか、さらに自分を追い詰めているようだった。毎日1パックと決めていた煙草も、今では午前中に1パック消費するようになってしまった。
十時を過ぎ、隆治が目を覚ました。寝癖のついた頭をかきながら、キッチンで遅い朝食を食べ始める。
「由美の様子はどうだった?」
「残念だけど……相変わらずよ。何も変化はないわ。」
ため息交じりの恵美の答えを聞き、隆治はしばらく無言だったが、意を決したように口を開いた。
「じゃあ、やるしかないな。」
午後、二人は忍び足で由美の部屋の前に立った。ドアの向こうからバレエのステップ音が聞こえる。由美が起きているのは間違いない。二人は視線を交わし、隆治が軽く咳払いをして扉をノックした。
「由美、起きているんだろう。ちょっと話があるんだ。」
途端に部屋の中が静まり返った。隆治は優しい声を装いながら話し続けた。
「お父さんもお母さんも、どうしてお前が部屋に閉じこもるのか理由がわからなくて困っているんだ。100万円を借りたことは申し訳ないと思っている。借用書も書いたし、返すつもりもある。それなのに、どうしてこんな風に拒絶するんだ?」
ドアの向こうからは何の反応もない。沈黙が続くうち、隆治の苛立ちが募る。
「なあ、由美。いい加減ドアを開けてくれないか。お母さんはこの状況で夜も眠れないし、体調も崩しているんだぞ。お前がどう思っているのか、ちゃんと聞かせてくれ。」
背後で、恵美のすすり泣きが聞こえる。隆治の感情は爆発寸前だった。
「おい、由美! お母さんはお前のせいで泣いているんだぞ! いつまでもこんなことを続けるなら、警察でも呼んで無理やり扉を開けさせるぞ!」
それでも返事はない。隆治は苛立ちを抑えきれず、怒りに任せてドアを叩き始めた。
「由美! お前がどうなっても知らないからな!」
ドアを蹴り飛ばそうとした瞬間、恵美が隆治にしがみついた。
「あなた、もうやめて!」
「うるさい! これも全部由美のせいだ!」
「お願い……由美が死んでしまうかもしれない!」
恵美の悲痛な叫びにも関わらず、由美の部屋は静寂を保ったままだった。暗闇の中で何を考えているのか、彼女の意図は見えない。その不透明さが、両親の不安をますます掻き立てていた。




