第三十三章
部屋に閉じこもって、もう何日になるんだろう。
そもそもはわたしこと高藤由美の部屋を、お母さんが勝手に漁って、しまっておいた通帳を無断で見たことがきっかけだった。学習机の引き出しの奥、一番見つかりにくいと思っていたファイルの中に忍ばせていた通帳。それをお母さんが見つけたと知ったとき、心臓が冷たくなった。
わたしの部屋は、わたしだけの聖域じゃなかったのだ。隠せば隠すほど、それを暴く目があったことを知るのは、なんと情けない気持ちだろう。きっと、こっそりつけていた日記も、中学時代にもらった初めてのラブレターも、片思いしていた男の子の写真も、何もかも当たり前のように見られてきたのだろうと思うと、恥ずかしさと怒りで頬が紅潮する。
100万円をお母さんに渡した後、わたしはホームセンターに立ち寄った。それはプライバシーを守るために、部屋に鍵をつけたかったからだ。だけど、そんなことをしたところで、あの両親は強い態度でわたしに部屋の開放を迫って来る。そうなったらわたしは拒否できず、きっと自分からせっかく取り付けた鍵を外してしまうに違いない。
それだけはどうしても嫌だ。親であっても嫌なものは嫌。これ以上、1秒だって我慢できない。
だからわたしは部屋の外から中に入るルートを物理的に塞ぐために、家の物置から板と釘を自分の部屋に持ち込んだ。だが、バリケードを作るにはとても足りない。そこでわたしは再度ホームセンターに足を運び、大量の板や釘を買い込んでタクシーで家まで運ぶことにした。レジの店員が一瞬、怪訝な顔をしたけれど、言い訳するのも面倒でただ笑顔を返した。それから近所のスーパーで、缶詰やレトルト食品、ペットボトルの水を山のように買い込んだ。家に戻ると、物置から蓋付きの大きなバケツを見つけてきた。それをトイレ替わりに部屋の隅に置いて、準備は整った。
最後に、物置にあった工具を使って、ドアと窓を板で覆い尽くした。徹底的にやったおかげで、いくら扉を叩こうが叫ぼうが、お母さんは部屋の中に入ってこられなくなり、わたしの一挙手一投足を始終監視する視線が一切感じられなくなった。そうしたら、想像していた以上に、自分の心が緩んでいくのを感じることができた。
「こんなに気が楽になるなら、もっと早くこうするべきだったかも」
わたしはのびのびと手足を広げて床に転がった。本当に清々した気分だった。
しかし、1,2日と経っていくと、またイライラが募ってきた。ドア越しに聞こえる、お母さんのため息や、時折床がきしむ音。ベランダの窓越しにそっと中を覗いている気配を感じるたびに、全身が硬直する。お母さんは何をそんなに確かめたがっているのか? それとも、わたしがここからいなくなってしまうことを恐れているのだろうか。
それでわたしは、手当たり次第に紙や洋服を切り裂き、ベランダに面した窓の光が射しこむ場所を一つ一つ丁寧に埋めていった。外の景色が完全に消えたとき、ようやく安心感が訪れた。
だが今度はドアの隙間から漏れる光が目につく。ここも塞いでしまえば、完全に親の視線から解放される——そう考えると、胸がすっとした。
ついに自分の手のひらさえ見えない暗闇になったとき、わたしは嬉しくなって、アラベスクのポーズを取った。勝手知ったる自分の部屋だ。大学受験に失敗するまで十数年続けてきたバレエをするのは、暗闇でも簡単なことだった。
「アン、ドゥ、トロワ……」
バレエの練習のしすぎで凹んだじゅうたんの感触を足の裏で感じながら、わたしは『白鳥の湖』を踊った。一番好きなのは、悪魔の呪いで白鳥になったオデットが、夜が来て人の姿に戻り、王子とパ・ド・ドゥを踊るシーンだ。オデット姫が夜の闇の中で人の姿を取り戻し、王子と踊るパ・ド・ドゥ。彼の手に触れる瞬間の安心感と、世界に二人だけしかいないような孤独の甘さが胸を満たす。こんなふうに、誰かがわたしを見つけてくれるだろうか? そう思うたびに、ほのかな期待と同時に、そんな王子様なんているはずがないと冷めた声が心の奥で囁くのだった。
数日経った早朝、突然、ドアの下の方から、木材がきしむ音と共に一条の明るい光が射しこんできた。お父さんとお母さんがドアをこじ開けようとしている!
暗闇に慣れたわたしにとって、眩しい光は目に刺さる毒だった。そして両親が協力してわたしを彼らの視線の元にさらそうとしているという事実に心底恐怖した。
わたしは怒ってうなり声をあげると、隙間からのこぎりを突っ込んで二人を威嚇した。それから余っていた板を扉に当てると、釘をガンガンと打ちまくった。
また部屋に静けさが戻った。わたしは安堵してバレエを始めた。気が済むまで踊り続け、心地よい疲労と共にベッドに寝転がると、CDラジカセのスイッチをONにする。ヘッドホンから聞こえるクリス・ペプラーの低い声が、暗闇の中でぼんやりと響く。まるでわたしを包み込む毛布のように心地よい。胎児のように丸くなりながら、わたしは自分だけの世界に守られていることを実感した。
—このまま、ずっと目を覚まさなくてもいい—
そんな考えがふと頭をよぎったけれど、次の瞬間には意識は遠く、夢の中へと沈んでいった。




