第二十七章
立ったまま見下ろすお母さんの目はつり上がり、怒りで頬が紅潮し、顔全体が赤くなっていく。まるで赤鬼みたいだった。お母さんが怒鳴る。
「そんなものを作る時間なんかないでしょ! 明日の朝にはお金を用意しないといけないのに!!」
「だったらわたしが今すぐ書面を作るから! お母さんはハンコをついてくれればいい!」
イライラした様子でお母さんが言った。
「はあ……あんたって、実はお金に汚い子だったのね。お父さんの会社が傾いたせいで、しっかり者な性格が、意地汚い守銭奴に成り下がっちゃったとでも言うか……」
けなされて体温がぐっと下がる。それでもわたしは話すのを止めなかった。
「社会に出るのに、自分のお金を管理できないのはどうしても嫌なの。お母さんだって働いているんだから、そのくらいわかってくれるでしょ?」
「そのくらいって!? あんたねえ……」
わたしの言葉にかっと血が上ったのか、さらに赤い顔になったお母さんは、大きなため息をわざとらしくついた。そして次の瞬間、冷たい目つきになり、皮肉っぽい声で言った。
「はいはい、わかりました。それでは借用書を早速作っていただけます? ちゃんと法律に則った内容で、お願いしますね」
急に丁寧な言葉遣いに変わったお母さんを見た瞬間、冷たい汗が背中を伝った。怖い。けれど、この怖さには覚えがあった。
あれは12年前。半年間意識不明だったお兄ちゃんがようやく目を覚まし、リハビリの一環でお母さんにマッサージをねだったときのことだ。お母さんは冷たく断り、お兄ちゃんが腹を立てて皿を投げた。あの時のお母さんも、今と同じ目をしていた。
「言いなりにならないお前は、私の愛する子供じゃない」という無言のメッセージが、突き刺さるようにわたしを貫いてきた。お兄ちゃんはあの態度に耐え続けていたのか……。今なら、わたしにもその意味がわかる。
胸がぎゅっと締め付けられ、体が動かなくなった。それと同時に、わたしという存在をありのまま受け入れようとしないお母さんへの怒りが込み上げてくる。足元がぐらつくような感覚に襲われながら、ぎこちない手つきで借用書を書き始めた。お母さんはわたしの手元をじっと見つめていた。
1時間後、やっとのことで書き終えた2通の借用書をお母さんに差し出すと、金額を1桁1桁、返済期日を1日1日、嫌味なくらいにきちんと確認をして、ようやくお母さんがハンコを押した。書類をわたしの前に押し出しながら、お母さんが凍り付くような冷たさを込めて言う。
「借用書はこちらで問題ございません。夫にこの1枚は渡しておきます」
「ありがとうございました」
脂汗でぐっしょり濡れたわきの下の冷たさを感じながらわたしが頭を下げると、お母さんは興味がないという風にさっさと席を立ち、寝室に向かってしまった。
借用書が1枚、机の上に残された。わたしは書類の縁をゆっくりと指でなぞった。これでよかったんだ、と思う反面、こんな大変な時期にわがままなことを言うべきではなかった、という後悔もどっと押し寄せてくる。
体ががくがくと震えだした。自分の身体を両腕でしっかり抱きしめながら、わたしはその場から動くことができなかった。




