第二十五章
お母さんの高藤恵美ににらまれて、地面がぐらりと揺れる。
そのときわかった。
わたしこと由美は、今、本気で怒っているんだ。
これまでこつこつ貯めてきたお金を無断で使おうとしているひどい両親から、自分を守りたい。
だけど、お母さんと同じ土俵に立って感情のぶつけ合いをしても、意味がないのはわかっている。
ダメだ、冷静になるんだ。冷静に……。
わたしはふーっと息を吐くと、お母さんを見つめて、硬い声で言った。
「じゃあ、借用書を書いてもらえる?」
「借用書? 何よそれ」
「わたしからお金を借りたという証明書を出してほしいの」
「はっ!? 何をバカなこと言っているのよ」
呆れたようにお母さんが鼻で笑った。
「家族なんだから借用書なんているわけないじゃない。お父さんの仕事が元に戻れば、貸した以上のお金になって、ちゃあんと戻って来るわよ。
由美、あんた一体、何をそんなにピリピリしているの?」
「きちんとしておきたい、と思って」
わたしは必死に説明を続けた。
「わたしはもう成人していて、春になれば就職もする。名実ともに大人になるの。だから、特にお金については、保護者と子供という形ではなく、しっかりと線引きをしておきたくて」
「なによ、それっ」
全く納得いかないという表情で、お母さんが声を荒げた。
「私たちがお前の貯めたお金を返さないと疑ってるわけ!? 親を犯罪者扱いするなんて、とんでもない!
由美、今のはダメよ! お父さんと私に謝りなさい!!」
「違う! そうじゃなくて……」
心臓が痛いほどドキドキと音を立てはじめる。手のひらにべったりと出てくる汗を感じながら、わたしはどうしたら自分の言いたいことを理解してもらえるのだろう、と途方に暮れてこめかみを押さえた。
いくら親子とはいえ、100万円の大金だ。
借金まみれになって家から逃げ出し、挙句に愛人を妊娠させてしまっているお父さんが、家族との口約束を守って本当に100万円を返してくれるのか。
万が一お父さんがお金を返せなくなったときに、買い物中毒になっているお母さんが、代わりにわたしにお金を返してくれるのか。
いや、むしろ毎月きちんと稼ぐようになったわたしを見て、借金を踏み倒してもっとお金をせびってくる可能性だってある。
もちろん家がピンチのときは喜んで助けたいと思う。今だってバイト代のほとんどを生活費に渡しているくらいだ。
だけど、勝手にお金を巻き上げて、その後何事もなかったかのように振る舞いそうな両親に、これからも寄り添って生きていける自信がどうしても持てない。
だからこそ、今後のお互いの関係性を良好に保つためにも、形だけでもいいから「借用書」が欲しいのだ。
でも、お母さんを怒らせないようにこの話をするにはどうしたらいいんだろう?
わたしが両親の素行を疑っているのは間違いない。きっとお母さんはその一点で激怒して、わたしの話が耳に入らなくなってしまうだろう。
そしてもう一つ問題があった。
わたしが言おうとしていることは、そんなに親を裏切るようなひどい話なのか。むしろ当たり前のことを当たり前に言いたいだけなんじゃないか、という気持ちが、お母さんと話しているうちにどんどん大きく膨らんできてしまっているのだ。
全部あけすけに言ってしまいたい!という気持ちで、激しい言葉が今にも口からこぼれ落ちそうになる。
だけど、これをやったら間違いなく大喧嘩になるだろう。わたしはお母さんを怒らせたいわけじゃないのに……。




