六 続きは署で聞こうか ⑤
相変わらず台本の棒読みが続く。警察権もないいち市職員から唐突に切りだされ、議員たちは口々に不満を述べるも肝心の真壁は困惑する素振りすら見せずにいる。相手と意思疎通をする気力すら残っていないのだ。板垣委員長が身振り手振りでうまく議員たちを促してくれなかったら、反発する者も出ただろう。だが議事の流れに兎にも角にも押されてか、あるいは空気の読めなさが功を奏してか質問が開始される。
「いま、目の前のお地蔵さまを縛りあげているこの赤いロープが」
僕は真壁が言葉を発するたび、心臓が飛びでそうになった。このうえなく不手際なプロセスで、果たして賭けがうまくいくかどうか。また、今さらこれを試す意味はあるのかはなはだ疑問だった。僕はほとんど希望が持てずにいたがそれでも失敗は受けいれがたく、ひたすら成功のみを願った。
「巴町交差点でのイタズラに使われなかったとお考えの方だけ、お立ちください」
暫しのあいだ議場に静寂が漂う。それからほぼ全員が、黙って席へもどり椅子に座った。例外は逆に腰を上げて立ちあがっている永井議員ただひとり。そのとき僕はたしかに見、肌で感じた。すでに気力が底を尽いたはずの真壁に、冴えざえするほどの緊張感が舞いもどるのを。落ちついた態度には議場内に静寂をもたらす力があった。真壁はそのさまを悠然と眺めると、発言台から歩きだして議員ひとりひとりに訊ねてまわる。
「渡辺議員は、あれをイタズラに使われたロープだと思いだと考えてよろしいですね?」
「はい。今の話の流れからすると」
「中村議員も同じお考えですか?」
「どう見てもそうでしょう。逆にこれはあなたが用意したものですよね? 質問の意図が分かりませんよ」
「まあ、それには後でお答えするとして……佐藤議員は?」
「私も同じですよ。それ以外の何だって言うんです?」
議員たちは困惑しながらも、当然のように答えていく。直接には質問されなかった議員も、それらをごく当たり前といった風に聞いている。だが永井議員ただひとりだけが、訳が分からない様子で横から口を挟んだ。
「こんな茶番に何の意味があるんですか?」
「茶番?」
「だってそうでしょう? もし私がこれをイタズラに使ったと認めたら、即座に警察に連れていかれる、そういう事になっているのではありませんか! そうはいきませんよ」
「と言いますと、永井議員はこれをイタズラに使われたものではないと仰る」
真壁は、答弁開始当初の饒舌さを取りもどしつつあった。表向きは決して攻勢に転じてはいないながら、先ほど失速したときとは違い相手の言葉ひとつひとつを検めるような目の輝きがあった。議員のうち幾人かは、その変貌ぶりを注視している。少なくとも議場に会したほとんど全ての者が、最低でも両者を互角と見ているのは間違いなかった。永井議員ただひとりを除いては。
「ですからこうして立っているんです。あなたは先ほどから、これがお地蔵さまへのイタズラに使われたとは言っていない。私の髪の毛のようなものが、どのように付着したかも明言していない! これはあなたが意図的に付着させたのでしょう?」
僕は唾を呑みこんだ。たしかに永井議員の言うとおりだ。いま目の前にあるロープへ毛髪らしきものを付着させたのは僕たちだ。
「その手には乗りませんよ! 物証らしき映像を見せ、自白を促しているに過ぎません。それにあなたは、私の忠告を守っているんですよね? あの夜、交番に電話をかけたのが教育長なのか、あるいは私なのかもあなたは明言していない。この場での虚偽の発言は罰せられますからね! しかし人を陥れるにしても何て汚いやり方でしょう!」
「永井議員、そこまで仰るからにはご理由があるのでしょうね?」
「それははっきりしています。あなたはあのロープを一月末に回収されたものとして私に誤認させようとした。しかし形が違います」
「しかし報道の写真にはこれと同じ形のロープが写っていましたよ」
「よく確かめてごらんなさい。ロープは回収されているんでしょう? 今年に入ってからも同じ形なんでしょうか? それと形を比べてみてほしいものです。何なら警察から本物の証拠物件を持ってくればお分かりになるはずですよ」
そう言いきった永井議員が高らかに哄笑を漏らしたとき、ついに真壁が闘志を表した。目には今や鋭い光が蘇っている。永井議員はいまだ自身の勝利を信じつつも初めて真壁に気圧され、次いでもの言わぬ力に突きうごかされるようにその態度を訝しがった。
「何ですか?」
真壁は永井議員の問いには答えず、書記に向かって口を開く。
「書記の方、今のご発言を記録されましたね?」
書記が何ひとつためらわずに頷くと、今度は顔を別の方に向けてより大きな声で訊ねる。
「立川部長も今のご発言をお聞きになりましたね?」
すると立川部長も、やはり首を大きく縦に振った。
「議員の先生方も、今のご発言をお聞きになりましたね?」
声にも徐々に力を加えていく真壁の問いに、出席者は一人を除きすべてが間違いない旨の答えを揃って口にする。同時に、大多数が驚きの目でもって改めて真壁に目を向けた。その中で、やはり永井議員は何が起こったかに気づいていない。
「いったい何を聞いたんです?」
「そう、一口に赤いロープといっても太さや編み方はさまざま。今年に入ってお地蔵さまへのイタズラに使われたのは、たしかにブレード打ちといわれる編み目の細かい、綿でできたもの。一方で昨年中に二度だけ使われたロープが、このお地蔵さまを縛っているのと同じ三つ打ちと呼ばれるポリエステル製のものです」
僕はカバンから一本、綿製のブレード打ちのロープを取りだし、高く掲げながら議場を一周、二周と歩きまわった。ロープの相互の違いは、はっきりしている。なぜ犯行に二種類のロープが使われたのか、僕たちは再び女王さまに接触しウラを取っていた。それによれば三つ打ちポリエステル製の方がいかにも縛られている印象を強く与えるが、反面、材質上どうしても滑りやすく表面に凹凸があるせいで扱いが難しい。翻ってブレード打ちの綿製は見た目のインパクトに欠ける代わり、表面が滑らかな分だけ扱いやすい。おそらく実行犯は年末の二回まではパフォーマンスを重視しポリエステル製を用いたものの、複数回数を重ね、巡回を避ける必要が出たために結び目をつくるのに手間どらない綿製に切りかえたのではないか。犯人側としてはイタズラさえ続けられれば目的は達せられるからだ、との所見だった。もっとも問題はそこではない。真壁の指摘は続く。
「それ自体は永井議員のお話のとおり。ただ、お地蔵さまへなされたイタズラは今年に入ってすべて警察によって発見され、同時にロープも回収されております。その事実も報道されていません。永井議員ご自身が現場へ聞きこみに出向いたこともない。先ほどたしかにそう仰いました。しかしながら、なぜ今年に入って綿のブレード打ちに変わったのをご存じなのでしょうね? 犯行に関与でもしていない限り、知り得ない情報のはずですよ」
永井議員の顔色が瞬時に変わった。議事堂内にもざわめきが起こる。みな永井議員を指や顎で指し、隣の出席者と顔を見あわせていた。
「しかし、私は聞いたんですよ、本当に……」
「どこからです?」
永井議員が呟きざま、覆いかぶせるように投げかけた真壁の問いには相手を黙らせる揺るぎない自信が込められていた。市議会での発言が決まったときから、庁内で回覧された文書はもちろん、あらゆる媒体による報道まで徹底的に調べあげている。それによれば、いずれもロープの種類には触れていなかった。警察が事件自体を軽視し、ロープの種類になど重きを置いていなかったうえ、実行犯逮捕に至るまでごく初期を除いては多くの人に忘れさられるまで報道が途絶えていたからである。真壁の自信はこれら事実を掌握したことに裏打ちされたものだった。地方の小事になど見向きもしない各種メディアの報道姿勢が、大きな助けとなったのである。
「そんなはずはないんです。どの新聞にも、インターネット上の記事にもそんな情報はどこにもなかった。これは今回の事件に関わっていない限り、ご存じのはずがないんです」
「ああ、そうそう、思いだしました。一度だけ仕事が遅くなって深夜、お地蔵さまの前を通りかかったとき、見たことがありました」
「いつですか?」
「たしか、二月の六日で」
おそらくイタズラが実行された日を思いだしているのだろう。永井議員の反応が明らかに鈍る。逆に真壁の追求は鋭さを増していく。
「どうやって確認しましたか?」
「車で……いえ、おかしいと思って、車から降りて」
「上屋の前から覗きこんだんですか?」
「そうです」
深夜、車で現場を通りかかっただけで目視できるわけがない。何しろ上屋の屋根が前方に傾いているせいで、光が当たると前面が影になってしまうのである。街灯があるとはいえ、はっきり確認するには付近で立ちどまる必要がある。
「だとすれば、人影がしっかり防犯カメラに映っているはずですが。おかしなことに深夜、防犯カメラに映っていたのはイタズラの実行犯だけでしたよ」
間違いない。僕も真壁も動画を何度も見直した。深夜、実行犯以外は完全に無人の状態だった。あれほど役に立たないと考えていた、防犯カメラがここに来て逃げ道を封じる決め手になったのである。それでもなお永井議員の悪あがきはしどろもどろながらに続く。
「いいえ、今おもいだしました。上屋から少し離れて」
ただ、その答えが致命傷となった。それを耳にした真壁がほとんどとどめとも言える問いを投げかけた。
「だとしたら、なぜこの事件を問題視しておきながらイタズラを通報しなかったのです?おかしな話ではありませんか。永井議員、これをどう説明されるおつもりです?」
「それは、………」
「永井議員、この期に及んでの言いのがれはおやめください! 議員の関与を示しているのはそれだけではありません。議員は先ほどからご自分が関係者だということを自白されている。議員は先ほど、盗撮犯がいるとの通報が交番にあったと仰いました。しかし私は一言もそんなお話は申しあげておりません。警察からこの市役所にすら、単に通報があったとしか連絡は行っていないんです。これもあの夜、当直だった警察官と、直にお話を訊いた私、それからあの通報をした犯人とその関係者以外は知らないはず!」
真壁に再び指弾され、永井議員ははっとして口元に手をあてた。先ほどのロープの件と同様、公衆電話からどこへ通報があったのかについても報道、公開された情報を洗いだしている。それらには、いずれも「公衆電話から匿名で警察に通報があった」とのみ記載があった。警察と一口にいっても、一般的な通報と交番になされたのとでは大きく異なる。普通は警察へ通報といえば一一〇番だろう。それ以外の連想をするのには理由がある。人はあらかじめ知っていなければ、情報をとっさに口から出すことはできない。黙りこくる永井議員へ、真壁がさらに語勢を強め畳みかけた。
「納得のいくご説明を!」




