六 続きは署で聞こうか ⑥
仮に議員の権限を笠に着て正規の手続きを踏まず記録を閲覧したと抗弁したところで、無駄なのは分かりきっているはずだ。何しろ、その記録自体が存在しないのだから。
「先ほど確認させていただいたように、永井議員の証言は当委員会に出席されている全ての方が証人となっております。じきに警察官が逮捕令状を手にここまでいらっしゃることでしょう。仮に今日でなくとも、委員会は明日も開催されますから同じ話です。一日もあれば逮捕状が出るには十分ですからね。それまで場で黙っておられるつもりですか!」
「いいえ」
「それはご自身の関与をお認めになった、そう考えてよろしいのですね!」
「……ええ」
真壁の追及についに永井議員は屈し、深くうなだれいちど小さく呟く。それでもまだ反撃の意思を残していたのか、かっと目を見開いて再び顔を上げる。
「しかし、このままではあなたもただでは済みませんよ! はじめに署名した宣誓書をご覧なさい。あなたの発言は地方自治法第一〇〇条における制裁の対象です。わざと詳細を省き、私を欺いた。紛れもない事実の隠蔽です。言葉が足りなかったという言い訳は通用しませんよ。必ず告発します!」
死なばもろとも、真壁を道連れにしようという算段だ。たしかに署名した宣誓書には「良心に従って真実を述べ何事も隠さず、また何事も付けくわえないことを誓います」とある。だが何の問題もない。委員会は休憩に入ったわけでも、閉会したわけでもないのだ。
「ええ、仰るとおりこの場での隠しごとはご法度です。ですから多少なりとも順序は前後しましたが、こうして私が全てをお話しもうしあげているわけです。単にお話が終わる前に、永井議員が罪をお認めになったまでのことで……」
したがって真壁が罰せられる由はない。たとえ屁理屈だとしても、板垣議員が事件を相談室に持ちこんだのと同程度の屁理屈だ。だいいち屁理屈なりに理屈は通っている。誰から文句をつけられる筋合いもなく、現に声をあげる者はいない。むしろここまで虚偽の発言を続けた永井議員の方が制裁の対象となる。今度こそ抵抗の手段は尽きたと見え、燃えつきたように全身から闘志が失われていった。そのまま顔を下に向けたまま首を横に大きく振ると、あらかじめ待機していた警察官が議場内に現れ同行を促した。真壁はその隣で元の静かな口調を取りもどし訥々と語りだす。
「交番に通報があったのか、一一〇番で通報があったのか、誰も問題にすらしませんでした。しかしそここそがきわめて不自然だったんです。今どきスマートフォンはおろか携帯電話さえ持たない人物が、即座に交番へ直接電話できるでしょうか? スマートフォンでも携帯電話でも、普通は一一〇番でしょう。私はそこが気になったんです。しかし一一〇番では、はじめに県警本部へ繋がってしまう。交番の当直が動くかどうかが不確実だったわけです。おそらく実行犯は、ある賭けに出た。そして運良く繋がった。ただ、それがあなたがたにとっては仇になった。何度も交番へ電話を繰りかえすうち、警察への電話が交番あてとなるのが普通になってしまった。あの通報があった夜も、実行犯は現場で張りこんでおいてさっさとイタズラを済ませれば良かったんです。もうそのときには、あなた方は交番への電話が当たり前になってしまっていた」
真壁が盗撮犯の通報を意図的な誘導ではないかと疑ったのは、まさにこの点である。同時にこれを利用し、巧みな話しぶりも交えて自白まで引きだした。途中、真壁の方から公衆電話経由で電話があった経緯を持ちだし、そのうえで浮浪者風の男からの電話が連日のように交番になされ、交番当直の職員が日報に記していた事実を続けて並べたて、盗撮の通報まで交番に入ったのを僕たちも把握済みであると誤認させた。静町交番の夜勤が一人体制であることを知ったのも、あの通報が直接、交番になされたのを知ったのも、いずれもわざわざ調べたからではなく、真壁がその場に居あわせたためである。さらに言えばこれら情報の齟齬を生みだしたのは、ロープの件も含めた報告書の不備に他ならない。もし真壁だけでも報告書を正確に書きあげていれば、この手は使えなかった。皮肉にも真壁の鬱症状が決め手のひとつを作りだしたのである。
それを耳にした永井議員は後悔のためか再び目を剥き、歯をきしらせ、頬を緊張させた。普段から厳しい印象を受ける顔立ちが、ますます厳しさを増し夜叉のような怒りの形相を象る。しかしそれが最後の抵抗だった。議場を去る際に小さく呟くのが聞こえる。
「市長のイヌ──」
顔に表した憤怒の情も、真壁は意に介さなかった。それどころかいつぞや相談室に寄せられた問いあわせを思いだしたのであろう、涼しげにはっきりと言いはなつ。
「イヌにはイヌの意地がある」
続けて今度は教育長席に目を向け、毅然とした声を高々と議場に響かせる。
「あとは、大山教育長。永井議員のご指摘どおり、すでに街頭に設置された防犯カメラからあの夜の通報を行ったのが教育長であることは確認されております」
それから別の警察官がまた議場へと踏みこみ、こちらは逮捕令状を突きつけ教育長の脇を抱えへ連れさっていく。委員会が開始される前に、教育長の逮捕は決まっていた。公衆電話の近くには大抵防犯カメラが設置されていることを失念していた時点で、正確には真壁があの通報に疑問を抱いたときからこの犯罪には大きな綻びが生じていたと言える。
ちなみに教育長の通報は、何と僕のマンションから見下ろせるあの電話ボックスからなされたのだという。設置者が町内会長だったこともあり、特定がかなり遅れたらしい。そのせいか途中まで観念して何も抗弁せずされるがままでいた教育長は、おそらくは悔しさのあまりだろう、去り際にものすごい形相で僕たちを睨みつける。多分に何者かから利益供与を受け、偽装工作まで行ったのである。永井議員に負けず劣らず強い怒りの色がありありと表れており、もしもう少し別の仕方で捜査を進めていれば直に対峙するハメになっていたかと思うと決してよい気分はしなかった。
そして、最後には悲しみに包まれた小原市長が残された。以前は非常に幸せそうだと伝えきいた市長が、今にも泣きだしそうになっている。覚悟していたとはいえ、交際相手が目の前で逮捕されたのだ。裏切られた衝撃が少なかったはずはない。それでも議場の向こうへ消えていく教育長を見送ると、気丈にも真壁と僕に頭を下げた。
「お疲れさまでした。お見事です」
市長がそう言うと、誰からともなく拍手が湧きおこった。はじめは一人ふたりが小さく、それが段々と大きくなり、やがて議員のみならず出席者へと議場全体に広まっていった。僕たちに災厄を持ちこんだ板垣議員でさえも、拍手が鎮まりやる中、マイク越しに呟いた。
「私も長年、議員を務めておりますが、こんな委員会は初めてです」
真壁は形だけ、頭を下げ廊下へと出ていく。部長連中やら肝月課長やら、はたまたあのくだらない会議を開いた地域安心課長たちが居並ぶも目もくれない。僕はそのあとをついていき、隣に並びかけざま声をかけた。
「一時はどうなるかと思ったよ。持ちなおしてくれてよかった」
すると、いつもの無愛想な答えが返ってくる。それでいながら、珍しく得意げな顔をしていた。
「敵を騙すには、まず味方から。あれは演技」
「嘘つけ」
そうは言いつつ、この鼻持ちならない男のおかげで事件は解決したと思うと自ずと感謝と尊敬の念が湧いた。同時に苦難を分かちあい、わずかでも力を貸せたことを誇らしく思う。僕はしばらく横から真壁の顔を眺めていた。
年度が改まった四月初旬。巴小の改築は、議会を経て正式に現在地に決まった。実際にどれだけ永井議員と関わっていたかは知らないが、〈家庭の会〉の所属議員ふたりは最後に表決を棄権したという。教育長は恵比寿の後を追うように懲戒免職となり、永井議員も近日中に辞職することになっていた。
だがそんなことは僕や真壁にとってはどうでもよかった。立川部長、および市長との約束は守られ、僕たちは引きつづき〈子ども電話相談室〉に留めおかれたからである。横澤室長も所属部署は以前と変わらず、職場への復帰を遂げた。もちろん課長は肝月課長のまま。ただし所在地こそこれまで同様に地下の一室ではありながら、床には小綺麗なマットが敷きつめられ、椅子も多少はクッションの利く上等な新品に取り替えられた。近いうち奥の書庫ともパーテーションでしっかりと区切られ、床はフローリングに張りかえられる予定である。剥きだしのコンクリートにパイプ椅子の状態からは格段の進歩だ。
何より周りの目が以前とは明らかに変わったのに悪い気はしなかった。まず身近な人物で言えば横澤室長である。五階へ足を運ぶと、自ら席を立って僕に挨拶をしては決裁やら回覧やらを渡してくれるようになった。
「お疲れさまです。これが午前中の分ですからね」
管理職であるがゆえに馬鹿丁寧な言葉遣いをするわけにもいかず、かといって前と同じ物の言い方もしにくいといった体だ。当然である。事件を投げだしておきながら、ちゃっかりと左手の薬指に指輪を嵌めているせいで僕たちに頭が上がらないのだ。もっとも僕の方も事件解決をあからさまに恩に着せるマネはせず、自然に対応するよう心がけている。
「ありがとうございます」
そうして用を済ませ、階段を下る間もかつてのように無視はされない。姿を見とめられるや、遠くから羨望の眼差しを向けられるのは序の口で、毎日のようにヒラの係員はもちろん管理職からも頭を下げられる。
「おはようございます」
「本日もお疲れさまです」
これも市役所を揺るがせた難事件を解決した立役者への細やかな報酬だろうか。ただ、僕も真壁もさして浮かれてはいない。庁内でもてはやされているとはいえ、それも長く続いてせいぜいあと一か月くらいだろうからだ。他に目の行く話題ができればすぐに忘れられてしまう。人間はとりわけ変わり身が早く、その振り幅が大きいほど飽きやすく再び掌も返しやすい。つい今しがたすれ違った立川部長が最たる例だ。あの横柄を絵に描いたような顔がうやうやしく頭を垂れるのは面白いが、何かの拍子に何事もなかったかのように元の傲慢な態度をとりはじめる可能性は大いにある。相談室に戻り、文書を机に置きながらその様子を真壁に伝えると口元に皮肉な笑みを浮かべて呟く。
「役職を問わず、市職員の多くはなかなかに優れた人格の持ち主のようだ」
「僕たちをクソ同然に扱ってたくせに、都合がいいよな」
「別にいきり立つ必要はない。イヌの何とやらにたかるハエを観察するのも一興だ」
「悪趣味だなあ」
とはいえ同感だ。人間の醜い習性をもう少し眺めていてもいいだろう。唯一、気にかかるのは長らく二人で行動していたことから、僕と真壁の間柄に関して幾人かの職員が誤解を抱いている点だ。具体的にはいわゆる同性の友人の枠を越えて何らかの形で性的関係にあるのではないかという、事実とは異なる点で大変に好ましからぬ噂がまことしやかに流れているとも聞く。昨日も同期の三石が事件解決直後に何の脈絡もなく相談室に現れ、
「広瀬くんたち、ナニやってるの?」
という意味ありげな言葉と「グフフ」という奇怪な笑い声を発したのとは無関係であると信じたい。まさか、僕たちが実行犯を待ち伏せしていたアパートに住んでいるのだろうか? そのせいか、ここまで華々しい活躍をしても女の子だけは一向に近寄ってこない。野々村先輩は時間外に人目も憚らず新しい彼氏と立ち話をするようになった。弁当屋〈foret〉は主を失ったレストラン〈キバヤシ〉とともに潰れ、アルバイトの子と会う機会は永遠に失われた。同時にただでさえ個性に乏しい火床市は、元から数の少ない街の老舗レストランを失った。
ちなみに僕たちが留まった相談室には、他にも変化があった。持ちこまれる質問や問い合わせが誰にでも回答できる内容ではなくなり、いま机の上に広げられている手紙やパソコンに届いているメールにも、解決に手がかかると思われる難題が幾つか散見されるようになった。
「ネコが突然いなくなってしまいました。探してください」
「家の塀に落書きをされて困っています。犯人を見つけてください」
「うちの課のUSBメモリが見つかりません。誰が持っていったか調べてください」
どれも警察か探偵にでも頼んだ方がよさそうな相談だが、手をつけないわけにはいかない。したがってよその課の手伝いには駆りだされなくなった代わりに以前と比べ格段に忙しくなり、自然と多少なりとも帰宅が遅くなった。それでも僕たちには何の不満もない。描いていた理想とは違っていても、事件を解決して要求を通したからだ。
「真壁、USBの件はどうしよう?」
「これはまず問い合わせの主に通常の使用パターンを訊いてみる」
「いつ取りかかる?」
「連絡が取れれば今すぐにでも」
「だったら僕の方はその後で。ネコと落書きの件、一緒に見てくるよ」
「分かった。俺の方で相手が捕まらなかったら、そのときは先に行ってきてくれ」
もっともお互い、趣味に費やす時間を確保するには効率的に職務をこなすことが肝要だ。予定の擦りあわせもスムーズに済ませる、という暗黙の了解がいつの間にかできあがっている。それらの取り決めに従い、いつものようにジリジリと鳴りひびくの黒電話の受話器を近くにいた僕が取りあげた。そして今日も地下の一室に可愛げのない男の声が響く。
「もしもし、こちら子ども電話相談室です」
参考文献
『六法全書』平成三十年版 山下友信他/編 有斐閣
『新編日本地蔵辞典』 本山桂川 奥村寛純 村田書店
『江戸川乱歩傑作選』 江戸川乱歩 新潮文庫
「刑事コロンボ/逆転の構図」
最後までお読みいただきありがとうございました。
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また、第10回ネット小説大賞+に応募しました。重ねてよろしくお願いいたします。




