六 続きは署で聞こうか ②
それから程なくして百条委員会の長を務める板垣議員から指名を受け、真壁は議場の敷居をためらいもなく跨いで発言台に向かっていく。議場の出入口からは、幾人かの部課長たちが固唾を呑んで事の成りゆきを窺っていた。僕も台車の取っ手を握りつつ、同じ場所からそれを見守る。入庁してから、こんなにも胸の動悸を大きく感じた経験は過去にない。怒りが収まるや、次には新たな不安が頭を過ぎった。百条委員会では発言が制限される。
「はじめに証言を求める前に申しあげます。証人の尋問につきましては地方自治法第一〇〇条の適用及び民事訴訟法の証人尋問に関する規定が適用され、証人の権利及び制裁が適用されることになっております。ご承知いただけますね」
「はい」
「では法律の定めるところによりまして、証人に宣誓を求めます。傍聴人も含めまして全員の起立も求めます。真壁証人、宣誓書の朗読をお願いします」
これまでの気ままな捜査のように下手なハッタリはかませない。この場における虚偽の発言は、通常の裁判と同じように罰せられる。だが真壁は肝が据わっているのか、証言台に置かれた文書に目を落とし、板垣委員長に向かって平然と手を挙げて宣誓する。
「宣誓。良心に従って真実を述べ何事も隠さず、また何事も付けくわえないことを誓います。証人、真壁和泉」
「それでは宣誓書に署名捺印を。他の皆さまはご着席ください」
続いて指示どおり宣誓書にペンをはしらせ懐から出した印を押すと、板垣議員から発言の許可が出た。それから真壁は立ったまま、その他出席者の方を振りむき顔を上げる。
「ご紹介にあずかりました真壁と申します。ええと、こういった場ではじめに何をお話しすればよいか存じあげませんので、まずはなぜ私たちが実行犯を捕まえることができたか、ご希望の真相究明も兼ねてそこからご説明する形でよろしいでしょうか。永井議員」
真壁は発言台から容疑者を見あげていた。他の議員たちは黙って永井議員に視線を注ぐ。やや間を置いて、永井議員がまるで第三者であるかのように淡々と口を開いた。
「真壁さんと言いましたかしら、やはり私なのですか」
「そうでなければ、私がこの場に呼ばれることはありませんので」
「それもそうですね。ではお聞きしましょう」
そしてしばしの静寂のあと、議場にはただ真壁の声だけが響く。議員たちも市の幹部職員と同様に相談室へ配属されるのはロクでもない職員であるとの噂は聞きおよんでいたのだろう、必ずしも全員が市長の意向に沿う考えの持ち主ではないせいもあって、部課長たちよりも多くの割合であからさまに真壁を馬鹿にするか、少なくとも様子見といった表情でいる。だが真壁の話しぶりは、とても一介のヒラ係員とは思えないほど落ち着いていた。
「私、それから同じ相談室の係員である広瀬が、元を辿れば立川部長の、直属の上司としては肝月課長の指示を受けて何度も深夜の巡回に出たのはご存じかと思います。ところがこの中にも巡回の記録をご覧になった方がいらっしゃるかも知れません、実行犯に出くわす気配が一向にないどころか、巡回を行った日を避けてイタズラされるという日が何度もありました。私たちが最初に不審に思ったのはこの点です。おそらく実行犯は私たちを意図的に避けていると考えました。現に巡回スケジュールは印刷して決裁を回していたので、誰かしらが盗み見るのは十分に可能だからです。しかし、それだけで逮捕を逃れるのは不十分だとも考えていました。私たちのほかに、警察が昼夜を問わずパトロールを行っていましたから」
この事件に第一線で接していた以上、その経緯や情報は他の誰よりも僕たちがよく分かっている。ただ本当に頭のお粗末な箸にも棒にも引っかからない職員では、仮に事実を把握していても話が脇道に逸れていってしまう。他と比べ飛びぬけて秀でているとまではいかないまでも、まあまあ並の説明ではないかと評価されはじめたのではなかろうか、徐々にではあるが真壁を馬鹿にするような表情や態度を出す出席者は少なくなっていく。
「しかも県警本部、火床警察署、交番の三つの組織がそれぞれにです。とはいっても、前者ふたつは無視できます。県警は人口三十万の本市のみならず、山間部の多い規模の小さな市や町村も含めた県内全域が対象ですから範囲が非常に広い。動きを察知できる、できない以前に鉢合わせする確率がきわめて低いわけです。万が一に偶然、現場を通るとしても現場は信号のない交差点で、深夜にパトカーで移動する以上はライトを点灯したうえで速度も落とします。実行犯が身を隠す時間はあるでしょう。火床警察署に至っては、現場付近のパトロールを行っていませんでした。理由となる諸事情は多くの方がご存知ですから、もしかすると犯人側もその情報を把握していた可能性があります。
ただし静町交番だけは無視できません。実際にパトロールは行っていましたし、管轄区域の面積も半径二·五キロ程度。何度も繰り返せば出くわす恐れがあります。直接に現場で鉢合わせしなくとも、何度か姿を見られれば怪しまれるかも知れません。他にも交番は突発的な事件に対応する必要がありますから、ローテーションなどの動きを事前に把握することも不可能です。したがって犯人は現場付近に住んでいると考えられたのです」
「なるほど。それで」
永井議員がたびたび相槌を打つ。さすがに面と向かって疑惑ありと宣告されているだけのことはある。油断しているような素振りは見えない。
「ところが公用車にマイクロカメラを設置しても、何も映っていません。そのうえおかしな点がありました。私が恵比寿という職員と巡回に出た夜のことです。現場を監視していると、盗撮をしているとの通報を受けた警察官に同行を求められたのです。結果、私たちが尋問を受けている間にお地蔵さまはイタズラされてしまいました。なお、これもご存じかも知れませんが、恵比寿はプライベートで各所を盗撮した挙げ句、ブログに画像を掲載するという公務員にあるまじき行為を繰りかえしていた人物です。現にその夜も私の制止を聞かず、私用のビデオカメラを使って現場付近を盗撮しようとしていましたから、この通報は間が悪いという表現はできても、一見すると特別に不自然ではないように思えます。
ただ、後になって果たしてこんな偶然があるだろうかと疑問をもったのです。私たちが公用車を停めた交差点の一角は、けっして遠くから見える場所ではありません。ましてや停車中は、他に巡回をしていた日と同じく誰ともすれ違っていないのです。そうしたことから、この夜の通報は普段から鼻つまみ者の恵比寿を利用して警察に逮捕させると同時に、相談室による捜査の目を欺くためになされたのではないかとの仮説を立てました」
この間、真壁に視線を注ぐ出席者の顔つきはさらに変わっていった。堂々とした口調で筋道を立て事実を列挙し推論を重ねるうち、人を馬鹿にしたような態度は消えうせ、代わりに驚きと感嘆のそれに変わっていく。
「もし意図的なものだとしたら、これが可能な人物は絞られてきます。なぜなら巡回のスケジュールは事前決裁によって決められていましたが、当日は本来、私と一緒に現場へ出る別の職員がインフルエンザのため出勤できなくなり、代わりに恵比寿が指名されたからです。土曜日、しかも急な事態のためにまず図書館長から私の所属する生涯学習課の肝月課長へ、そこから立川部長、最後に大山教育長にのみ報告がなされ、それ以外の人物が情報を得るのは不可能でもありました。
ではこのうち、誰が情報を漏らしたか? 図書館長はあり得ません。決裁を閲覧するのは相談室、生涯学習課、教育総務課と教育部長、教育長で、スケジュールが決定したあと当番の所属課に情報がもたらされる仕組みになっていました。他のイタズラに関して情報を取得するのが難しいからです。また肝月課長もあり得ません。これより前にインフルエンザで出勤停止となっていた時期があり、その間にも決裁を受けたスケジュールに基づいて巡回が行われたにも関わらず隙を突いてイタズラが繰りかえされていましたから。出勤停止中に、肝月課長から庁内に電話を入れた記録も見当たりません」
「つまりスケジュールを漏らしていたのは立川部長か大山教育長だと?」
「仰るとおりです」
「証人はそれがどちらか分かっているのですか? もしくは見当がついているのですか?」
板垣委員長が口を差しはさむや、議場内にざわめきが起こる。当たり前だ。行政内部どころか幹部中の幹部が守秘義務違反どころか、犯罪に関与しているのである。容疑者として名前を挙げられた二人の表情は対照的だった。立川部長は困惑し、大山教育長は顔を強ばらせている。さらに真壁がうち一方に目を向けると、ざわめきはますます大きくなった。
「はい。見当がついております。大山教育長です」
まさか、という声が方々で聞こえ、みな驚いて指さすなりして教育長を注視する。教育長自身はといえば緊張は解かずにいながら、顔に抵抗の意思を露わにした。いくらお歳を召しているとはいえ、長身のうえ普段はにこやかな表情を絶やさないだけに逆に威圧感がある。言葉面こそ丁寧ながら、どこか僕たちを脅しあげるような声色があった。
「真壁さん、あなたはご自分で何を言っているか分かっているのですか?」
「もちろんです。私はこの度の捜査で把握した事実を踏まえ、見解を申しあげております」
「この場でお話する内容ではありませんが──もう周知の事実ですし、誓って無実を証明するためにあえて触れさせていただきますと──私と市長はプライベートでも親しくさせていただいているのですよ。しかし真壁さん、私にここまで言わせるからにはそれなりの根拠がおありなのでしょうね?」
真壁は動じない。わざわざ声に力を込めるのは、密かに恐怖を感じている証左でもあった。それにこの糾弾が、確固たる推理に裏打ちされた発言であることも僕は知っている。
「ええ。ちょうど私もその話をさせていただこうかと思っておりました。恐れながら、それについては庁内で知らない者はありません。何といっても、お二人の出会いまで職員の口に上っているくらいですから。あるときお互いの印象について訊ねられたとき教育長が一目惚れとお答えになると、市長は早く言ってくれれば、私も同じだったと交際が遅れたのを惜しまれたとか」
「真壁くん、君! たしかに私は市長との交際は認めるが、そこまで踏みこむのを許したつもりはない!」
教育長の声色にますます強い威圧感が込められ、早くも口調まできつくなりはじめた。かたや真壁の物言いは静かなままだ。
「いいえ、ここからが大事です。お互い一目惚れだったにも関わらず、交際がはじまったのはたった半年前。明るみに出たのは三か月前です。市長が就任してから交際まで一年以上もの空白期間があるのはどうしたわけでしょう。どちらも一目惚れだったはずなのに」
「私も市長も、出会いを求めて公職に就いたわけではない!」
「お二人ともそれなりにお歳を召されていらっしゃいます。どちらも不幸な形で配偶者と別れられて久しいともお聞きしております。それなのにこうも期間が空いたのには、別の理由があるのではないでしょうか?」
「君、触れていいことと悪いことが」
「市長は純粋に新しいパートナーが現れたと喜ばれたかも知れません。ですが教育長の方が別の目的をもって、つまりは例の案件で市長の翻意を促すために近づかれたとしたら? あるいは自らの意図を隠すために接近を許したとしら? 失礼ですが市長、巴小改築に関して、プライベートの時間に教育長から翻意するよう諭されたご記憶はありませんか?」
さらに途中から市長に顔を向ける。発言台の左に立つ市長は、俯き加減に背を垂れて悲しそうに眉尻を下げていた。無理もない。肝月課長を通じて、事のあらましは伝えていた。市の幹部が犯罪に関与していたと同時に、短く不幸な結婚生活の後、長い独身時代を経てようやく出会えたと思った人生の伴侶に裏切られたのとなれば致し方のない反応と言える。それでもいちど腰をあげ、気丈にも真壁の方を向きはっきりと口を開く。
「はい。ありました」
「何度か、憶えていらっしゃいますか?」
「三、四回くらいでした」
「そのとき市長はどのようなお答えをされましたか?」
「市長としての考えと教育長との関係は別ですから、この問題はフェアに取りくみましょうと申しあげました」




