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こちら子ども電話相談室  作者: 新宮義騎
37/42

六 続きは署で聞こうか ①

三月十六日 木曜日


 僕は肩からカバンをかけ、一台の台車を押しながら真壁とともに相談室の扉を潜り市議会の議場に向かっていた。頭の中では先ほどモニター越しに目にした、つい昨日にも繰りひろげられた市長と永井議員の激しいやりとりが思いだされる。本会議にて決定し、設置された百条委員会での一幕だ。

「永井議員、すでに議員の実弟が逮捕されています。潔く関与を認め、辞職されることを私から勧告させていただきます」

「誓って申しあげますが、私は事件にいっさい関与しておりません。逮捕された弟からもそのような証言はないはずです、実際に関わりがないのですから」

「そのような話を誰が信じるでしょうか? 今回の事件は大変に教育熱心と評判の永井議員が、特定企業からの利益供与を受け、歓楽街へ近い候補地への移転を推しすすめる理由を作るために行った自作自演の偽装工作です! 常識的にはそうとしか考えられません。全ての状況証拠が議員の関与を指ししめしています」

「状況証拠でものをおっしゃられてはたまりません! 市長、そのようなもっともらしい言葉で私を議会から締めだし、うまいことあなたの意向を通すおつもりでしょう。私は抗議の意味でも意見を変えません。弟も他の犯行を認めていないんです。だいたい、どうやって巡回の目を逃れたか真相解明すらできていないではありませんか。言うなれば事件は解決していないのです。したがってイタズラが繰りかえされる可能性があるからには、小学校を現所在地に留めおくのに断固反対の立場を貫かせていただきます」

「よろしい、結構です。では永井議員が本当に事件に関与していないかどうか、何度も現場へ足を運んだ職員から質問をさせることにします」

 委員会はここでいちど中断し、今日から再開の運びとなっていた。板垣議員や石黒議長による再三の説得にまったく応じず、少なくとも永井議員は議決が行われるまで退かないつもりでいる。市議会は会派に強い拘束力が認められ、同会派に属する二人の議員も「事件が解決していない以上は学校を移転させるべき」と発言しているからには当然と言える。ただし裏を返せば賛成と反対の数の差がたったの一であるため、永井議員さえ議決の場から外せれば市長側の意見は通る状態でもあった。というのも事件に関与していることを証明し、警察がそれを証拠と認めれば地方議員に不逮捕特権は付与されていないがゆえに永井議員は逮捕され、本会議にも出席できなくなり、巴小の問題に際して賛否は同数の十三となるからだ。あとは移転反対の石黒議長が議長の議決権を行使すればよい。

 ところが市議会に永井議員を追求できる人物がいなかった。警察も事件の全容解明のため、対外的には事件の詳細を伏せていたからである。そこで真壁と僕に出番が回ってきた。これは協力の依頼などではない。市長から改めて最終目的が市議会における勝利、すなわち巴小改築は現在地で行う旨の議決獲得であることを示された上での厳然たる職務命令である。よって〈子ども電話相談室〉は有無を言わさず百条委員会へと駆りだされていた。

「それにしても、あの開きなおりはほとんど反則じゃないか。板垣議員よりたちが悪いよ」

 僕がエレベーターに乗りながら呟くと、隣の真壁も面倒くさそうに息を吐く。

「今さら何を言っても仕方がない。不正を指摘された政治家が知らぬ存ぜぬを決めこむのは世の常だ。身内の不祥事にすり替えるなんてのは朝飯前だろう」

「でも、僕たちがこんなのに巻きこまれるなんて」

 時おり何かの汚職事件で検察やら追求側に回る党派やらが厳しい表情や態度を露わにするのを報道で目にするが、その際の腸の煮えくりかえりようが今となってはよく分かる。こうなったからには、決定的な証拠を突きつけるか確たる論拠をもって自白に追いこむのみだ。いくら後で証拠を発見しても、市議会で移転賛成の意見を通されてしまっては意味がない。実行犯も時間切れを狙っているに違いなかった。こうも厄介な状況に追いこまれては、僕の口から不満も漏れようというものだ。

「せめて実行犯が永井議員の関与を認めてくれたらなあ」

「それだけ巴小がらみの企業誘致が、莫大な利益と深い闇を抱えているのさ」

 真壁の指摘どおり、だからこそ市長も議員も必死なのだ。いつもは職員の用意した答弁書なしでは質問も回答もロクにできないくせに、年末の議会でこの議題でのみ自由に発言していたのが何よりの証拠と言える。今回に至っては原則、台本を必要としない委員会の設置にまで踏みきった。もちろん策も練っている。とりわけ真壁は自信があるようだ。

「俺たちは出来るだけのことはやったはずだ。それに事件がここ火床市で起こったのも幸いだった。地方で起こった軽犯罪を何度も取りあげるメディアはないからね。しかも事件解決の一報を除けば新聞各紙、ニュース配信サイトどれも最初の一度きりなわけだから」

 事実、僕たちは二週続けての土日返上で各種メディアの報道をあさっていた。今も相談室は新聞紙とそのコピーで荒れ放題である。さらには今朝まで関係各所に電話で確認を取ったばかりでなく、博物館から所蔵品までひとつ拝借していた。それが上から覆いの布をかけられ、僕の押す台車に載せられている。だが相手の反論ひとつとっても予測がつかないように、あまりに不確定要素が多すぎるせいで、うまくいくかどうかはまったくの未知数だった。またヒラの職員はまず晒される機会がないであろうプレッシャーを受けることも予想される。何しろほとんどの委員会では出席を求められるのはせいぜい係長までであり、係員が発言台に立った例など皆無だと思われるからだ。よって発言者である真壁の精神面もこの日は比較的安定しているように見えるものの、歯車が外れればどう転ぶか分からない不安があった。

 もっとも左右に開いたエレベーターの扉を潜ると、どんな心配があろうと逃げ道などとっくに塞がれていることを嫌でも思いしらされる。議場の入口に副市長をはじめ、名前の出てこない部長たちやあの小憎らしい地域安心課長などが立ちならんでいるのだ。多くは委員会の動向を気にかけながらも、僕たちを出迎えるというより〈子ども電話相談室〉へ放りこまれたダメ職員を物珍しさに眺めてやろうというなかなかに見目麗しい面構えである。懲罰人事をちらつかせられて尻に火が付いた背景もあって、実行犯の現行犯逮捕という功績も偶然の産物と見なされたか、過去の評価を覆すには至っていないようだ。

 ただいちばん前に立つ、これまで遠くからしかお姿を拝見したことのない小柄でふくよかな年配の女性、小原憲代市長は別だった。僕たちに真剣な眼差しを向け、見ようによってはどこか暗い面持ちでいる。なぜか。すぐ傍に立つ肝月課長が真壁の進言を聞きいれ、それを市長へ上申してくれたからに他ならない。

「待ってましたよ」

 もちろん実行犯逮捕という実績もあって説得できたのだろう。しかし直属の上司からの力添えがなければ、僕たちの希望が通ったかどうかは分からない。まだ事件解決に至っていないとはいえ、この時点で肝月課長にはただ感謝の一念があるのみだ。

「あとは頼みます」

「ここまでありがとうございました。あとは私たちでやります」

 僕だけでなく、真壁もそう殊勝に答え珍しく深く頭を下げるのはさらに理由がある。肝月課長がはたらきかけてくれた相手は市長に留まらない。火床警察署にも同様に話を通し、事件の首謀者を炙りだすための協力まで取りつけてくれた。おかげで僕たちの進む先には大山信雄教育長、さらには立川一彌部長の姿もある。どちらもやたらと張りつめた表情でいるのは当然だろう。市長に従う立場からすれば今からの質疑応答によって市長の意向が通るか否かが決まり、逆に内通者の立場からすれば罪を暴かれるかも知れず、かといって姿を眩ませようものなら犯行に関与したと認めたに等しいからである。まさに相対する者どうし八方塞がりで逃げ場がないの状態なのだが、僕たちのはたらきに全てが委ねられていることを考えると、こちらが攻め手という点で有利ではあった。

 それが頭にあるのか、真壁は妙にリラックスしていた。しかも度が過ぎているようにさえ感じられる。特に顔を強ばらせ、同時にこんな奴らにこれ以上の実績などあげられるものかと言わんばかりの侮蔑の色さえ浮かべる立川部長の前で、わざわざ足を止めてみせるではないか。嫌な予感がして止めようとしたときにはもう遅かった。

「立川部長」

「何だね」

 立川部長の物言いは相変わらず横柄だったが、真壁が次の一言を発すると表情が変わる。

「あのお言葉を覚えていらっしゃいますでしょうか」

「何の話だ?」

「今般の事件を解決できなかったら、あの課に異動させるといったお話です。肝月課長から伺いました。ご存じですよね?」

 あの脅しは多分に立川部長が独断でかけたのだと真壁は読んでいる。元からダメ職員扱いであるがゆえに図々しく思われても痛くもかゆくもなく、市長としても内々に懲罰人事を持ちかけていたと耳にしては自らが一枚噛んでいようがいまいが黙認できようはずがないとの算段もあるのだろう。案の定、傍に立つ小原市長は訝しげに立川部長の顔を見る。

「立川部長、本当にそんな事を言われたのですか?」

「市長、」

 あの脅しが不当な圧力であることは明らかだ。こんなときに余計な口を利くな、と言いたげな立川部長に教育部の課長たちが冷ややかな視線を浴びせる。そこへ真壁がきわめて慇懃に追いうちをかけた。

「裏を返せば事件解決の暁には引きつづき〈子ども電話相談室〉にてお仕事をさせていただけるものと解釈しております。私、不肖の身ではございますが、ただいまから全力を尽くして事件の完全な解決に努めてまいりますので、つきましては委員会答弁の結果、ならびに実行犯逮捕の実績を是非ともご勘案いただきますようお願いもうしあげます」

「分かった、分かった」

 立川部長は苦りきって首を縦に振った。真壁は回答をしかと聞きとどけると、悠然とその前を通りすぎていく。後を追う僕は当初、この日の真壁は空気の読めない、精神面の不安定な状態にあるのではと疑っていた。しかしどうもそうではないらしい。立川部長を難なくやりこめた手口から察するに、むしろ調子はすこぶるよいように思えた。

 とはいえ議場へと続く扉の前で足を止めると、今度は別の方に注意がいく。それまで立ちどまっていた市長や副市長、部長たちといった錚々たる顔ぶれが僕たちを置いて前方の席に、その向かい側に条例に則り委員に指名された十二人の議員が、さらに周囲を取りかこむようにほか多数の傍聴人が座る中、その最前列に出頭を要請された永井議員の姿があったからだ。痩せた背の低い体格に似つかわしくなく、眼鏡の奥から覗く眼光は鋭い。髪はやたら明るい色のソバージュだ。市長と同様、こちらも面と向かって話をしたことはない相手である。こいつが全ての元凶か。見返りほしさにあんな事件を起こし、僕たちを散々に苦しめたのか。そう思うとあの顔がやたらと憎らしげに映る。いっぽう真壁はいつもの無表情で前方を眺めていた。

「皆さま、お揃いのようですので議会を再開します。では休憩前に小原市長から話がありましたように、ここで巴小学校ちかくのお地蔵さまがイタズラをされた件について実行犯逮捕に携わった〈子ども電話相談室〉の真壁和泉証人から発言をいただきます」

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