四 これあかんやつや ⑤
「何てこった」
おそらくは市民による善意の通報とはいえ、犯人を捕まえる千載一遇のチャンスをみすみす逃してしまったのである。真壁は以前に恵比寿などいなくなってしまえばいいと発言したが、まさかこの最悪のタイミングで厄介事を起こすは予想もしていなかったろう。悔しさのほどは窺いしれる。もう少しで苦労が報われるところだったのだ。同じく悔しい思いでいる僕は、そこでたまりかねて口を挟んだ。
「で、あとはどうなったんだ?」
「さいわい交番には警察官が残っていたから、すぐに飛んで駆けつけてくれた。職務とはいえイタズラを見逃す結果になったんだ、謝ってはくれたよ。ただ、そこからもういちど現場検証がはじまったのには参った。警察にしてみれば軽犯罪だし、これが初めてじゃないからずいぶん流れはスムーズだったけど、その場でロープを回収して取り調べの調書も作ったからそれなりに時間はかかった。証拠として第三者に内容を確認させるものらしい。拇印まで押させられた」
「肝月課長はどうした?」
「もちろん連絡したら現場に来てくれた。もっとも各方面への報告に時間がかかったせいか到着したのは現場検証が終わった直後で、警察官が引きあげるのと入れちがいだったが。ちなみに恵比寿の方には、立川部長と図書館長が向かった」
「ちなみに恵比寿はどうなった?」
「案の定、SDカードに盗撮動画が保存されていたそうだ。正式な処分はこれからだが、クビは間違いないらしい。回覧にも載っている」
僕は新聞各紙のコピーが貼りつけられている回覧にもういちど目をやった。そこには次のようにある。「二月十九日未明、警察に男が盗撮を行っているとの通報があり、火床市職員恵比寿正彦(四九)が逮捕された。所有していたビデオカメラから別の日に撮影された動画が保存されており、火床署は迷惑防止条例で起訴する方針」。いかにもはじめに報道した一社の記事を丸写ししたらしく、どれも一言一句同じ文面である。地方の記事にはよくあることだ。
「上は大変だったろうね」
「教育部の職員にあるまじき不祥事を起こしたとあっては仕方ないところだ。特に教育長はね。それから、こちらの道具は返してもらった」
テーブルの隅には、撮影機材一式の入ったカバンがある。真壁は中から課のビデオカメラを取りだしてみせた。
「私物のマイクロカメラは?」
「それも返してもらった」
「肝月課長からは何か言われなかった?」
一般企業も大して変わりないはずだが、公務員が公務で用いるものは原則として公費で購入する。もちろん実務上、例外もあるとはいえ原則から外れることは望ましくない。少額の消耗品ならともかく、万単位の買い物となれば尚更だ。深夜の巡回という公務執行中に証拠品を提出すれば、警察から市に報告が行く。マイクロカメラなど市の備品ではまずあり得ないから、その段階で管理職に私物の存在を知られるのは想像できた。また面倒なことになりはしないかと心配したものの、返ってきたのは案外に拍子抜けする答えだった。
「購入の経緯を説明したら、それで課長は何も言わなくなった。何回も巡回しているのに犯人が捕まらないのはおかしいと強調しておいたし、上としても懲罰人事をちらつかせた経緯があるからそこが弱みになっているんだろう。服務規程に違反しているわけでもなし、立川部長にしても教育長にしても、事件解決に向けて職員個人が動いたのを罰する理由もないだろうしね。むしろその方が都合がいいはずだろうから、完全にお咎めなしだった」
「そうか、よかった。でもそこまで真壁にやらせて悪かった」
これでまたあのマイクロカメラを使えることを確認でき、ひとまず安心した。しかし真壁の顔は冴えず、ついた溜め息も先ほどより一段と深い。
「ただ、問題はこれからだ。実を言うと君の話を聞いて犯人が現場ちかくにいる可能性を疑ったけど、俺はやはり内通者がいるかも知れないとも考えてはいた。ところが巡回と同じ日にイタズラをされた。つまり内通者説はこれで消えた」
そうなのだ。インフルエンザで倒れたあの日、僕の方でも可能性を捨てきれず肝月課長に相談したのが内通者説だった。それがなくなったということは、前向きに捉えれば容疑者を庁内から探すのに拘らなくてもよくなったとも考えられるが、逆の見方をすれば火床市民三十万人の中から犯人を見つける必要が出てきたということでもある。以前のような捜査では到底おぼつかないのは実証済みだが、かといって新しい方法も思いつかない。真壁は本当に疲れているようで、頭を垂れるように俯きながら額に手を当て机に肘を突く。
「犯人は本当に運が強いんだな。もしくは本当に俺たちの行動を見張っているのか」
「ただの強運の持ち主じゃなければ、そうとしか考えられない。ところで他に気づいた点はなかった?」
僕が質問してから、返答までにはやや間があった。記憶を手繰りよせるのに時間がかかるような反応が見られる。
「言われてみれば、お地蔵さまを縛ってたロープの形が違っていた」
「どういう風に?」
「君のときも同じだったと思うが、去年、俺が見たのは太い繊維の束を寄りあわせた、何と言ったか……そうだ、三つ打ちとか言われる編み方のロープだったけど、先週土曜のときはもっと目の細かいスマートな形のロープだった」
「写真は撮ってないの?」
「通報と連絡に手一杯ですっかり忘れていた。警察が現場検証で写真を撮っていたから、任せきりしたのがまずかった」
真壁が、またも目と頬の間を震わせていた。さっきよりはっきり見てとれるほど振り幅が大きくなっている。
「まあ、ロープの形なんて手がかりにならないじゃないか」
「でも、報告書にはもう少し詳しく書いておけばよかったかも知れない」
「どんな風に?」
真壁が黙って、決裁の下りた報告書を渡してきた。そこには「午前一時二十分、警察に通報があり、恵比寿が交番で抵抗し公務執行妨害で現行犯逮捕された」「午前二時過ぎ、取り調べが終わり現場に戻るとお地蔵さまが赤いロープで亀甲縛りに遭っていた」と書かれている。言われてみればたしかに大雑把だが、真壁を前にしては率直な感想も口にしにくい。ベッドの中でぬくぬくと過ごしていた僕があれこれ指摘できる立場ではないからだ。
「後で補足すればいいよ。今じゃなくても」
「イタズラに関しては警察の調書も同じだったから問題ないと思うけど、そうしよう。あとは残された時間で犯人を捕まえられるか、どうかか。巡回は来月頭から仕切りなおしになった。これもだいたい話が通っている。あとは決裁を回すだけだ」
真壁が顎を向けて示した起案文書を見ると、巡回の予定表はほとんど出来あがっていた。再開までにわずかばかりの期間が設けられているのは、僕が復帰できる日にちが正確には掴めなかったためだろう。その代わり、いちど再開すると深夜に出動する頻度はこれまでにないほど高くなる。質問通告締切は三月八日までなのだから当たり前だ。そこまでに実施される巡回はたったの六回。その後にも巡回が計画されてはいるものの、事実上のタイムリミットである八日までに与えられたチャンスはあまりにも少ない。
僕がインフルエンザにかかったばかりに、元から限られていた犯人逮捕の機会を一段と減らしてしまったのが悔やまれる。これからまた現場を監視しても、事件が解決するかどうかは運頼みというのが何とも心許ない。確率から言えばもう巡回中に犯人と出くわしてもおかしくないのだが、そうなってくれる保証がどこにもないのだ。
「真壁、ここからの巡回は僕が出るよ」
「無理はするな」
「ただ、真壁にだけやらせるわけにはいかないよ」
「そう言ってくれるならありがたいが」
ふと時計に目をやると、とっくに九時を回っている。もういい加減、五階での打ちあわせも終わっているだろうと財布を片手に重い腰を上げた。その際、席にうず高く積まれた回覧板の山を持っていくのも忘れない。そして部屋を出がけに、ふと足を止めて真壁の方を振りむいてみる。やはり顔色はすぐれないように見えた。
「じゃあ、ちょっと課長に挨拶してくる」
肝月課長への挨拶は済んだ。聞かされた話は真壁が報告書に記した概略のとおりで、かかった時間は正味三分くらいだっただろうか。五階の事務室には早々に用がなくなり、雑物の置かれた狭い事務室を抜けて細い廊下へ出ると久しぶりに後ろから声をかけられた。
「あら、広瀬くん」
「野々村先輩」
一時期のインフルエンザ騒動は収束に向かいつつあり、マスク姿の職員は徐々に減ってきている。野々村先輩もその一人であり、おかげでいつもの見目麗しいお顔が拝見できた。殺風景なボロ市庁舎に束の間の潤いがもたらされるのを嬉しく思う一方、何冊かのファイルを抱えるだけでも肩で息をする疲れた様子を目にすると心配になる。
「大丈夫ですか」
「あんまり大丈夫じゃないわ」
いつもは気丈に振るまっているのに、このときの返事は弱気だ。表情もどことなくすぐれない。昨年末の議会前でさえこんなに逼迫してはいなかった。
「やっぱり、忙しいですよね」
「あんな騒ぎになっちゃったからね」
予想していたとおりだ。すでに騒ぎは相談室以外にも業務量の増加という実害をもらたしている。学校経理課ともなれば真っ先に影響が出るのは必至だった。ファイルの背表紙に「巴小学校」の文字があるのは予想できたが、文書の量は予想以上だった。
「でも、そんなに資料が」
「あの様子だと予算とスケジュールを組みなおさなきゃいけないの。補助金の申請もあるから準備しとかないと」
現在地と面積その他の条件が異なるからには、ただ単に建築予定地を変更するだけでは済まされない。幼稚園や公民館などの施設を併設するか否かも関わってくるらしいから、実際に増加する業務量は学校単体よりはるかに大きいだろう。担当者がどれだけ大変な思いをしているか、考えが及ばなかったのが恥ずかしくなる。
「すみません。犯人を捕まえられなくて」
もし僕たちが今ごろ事件を解決していれば、関連部署に被害は及ばなかったはずだ。本当に申し訳なくなって頭を下げると、野々村先輩は首を横に振る。
「ううん。広瀬くんが誤ることはないわ。悪いのは犯人よ。それに議員」
議員、と口にした声色には棘があった。議員にとっては、市職員など己の利益を確保するための道具でしかない。たとえどんな厳しい業務を強いる結果になろうとお構いなしなのだ。僕はやるせない無力さを感じる。
「ちなみに、巴小の資料はそれだけですか」
「補助金の資料づくりで済めばね」
このまま事件が未解決なら、野々村先輩はさらに膨れあがった業務量に苦しめられる。移転が決定した暁には、設計も含めてゼロからのやり直しなども迫られるに違いない。俯いた顔は暗かった。どうにかして力になりたいと思うも、現状では手がかりさえ掴めていないのだ。僕も同じように口を固く結ぶのに気づいたのか、野々村先輩はどうにか笑顔を作って緊張を和らげてくれる。しかしそれも額面どおりには捉えられない。野々村先輩は必死に助けを求めているように見えた。関連部署の担当者をさらなる窮状から救いだせるかどうかは、事件解決の可否で決まる。まさに相談室の仕事ひとつにかかっているのだ。
「野々村先輩……」
どうにか元気づけようと、何とかしますからと言おうとしたところで大きな声が聞こえる。僕が階段を利用するには、嫌でも通過しなければならない方角からだ。騒ぎの元はどうやら学校教育課らしい。
「あたし、納得できないわ!」
怒れる人間の発する独特の不穏な空気が嫌でも伝わってくる。男女が廊下で立ち話をしているのに気づかれようものなら、いつとばっちりが飛んでくるか分からない。
「ゴメンね、私もう行くね」
野々村先輩も同じ考えのようで、先に話を切り事務室へ入っていく。僕は少しばかり迷ったあと、普段どおりに相談室へ戻ろうと階段へ足を向けた。本来は接近を避けるべきだが、怒りの矛先はあくまで別の職員に向けられている。よって遠回りをする必要はないと判断し、気配を覚られぬようクレーマーの背後をそれとなく通りぬけようとした。
ところがこれは誤りだった。歩を進めるにつれ、現場の様子が明らかになってくる。カウンターの前でクレームをつけているのはいかにも神経質そうな四十歳くらいの女性で、応対するのはまだ採用されてさほど経っていない折笠とかいう女子職員だ。当然、さらに近づくと話の内容もはっきり耳に入り、終始、丁寧な応対に徹する折笠などお構いなしに、むしろそれをいいことにクレーマーが激しい攻勢に出るのが目にも入るようになった。
「ちょっと、何でうちの子が巴小なんかに入んなきゃいけないのよ!」
「お客さまのお住まいは交番の正面のこちらですから、どうしてもそうなってしまいます」
「じゃあ、何で隣のうちは静小学校に行けるワケ? そんなの不公平よ!」
「学区につきましては、町名、地番で決められておりまして、あいにくお客さまのお近くは学区が入りくんでいるものですから。学区を決めるに当たっては、どうしてもどこかで区割りを決めなければなりません」
「それはもう聞いたわよ! 私いやなの! あそこはイジメだって多いし、持ちあがりの中学は不良ばっかりなのよ!」
「当課はそのようには把握しておりません。本市小中学校の指導内容は共通でして……」
「私、そんなの信じないわ! 調査してもらわなきゃここ動かない!」
「調査になりますと管轄が違いますし、仮に担当部署でも時間がかかるか、もしくはご要望にお応えできるかどうかもこちらでは回答いたしかねますので……」
「じゃあ教育部の、あそこ何て言ったっけ、そうそう、〈子ども電話相談室〉でも使いなさいよ! あそこ、ずいぶんおヒマそうじゃないの!」
僕はそこで、さらなる火の粉が振りかかる前にその場を足早に去り階段を降りる。いくら要望が通らないのが不満だとしても、何もこんなときにそういう言い方しなくてもいいじゃないか。昨年末までは別にして、今は暇な状態からはほど遠い大変な時期なのだ。
だいたい相談室そのものが前市長のメチャクチャな意向で作られたあと、議員や相当な上役の綱引きで廃止できなかった部署だ。配属されてこの一年、心身ともに静養できたのは間違いないが、それは相談室以外に幾つか存在する同じように業務量の少ないポジションでも可能だったはずだ。そもそも僕だって最初から楽をするために相談室への異動を希望したわけではなく、前所属先で心身の健康を損ねた事実を人事課が勘案した結果に過ぎない。にも関わらずこの手の市民はいつもこうだ。実態を調べもせず、適当な知識を振りかざしていつでもお客さま面をする。職員がロクに抵抗できないのをいいことに、無理無体や罵詈雑言を平気で吐く。それを当然の権利と信じて疑わない。
思わぬところで攻撃を受けたせいで、そんな風にいつにも増して公務員特有の不満を燻らせるうち、地下一階までたどり着く。するとどこからか何かの着信音らしきメロディが聞こえてきた。異様な静けさのせいでやたら反響する割には、他に人の話し声も気配もしない。音源を辿っていくと、やはりそれは廊下の隅にぽつんと佇んでいたスマートフォンだった。しかも見覚えがある。真壁のものだ。今朝、相談室に来る途中で落としたのだ。
「♪~」
おや? 出だしが一般名詞であるダイヤルの四連呼から始めるこの歌詞にメロディ、歌声はどこかで聞いたことがあるようなないような……。勧誘かセールスか、または間違い電話かしばらくして切れてしまったが、真壁もずいぶんと珍しい着メロを使っている。もしわざわざ自作したとしたら凝り性な奴だ。歌詞に相談室を入れるとは今の部署に愛着でもあるのだろうか。初めて耳にするものだから分からなかった。ともかく拾いあげて、相談室の扉を開ける。
「おい、真壁、落とし物だ」
僕はてっきり真壁が仕事をはじめているのと思い、声をかけたつもりだった。ところが真壁は力なく机の上に突っ伏している。
「おい、大丈夫か!」
スマートフォンはパイプ椅子の上に置き、小さく肩を揺すってみた。反応がやけに鈍い。
「ううん……」
まさか、今度は真壁が病気か。最悪の場合はインフルエンザか。庁舎内でも一年を通して気温が低いこともあってエアコンがなく、冬場は電熱ヒーターに頼るせいでひどく乾燥するこの部屋はウイルス性の病気にかかるにはうってつけの場所だ。
「熱はあるのか? ならすぐに病院へ」
僕は心配して真壁の顔を覗きこんだが、顔色が悪いわけではない。汗もかいていないように見える。ただ、言葉が口から出るのが普段とは比べものにならないほど遅い。声も小さく、何とか言葉を絞りだしているといった印象だ。
「風邪やインフルエンザではなさそうだ。ただ、さっきから頭が痛くて……。もう少し休ませてくれ。ここなら誰から何を言われるわけでもないから……」
真壁は身体を捻り、顔だけをこちらに向ける。
「疲れすぎるとこうなるんだ……身体は別に悪くない……」
言葉面を逆に取れば、身体以外のどこかが悪いという解釈もできる。鬱症状だ。真壁には以前から鬱症状があった。あのときは空気の読めない言動を繰りかえす程度で済んでいたのが、極端に忙しくなって悪化したに違いない。ましてや年が明けて深夜の巡回がはじまり、陽の当たらない時間が長く続いたうえ昼夜逆転が連続し、さらには僕が倒れてしわ寄せが行ったのだ。無理もない。
「気分が悪いなら、帰ったほうがいいんじゃないのか?」
「帰っても別にやることがない……」
「そうは言ったって、職場にいると気が休まらないだろ」
「家にいるよりはここの方がマシだ。事件が解決しないのがいちばん不安だ……」
真壁も一人暮らしで面倒を見てくれる人は近くにいない。不安が解消されないのであれば、無理に帰宅させても回復するどころか下手をすると逆効果になる。ここはたとえ嘘でも気休めでも、犯人逮捕に一歩でも近づいていると思わせることが大事だ。
「分かった。僕がここで映像を確認するし、巡回の決裁も取っておく。だから真壁は休むんだ。それじゃ机が固いだろ。ほら」
僕はジャンパーを畳んで枕がわりに、真壁の頭の下に滑りこませる。
「少しでも身体を楽に。あとこれも」
それから自分の椅子に敷いていた座布団を真壁の椅子の上に重ねた。すぐ傍に置いてある缶コーヒーを持ちあげてみると、もう空っぽになっている。多少のカフェインを摂取してもほとんど覚醒作用が表れないほど神経がくたびれきっているのだ。
「もうゆっくりして大丈夫。電話も僕が取るから。何か欲しいものはない?」
「いい、静かにしててくれ……。その代わりお昼を適当に買ってきてくれ……ドリアとかあったかいやつ……」
「ああ、買ってくる。だからもう寝てて」
そう声をかけると真壁は座布団を動かし、椅子の上で仰向けに横たわった。おそらく意識も落ちている。今日のところ昼はこのまま僕が仕事を続けるとして、問題は定時後だ。事件が解決するまで庁舎で泊まるわけにはいかないだろうが、一人で帰すのはどうにも心配だった。何しろ手足を動かすにも難儀している状態なのである。誰の助けもなしに外をフラフラ歩かれては事故にでも遭いかねない。真壁が普段どんな生活を送っていかは知らないが、心身がここまで消耗しきっているからには負担を減らすべきなのは明らかだ。
僕は静かにノートパソコンを開きながら、一緒にどこかで夕食を摂ることに決める。ただ、仮に誘ったとして実際ついてきてくれるか。またそれ以上に果たして元気を出してくれるかどうかが気がかりだった。




