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こちら子ども電話相談室  作者: 新宮義騎
27/42

四 これあかんやつや ④

 僕が出勤停止となったことにより、スケジュールは急遽変更された。相談室を何日も無人にするわけにはいかないため、当初に予定されていた土日の巡回のみ実施し、以降は中止となったのである。

 したがって必然的に真壁の出番となったわけだが、その土曜に異変が起きた。インフルエンザは第二、第三の波となって猛威を振るい、本庁舎のみならず不運にも出先である図書館にまで伝播したか、あるいは外部からの来客や一般利用者を経由してウイルスが蔓延したか、いずれにせよ当番で巡回に当たるはずの職員が夕方になって発熱を訴えたのである。そこで急遽、代打に指名された職員というのが僕たちもかねてから噂していたあの恵比寿だった。あまりに急なため他になり手がいなかったらしい。

 もちろん真壁はそんな事情は知らない。いつもの待ち合わせ場所に姿を現した瞬間、脂ぎった巨体と八方へ伸びちらかした髪が周囲に不衛生な印象を与える、悪評たかい恵比寿が待ちかまえているのを前にして愕然としたという。声のトーンも相当に落ちこんでいたに違いない。

「よろしくお願いします」

「デヘヘ、こっちこそよろしくね」

 恵比寿は一応のところ勤続年数だけは長い先輩であり、またよその課からの応援だけに真壁も無碍には扱えず、ひとまず庁舎を出発し公用車を走らせた。現場へと到着すると真壁はいつものように体制を整え、面倒ごとを起こさぬようにと祈りつつ監視をはじめる。だが、その祈りは通じなかった。しばらくすると、恵比寿がおもむろに肩から提げた鞄から自前のビデオカメラを取りだしたのである。

「恵比寿さん、何をしてるんですか」

「そのカメラだけじゃ不安だろうから、僕のでも撮影してあげるよ」

 深夜にこの近くでよくカップルがイチャついているのは、僕も真壁も巡回の途中でほぼ毎度のように目にしている。恵比寿にとっては周知の事実だったかも知れない。この痴れ者は言うまでもなく犯罪である盗撮を、よりにもよって市民の税金によって給与の賄われる勤務時間中に行おうとしたのである。

「やめてください」

「何も悪いことはしないよ」

「とにかくやめてください」

「そっちこそ乱暴な真似は止めろよ。肝月課長に言うぞ」

 仕事ぶりは散々なくせに、恵比寿の盗撮への執着はきわめて強かった。このときも真壁が制止しようとすると、急に怒気を発して威嚇をはじめる。しかも常識や他人との一般的な距離感を備えていない、僕や真壁などまだかわいい部類に入るであろう、本当にコミュニケーション能力に問題のある人間独特のタイミングをもってである。相手は全身が弛みきっているとはいえ、巨体の持ち主だけに迫力があった。

「誤解を招きますから」

「誤解も何もないだろ。だってもうここにカメラがあるんだから」

 対して痩せ形のうえ、連日の巡回で疲れきっている真壁が不利を承知でなおビデオカメラをしまうよう宥めたところで効果はなかった。このとき心中ではさらなる注意を検討するも、下手に機嫌を損ねては巡回の実施が不可能になるか、あるいは恵比寿に帰られて単独行動になるのを危惧し、そのまま放置することに決めたという。

 しかし、この判断が最悪の結末をもたらしてしまう。しばらく経って時刻も一時を過ぎた頃、交差点の対面にパトカーが現れたのである。これ自体は驚くに当たらない。交番のパトロールにはこれまで何度も遭遇しているからだ。ところがこの日だけはいつもと違い、パトカーが公用車の近くに停車するのみならず、警察官が降車したうえで真壁たちに警察手帳を掲げてきた。言葉面こそ穏やかながら、緊迫した面持ちでいる。

「そこにあるのはビデオカメラだね?」

 警察官は中背で、体型はがっちりとしていた。真壁は過去に顔を合わせた記憶はなかったが、この件は警察も知っていると思い、職員証を示しながら特段の警戒もせずに答える。

「はい。お地蔵さまへイタズラがあった件で、深夜の巡回をしております」

「それは聞いているよ。しかしこの辺りで盗撮をしている者がいると通報があってね」

「ですが、私は公務でこうして撮影をしておりまして」

 同じ公務執行中の身であっても、警察官であれば当然ながら自身の立場を優先させる。真壁が抗議するも聞く耳を持たず、懐中電灯を取りだして公用車を四方八方から照らす。

「その公務にかこつけて盗撮しているのではないかとの話だ。公用車に乗ってもいるし、職員証も出してくれたから君たちが火床市職員なのは間違いないだろうけど、念のために協力ねがいたい。天井の上についてる黒いこれと、ああ、この後ろについてるのも」

 そしてついにはマイクロカメラに目を止める。闇夜の中ならともかく、車体が白いだけにどうしても光の下で目立ってしまったようだ。それにこうして住宅街を撮影する姿は、第三者の目にはたしかに盗撮にしか映らないだろう。もしこれが他人事なら完全な笑い話で終わるところだが、犯人逮捕に全力を注いでいる僕たちにとっては冗談では済まされない。真壁が一人いらつく間に、警察官は今度は恵比寿のビデオカメラを指さす。

「あと、それ! それを確認させてほしい。しまわないで」

 しかも馬鹿な恵比寿はビデオカメラの隠匿をはかるという、いかにも怪しげな行動をとったがためにそれを当たり前のように制止され、いっそう疑惑の目を向けられた。

「それじゃあ、交番まで来て。後ろについてきて」

 真壁はすでに身分を明かしてしまっている。公用車まで運転している以上、選択肢などはなく許されるのは指示どおりの行動のみ。恵比寿もビデオカメラをがさごそといじくりながら一応は大人しく助手席に座り、真壁とともにパトカーの誘導に従った。

「中身の確認をさせてほしい」

 それから交番に到着すると、警察官は真っ先に課のビデオカメラにくわえ私物のマイクロカメラを提供するよう求めてくる。とはいえ撮影時間の長さから動画すべてを見るのは早々に諦めたようで、サムネイルだけを確認し、自宅の住所と氏名、勤務先の所属や連絡先の聞きとりに切りかえてきた。

 真壁はこの要望を素直に聞きいれた。何しろマイクロカメラは正真正銘、現場の周辺だけを撮影しているためやましい映像は一切ない。課のビデオカメラにしても過去に撮影したのは全て生涯学習課の業務上、必要な映像のはずであり、万が一に消去したデータを復元してよろしからぬ動画が出てきても責任を追求される謂われはないからだ。警察官がカメラをいじり、記録をつけている間も真壁には話をする余裕があった。

「ところで、勝手に交番を使っていいんですか?」

「何言ってるんだ? ここに通報があったから出動したんだ。そうじゃなくても本署のパトロールだって必要があれば普通に利用するよ」

「でも、留守にして大丈夫なんですか?」

「交番なんて、よほど大都市の街中でもなけりゃ夜の当直は一人だ。だからドアの近くに本署直通の電話があるんだが、使い方がなかなか周知されてなくて困るよ」

「大変ですね」

「どの交番も似たようなもんだ。前より犯罪の数は減ったって言っても、警察はずっと人員不足でね」

 警察官は真壁の質問に丁寧に答える。ここまではさして問題もないようで、声の調子も柔らかい。

「じゃあ、次にそっちを」

 ただし、恵比寿の方となると別だった。恵比寿の持参した私物のビデオカメラも引きとって用が済んだかと思いきや、警察官はすぐに視線を鞄へと向ける。

「データが入ってないな。SDカードもない。悪いが、鞄の中を調べさせてほしい」

 そう言って鞄に手をかけた、そのときだった。

「ちょっと、やめてください」

 恵比寿が立ちあがり、何と鞄を持って逃げさろうとしたのだ。捜査に対する紛れもない妨害行為である。だがそこは時に犯罪者にも立ちむかう警察官であり、素早く後ろから恵比寿を取りおさえる。手足をばたつかせるなど多少の抵抗に遭うも、単に身体が大きいだけの一般人など相手ではなかった。すぐさま床に押したおして腕を捻り、手錠を嵌めて肩にかけたロープで脚も縛りつつ真壁に指示を与える。

「午前一時二十二分、公務執行妨害で逮捕。悪いがこの男が逃げないよう、監視を頼む」

 真壁は言われたとおり、床で転げまわる恵比寿を眺めていた。それからしばらくの間、驚きながらも呆れていたという。ここまで抵抗しては鞄にSDカードの類が入っており、その中によろしからぬ内容の映像が記録されていると自白したも同然だ。交番に到着するまでの間、機材をいじくり回していたのも証拠を隠蔽しようとしたために他ならない。 だいたいプライベートでさえ盗撮は犯罪だというのに、その盗撮に使用したデータを公務の場に持ちこむとは浅はかにも程がある。おまけに元からデータを持ちあるいていたのなら、公用車に乗って事情聴取を受けた時点で逃げ場がないではないか。それをSDカードを抜いた程度でやり過ごそうとするとは、そもそもこの段になって抵抗するとは、物事を判断する機能を司る大脳に重大な障害が発生しているのではと疑いたくもなろう。

 いっぽうで警察官は、別の事情で忌々しそうに顔をしかめていた。本署に応援を要請するべく電話に手を伸ばしかけた際、折悪しく大きな音で着信音が鳴りだしたからだ。

「あー、もしもし、ああ、はいはい」

 ところが受話器を取りながらもまともには取り合わない。やたらとこなれた口調で適当にあしらう。

「うん……そう、そう、今日は忙しいからまた後でね」

 そうして短く会話を終わらせると、今度こそ火床警察署に連絡を入れた。

「すみません、静町交番まで応援ねがいます。深夜に盗撮している者がいるとの通報があり、ええ、どこから? 公衆電話からです。ともかく事情を聞いたところ、一人は素直に聴取に応じてそれらしいものは一応ないのですが、もう一人が抵抗しまして、身柄を拘束しています。はい、お願いします」

 警察官はこういった事態には慣れているようで、静かに受話器を置く。途中で入った電話にはじめ苛つきながら、大して取り乱しもせず本署へ連絡をとる肝の太さに感心して真壁は声をかけた。

「ずいぶん落ち着かれていますね」

「これが仕事だから」

 この間、恵比寿は当初こそ幾分か身体をよじらせていたものの、肥えふとった身体のせいでまともに動けないのに気づいたのかすぐに抵抗を止めた。現状を理解したようで、猿轡を噛まされたわけでもないのに以後は黙りこくる。

「それより最初にかかってきた電話、切ってしまって大丈夫だったんですか?」

「ああ、あれね。最近、ここにかかってくるんだよ。歳は分からないけど認知症なのかな、大したこともない話をしてくるんだ。暇だったら別に構わないけど、こういう忙しい時だと困るんだよなあ」

「電話番号から特定できないんですか?」

「それがプリペイド携帯みたいでね。調べたらそれらしい番号は出てきたけど、転売品みたいだから犯罪に巻きこまれてる可能性もある」

「電話会社への問いあわせは? 基地局を辿れば、位置を絞れるんじゃないですか?」

「相応の重大事件じゃないと応じてもらえない。全部が全部じゃないが、これが公衆電話だったら話は別なんだが」

「場所が特定できるからですか?」

「公衆電話の近くにはだいたい防犯カメラがあるからだよ。大抵はそこに誰かしら映ってる。もっとも設置してるのが警察(うち)以外だと、確認するのにも事件性が必要になるし、その場合でも面倒な手続きが出てくる」

 それにしても対応に苦慮する相手は至るところにいるだろうが、こんな事案で警察が悩まされていようとは思いもよらない。認知症患者と思しき人物からの電話など、立件起訴しても罪に問えるかどうかさえ疑わしいからだ。またどんな地方でも殺人や強盗といった重犯罪は発生し、そちらの方がどうしても優先順位は高くなることから手をつける暇がないのも理解できる。仮に徘徊しているとしても、おそらく捜索願は出ていないだろう。

 同時に高齢者社会の歪みが負担となり、警察にもしわ寄せが来ているのが分かる。人員不足に悩まされている点も含めて市職員と同じだ。ならば互いに仲違いせず、もう少し協力してくれてもいいじゃないかとその場に僕がいれば呟いていたかも知れないが、真壁は応援が来るまでのあいだ気まずさもあって不満も述べず話に応じたようだ。警察官にしても同じ市職員が捕まったショックを和らげようという配慮から、沈黙を避けようとしたのかも知れない。すでに抵抗の余地はないとはいえ、現行犯逮捕者が床の上に這いつくばる傍らで警察官と市職員が和やかに会話を交わす光景は奇妙だったろう。

「だから情報提供も呼びかけてるんだけど、君、このあたりで思い当たる人は知らない?」

「知りませんね。私はここの市民ではありませんから」

「誰か知ってる人いないかな? このまま続くと業務に支障が出かねない」

「無視するわけにもいきませんしね」

「そう、無視して万が一ということもある。そしたら俺の首が飛んじまう」

「本当に、下手に軽犯罪だと厄介そうです。大変ですね」

 そうこう話をするうち、やがて火床警察署の警察官が到着した。生気を失いぐったりとうなだれる恵比寿を引きおこし、さっさとパトカーへ運び警察署へと走りさっていく。真壁はその姿を見送りながら警察官に訊ねた。

「ところで、撮影機材にあったデータはどうなるんですか?」

「写真はここで確認できたからもういいけど、ビデオの方は署に持ちかえらせてもらう」

「出来れば早めにお返し願いたいのですが。私たちも公務に使用しますので」

「分かった。極力、早めに返せるよう善処しよう。じゃあ返還に必要な手続きがあるからちょっと書いてくれ」

 真壁はその後の業務に支障が出ることは承知しつつも、疑惑を払拭すべく進んでビデオカメラの類を全て警察に引きわたし、書類に必要事項を記入して交番を後にする。

「お騒がせしました」

 こうして真壁は応援職員を失った。公用車に乗って時計に目をやると、すでに二時ちかくになっている。実のところ、交番でひと悶着があった時点で肝月課長に連絡を入れようか迷ったらしいが、下手に立川部長まで乗りこまれて騒ぎが長引き、現場へ戻るのが遅れるのを避けるため後回しにしたという。もっともどんな人物であれ、曲がりなりにも同僚が警察署に連行されるという大事件が起こったのである。出勤ついでの報告で済まされる問題ではない。運転席に腰を下ろすや、すぐさまスマートフォンから電話をかける。

「どうしました」

 時間帯からして当然のように就寝中だったであろう肝月課長は眠そうな声をしていたが、一部始終を大まかに伝えるとすぐに目が覚めたらしく震えた声で訊きかえしてきた。

「本当ですか! ではすぐに部長と教育長にも連絡します。たぶん図書館長にも話が行くでしょう。身柄はもう火床署にあるのですね。ところで真壁さんの方は大丈夫ですか?」

「ビデオカメラ……は警察に渡しましたが、とりあえず私への取り調べは終わりました」

 僕以外には秘匿しているマイクロカメラの存在は後日に伝えることにして、真壁は話を終わらせようとした。しかし肝月課長の方で新たな気がかりができたようだ。

「でも、いま真壁さん一人ですよね?」

 一般に外回りは、昼のそれなりに安全な業務でさえ単独行動は避けるよう指導される。いくら真壁が男とはいえ、深夜に現行犯逮捕を目的として行う巡回を一人で続行させるのは管理職の立場にあれば普通は躊躇する。

「私ならこのまま現場へ行けます。こうしている間も、例の場所は無人なわけですから」

 しかし真壁としては、事件解決のチャンスを少しでも逃したくなかった。また諸方面から圧力をかけられているせいもあるのだろう、肝月課長も迷った末にこの申し出を受ける。

「分かりました。お願いします。ですが必要があれば巡回中止の連絡を入れますから、そのときは従ってください」

「では、今から参ります」

「まだ夜明けまで長いですから、お気をつけて」

 とはいえ電話を切る際にも動揺している様子が聞きとれた。実際、このあと深夜にも関わらず教育部で、翌朝には他の部も含めて部課長たちによる大騒動がはじまったという。もちろん真壁にしてみれば、そんなことを考えている暇はない。予想外のアクシデントとはいえ、そこそこ長時間にわたって現場から離れてしまったのである。公用車を走らせ程なくして交差点ちかくに着いた真壁は、ようやく本来の業務に戻れた一種の安心感から数秒のあいだぼんやりと現場を眺めていた。

 ところがどこか様子がおかしいことに気づく。石造りであるはずのお地蔵さまに、赤い模様が施されているように見えたのだ。異変を感じて公用車を降り、無人の交差点を横切って近づいてみると、何と赤いロープで亀甲縛りにされたお地蔵さまが佇んでいた。

 真壁は驚愕した。まさか深夜の巡回がある日にイタズラをされるとは考えていなかったからだ。それから信じられないような気持ちでお地蔵さまの姿を検めたあと、震える指を動かしながらスマートフォンで先ほどの静町交番に異変を通報した。

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