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こちら子ども電話相談室  作者: 新宮義騎
21/42

三 無敵の人 ⑥

二月六日 月曜日


「なあ、気持ちは分かるけど落ち込んでる場合じゃないぜ」

 午後、僕たちは次なる巡回スジュールの案を組みおえて休憩に入っていた。真壁は相変わらず事件解決に真剣なようで、以前よりも積極的に話しかけてくる。

「でも真壁、先週があれじゃ時間を無駄にしたようなもんだよ」

 出勤してから溜め息をついてばかりの僕を見かね、気を遣ってくれているのかも知れないとは思いつつも、それなりの手間をかけながら具体的な手がかりなしではどうしても気落ちしてしまう。想定外の精神的ショックを受けたとなればなおさらで、言い出しっぺの真壁も後悔がある様子だ。

「やり方がまずかったな。もっと前から計画的に進めていれば……」

「でも、あれ以外にやりようはなかった気もする。僕が言うのは何だけど」

 だいたい何かしらの捜査を考え、実行して犯人を捕まえるなり、有力な証拠を掴むなりしろという方が無理な注文だ。巡回に出た翌日は、撮影した写真や動画の確認作業に勤務時間の大半を取られてしまうのだから。それに深夜に出勤した分を代休で処理しなければならない以上、相談室にいるのは真壁と僕のどちらか一人だけの日が多く、仮にはじめからもっとじっくり二人で作戦を練るにしても十分な時間は取れなかったろう。そもそも捜査を常態的に行う組織に属していない僕たちが、効率的かつ有効な方法を選択することからして困難なのだ。たとえばメイド喫茶での捜査ひとつとっても、風俗業における常識中の常識といえる知識すらあらかじめ頭に入れておかなかったという初歩的なミスを犯してしまっている。理由は言うまでもなく経験不足だ。

 おまけに当初は具体的な方策を室長に丸投げで、その室長も入院してしまった。報せを受けてから動けたのは平日に限定すれば三日だけ。そこから本格的な捜査を計画するなど不可能に近い。昼夜逆転が幾度となく繰りかえされているせいで、前夜に巡回が入っていなくても昼に頭が朦朧としている日があるのだ。すでに教育長からの差し入れは消費し尽くされ、ビンの並べられていた紙の箱すら可燃ゴミに出され跡形もなくなっているところを見ても疲労の蓄積度合が窺えよう。とはいえ嘆いてばかりでは事は進まない。真壁もそれは承知と見え、上体を起こして今度は身体をパイプ椅子の背もたれに預ける。

「そうかも知れないな。それに俺は時間の無駄だったとは思わない。収穫も一応はあった」

「収穫? そんなのあった?」

「あの手のアプローチではダメだというのは、はっきりした。女王さまの話はもっともらしく聞こえるし、ああいう店に出入りして着想を得た可能性はあるとしても、実際どうだったかは確かめようがない。マッサージ店でおかしな要求をした客が犯人である保証もないし、それらを追求したところで必ずしも事件解決には結びつかない」

 何だ、単なる負け惜しみじゃないか。そんなのは言われなくても分かりきっている。

「そこで君に訊きたい。何か思いあたることはないか? あと犯人像なんかも」

 こうして意見を求めてくるとは、要するに真壁も手詰まりというわけか。元から考えに詰まっている僕が力になれるとは思えないが、昨日も結局は肝心なところは捜査を任せてしまった。真壁ひとりに頭を使わせるわけにもいかず、ノートパソコンで犯行時の映像を再生しながら現時点で確認できる事実を一つひとつ挙げてみる。

「まず動機はともかく、亀甲縛りに慣れた人物なのは間違いないね。女王さまも言ってたとおり、どんなに慣れても一、二分はかかるらしいから。イタズラされたときの動画を見てもどれも二分内には収まってる。もし慣れてなければもっと時間がかかってるはずだ。まあ、ごく短時間で済ませられるからこそ人目を盗めるんだろうけど」

「それから?」

 ふと時計に目をやると、時刻はまだ昼の二時過ぎだった。SMサロンからの帰りとは違って誰から聞き耳を立てられる心配もないとはいえ、いやしくも公僕たる身分の持ち主がまだ日の高いうちから亀甲縛りだのマッサージ店だの口にするのはいかがなものかと思うが、業務命令を遂行するための真面目な話だ。雑念は捨てて集中しなければならず、事件解決に向けて前進するには想像力をはたらかせる必要があった。そのヒントは、先週の捜査の中にあったではないか。

「たぶん、昼間に働いてるサラリーマンは違う。犯行が金曜、土曜の夜に限定されてるならまだしも、平日までやられたとなると夜に働いてる人だろう」

「たとえばどんな職業だ?」

「動機から言えばデリヘル嬢とか。女王さまの方は何とも思ってないけど、デリヘル嬢の方が目の敵にしてるかも知れない。S嬢なら手慣れたもんだろ」

「その考えはなかった。メイド喫茶よりよほど需要が被るな。だったら生活は昼夜逆転だ。亀甲縛りをするから犯人が男だとは限らないか。先入観はよくないな」

 我ながら、女王さまがその職業の存在に言及しながら可能性を示唆しなかったのが不思議なくらい筋の通った仮説だと思う。真壁も頷いているところからして、一定以上の信憑性を認めているように見える。しかしその感心する姿に今度は危機感を覚えた。

「おい、まさか今度はデリヘル嬢を呼ぶとか言いだすんじゃないだろうな?」

「俺がさっき何を言ったのかもう忘れたのか? あのやり方ではいくらやっても無駄だ。デリヘル嬢あいてにものを訊いても答えないだろうし、こちらで見返りを用意するのも無理だ。それにいい線だとは思ったが、その場合は時間の自由が確保できない。少なくとも現役は候補から外れる職業だ」

「そうムキになるなよ。念のためだ」

 実は、一瞬かなり怪しんだ。SMサロンに行こうと言いだしたのはいったい誰か。釘を刺しておかないと、どんな所に連れていかれるか分かったものではない。僕がうろんな目を向けるのにも構わず、真壁は次を催促してくる。

「まあいい。あとはないか?」

 あとは先月、二人して犯人像を推測していたときの話くらいしか僕の頭には浮かばない。

「犯人はよくあそこを通る人間じゃないか? たとえばそうだな……午前三時過ぎになると新聞配達のバイクが走りだすの、真壁も見たよね? あるいはコンビニのバイトとか、ああいう明け方に仕事をはじめる人が出勤前の通りすがりに、って可能性はないだろうか」

 ところがあの場で幾つか犯人の就いている職業を挙げたのは真壁だというのに、考えが変わったらしく今日は首を横に振る。

「それはどうだろうか。コンビニ勤務の可能性は薄い。仮に通勤時間に合致するとしても、いわゆるアルバイトにあの手の店へ出入りできるほどの経済力があるとは思えない。ああいう着想が浮かぶほど、頻繁にサービスを利用できる金銭的余裕がだ。料金表を君も見たはずだ。あのイタズラをするだけでもタダではできない。いくら安売りでもロープは買わなければいけないし、それなりの距離を移動するからには燃料代もかかる。車やバイクだろうからどうしても音が出る。犯人はあのお地蔵さまの近くに住んでいて、なおかつ時間に自由のきく職業に就いている人物の可能性が高い」

「いや、そこは違うと思う」

 女王さまのお店で得た情報のうち、僕が一部を見落としたのは認める。しかし反論したい部分もあった。年季の入った車を乗りまわしている真壁は気づかないだろうが。

「今は電気自動車だってあるんだ。電動バイクやスクーターならある程度、騒音を抑えられるはずだよ。イタズラも毎日されてる訳じゃないから、近所の住民もいちいち聞きなんか耳を立ててられないし、あそこは老人世帯ばかりで夜は早い」

「分かった。騒音の問題は解決できるとしよう。だが移動ついでの愉快犯にしては、手が込みすぎているような気がする」

「じゃあ前に僕が言った仮説を撤回する形にはなるけど、たとえば付近の住民が学校を移転してほしくてあんなイタズラをはじめたのかも知れないよ。よくニュースで見るだろ? 保育園や幼稚園が近くにあってうるさいとか苦情を言うやつ。小学校だってチャイムの音がするし、近くを登下校中の児童が通る」

「たしかにそうした動機もあり得る。だとしても、なぜ俺たちと鉢合わせしないんだ?」

 真壁は犯行現場にぶつからないのをあくまで必然と考え、そこから犯人を割りだすつもりらしい。その発想は正しいようにも思える。というのも、僕の頭にふと巡回中の光景が浮かんだからだ。

「真壁、やっぱり交差点の近くを何かの形で見張ってるんだよ。だって内通者が僕たちのスケジュールをどうにかして掴んでるとしても、現場にパトカーが停まってるときがあるし、これまでロープを回収してるのもぜんぶ交番のパトロールだろ。警察も動いてはいるんだ。警察の動きが分からなけりゃ、鉢合わせするかも知れない」

「パトロールの範囲が広くて、滅多に鉢合わせしないとかいうことはないか?」

「ちょっと待って」

 真壁の疑問を受けて試しにノートパソコンで警察の組織を調べてみると、次第に僕の考えの方が正しいような気がしてくる。

「やっぱりそうだよ。警察と一口に言っても、県警とその下にある警察署の動きは別なんだ。パトロールにしても県警は県内全域が対象だから、たしかにあんな住宅街の一角で鉢合わせする可能性はゼロに近い。それに対して警察署は自分のとこの管轄内だけだ。火床署の場合、去年の会議で話にあったとおり本署の人員は割いてないから、ここまでは真壁の言うとおりだ。ただし同じく会議で約束してくれたように、交番は火床署とは別個にパトロールで交番の管轄内を回ってる。これは無視できない」

 僕自身で説明するうちに一段とその確証が欲しくなり、火床署のホームページを開いた。そこには各交番の所在地と管轄区域が記されていた。続けてネット上のマップサイトで該当する範囲を選択し、印刷して確かめてみた。

「交番は市街地なら直線距離にしてせいぜい五、六キロ間隔で設置されてる。町名の区割りで多少は距離に差が出るとしても、半径にして遠くて三キロの範囲内だ。静町交番の管轄なんかは、こうして地図で見ると少し歪だけど正方形に近い菱形だ。パトロールで回るのもこの管轄区域内だから、鉢合わせする可能性は十分にある。仮にパトロールの時間やルートがローテーションで決まっているとしても、通報があればいくらでもずれる」

「ということは決裁を盗み見るなり、何らかの方法で俺たちのスケジュールを掴んだとしても警察の目まで潜りぬけられる保証はない。内通者の線はなくなるか」

 ようやく僕の説を受けいれてくれたようだが、真壁は息をつくなり机に肘を突き、額に手の甲を当ててしばらく黙ってしまう。内通者を見つけ、そこからの事件解決を目指していただけに落胆も大きいのだろう。

 それに僕の方でも、犯人を特定できる有力な材料を見つけられたわけではない。果たしてどんな方法で警察や僕たちの巡回から逃れているのか見当もつかないのだ。手元の決裁にも、実施時間帯は相変わらず夜の十時から朝の六時と記されている。このほか夕方の六時から八時はうちの課が所管する補導員が、その後の八時から九時過ぎにかけては地域安心課の所管する防犯協会が、それぞれおよそ週三回のペースで現場付近を巡回している。補導員も防犯協会もほとんどがかなりお年を召された市民であり、人員の問題があるゆえに完璧とは言えないまでも相当に手厚い体制を敷いている。

 にも関わらず、犯人とのニアミスさえ一度もない。市の再犯対策をあざ笑うかのように、決まって僕たちの巡回が休みの日の午前零時ごろから二時にかけてお地蔵さまが亀甲縛りにされている。おかげで先週の土曜も含めて毎回、朝になってからイタズラがあったことを火床署から知らされるのみ。これが偶然の一言で片付けられないという点で、僕も真壁と意見が一致している。ならば現場付近を疑うべきだろう。何かよいものはないかとスマートフォンをいじってみると、程なくして通販サイトに目当ての商品が見つかった。

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