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こちら子ども電話相談室  作者: 新宮義騎
20/42

三 無敵の人 ⑤

「何であそこは高くなってるんだ? 何がはじまったんだ?」

 オムライスを食べおえた真壁も、ステージの方を注視する。

「だいたいライブに使われるんだけど、たまにそれ以外のイベントもやるんだ」

「何のために?」

「そりゃあ、サービスだよ。品物の料金はこれ込みだって言った方が正しいかな」

「悪質に思えなくもない。昨日みたいにはっきり別料金の方が良心的なような……それはそれとして、今日は何をやるんだ?」

「さあ。毎回ちがうからね」

 僕も首をかしげる間に、店内では他のメイドさんたちが小さな器に載せられたサクランボを客に配りだした。金曜の夕方という時間帯も相まって、客も増えている。

「今日のイベントはサクランボの軸結びゲームです。ルールは単純、ご主人さまたちにはこちらのサクランボを口に含んでいただきます。実の方は召しあがっていただいて、軸の部分をいちばん早く結べた方に、メイドさん誰か一人に〈何でも命令できちゃう特別券〉をプレゼントします! 軸が切れたら失格で、私より早い方がいなかった場合は該当者なしになります」

 えなちゃんはそう言うと片手に持ったサクランボを口に含み、さほど間を置かずに軸を唇から指でつまみ出した。軸は見事に輪を作って結ばれている。この間、約三十五秒。もう片方の手に持ったストップウォッチにもそれに近い数字が示されているようで、客も口々に三十五秒と呟いている。

「ではご主人さま、どうぞ」

 各テーブルでは店員がストップウォッチを手に時間を計り、客はそれぞれサクランボを口に含む。ところが皆、二分ほど口の中でもごもごさせるも途中で軸が切れるか、ギブアップしてしまう。しかもいずれも頬を膨らませたり窄ませたりと見栄えのいい光景でないばかりか、店員の数も客に追いついておらずこちらに来るまでやたらと時間がかかる。

「レギュレーションが悪いな。だいたい、サクランボの軸結びなんて余興でやる店があるのか? 大学の学園祭の方がまだましだ」

 真壁の呟きは辛辣ながら的を得ていた。メイド喫茶といえばジャンケンかビンゴ大会あたりが定番で、こんなゲームをする店など他に知らない。さらに店全体がどことなく素人っぽい雰囲気であるのは僕も感じる。内装には取ってつけたようなちぐはぐさがあり、運営もぎこちないのは確かだ。もっとも首都圏あたりのメイド喫茶もごく一握りを除いては大差なく、地方にあるだけでも十分にありがたいのだから理想の高い要求だった。

 そうしてしばらく店内を見まわしているうち、最後の最後で僕たちの出番がくる。サクランボはおおかた店員が誰かから貰って処分に困った結果、こういう形で客に押しつけることにしたのだろう、とても店売り品とは思えないほど実の形が歪で皮も白い。

「は~い、ご主人さま。チャレンジしてみてください」

 りねあちゃんから手渡され、試しに舌に載せてみると案の定、渋かった。そして実際に舌を使って軸を転がしてみるも、うまくいかないのだ。果実がまだ未熟なせいか、それとも僕が軸の脆いものを引きあてたせいかすぐに切れてしまう。仮に切れなくても、普段から練習している暇人でなければいきなりやれと言われても無理だろう。僕が種と切れた軸を吐きだすと、次は真壁の番になった。

「残念でした~。では最後のご主人さま、どうぞ」

 僕の見るかぎり真壁はかなり不器用であり、よって同じように駄目になるだろうと予想していた。しかしそれはすぐに裏切られた。真壁は何気なくサクランボを口に含むや、明らかに誰よりも早く軸を吐きだしたのである。ストップウォッチはインチキ気味に遅れて止められたものの、それでも三十秒はかかっていない。真壁がこんな他の何にも役に立たない芸の持ち主だとは思わなかった。そもそも知る機会も興味もないが。

「ご主人さま、おめでとうございます~。二十八秒でした~。それでは特別券をお渡しします」

 えなちゃんがハンドベルを鳴らし、一枚の券を手にステージを降りてくる。店内はほんの五秒ほどまばらに拍手が鳴ったきりで、あとはしばらく静まりかえってしまった。八割がた席が埋まっていたとはいえ、先ほどから奇矯な言動を繰りかえす新参者に勝たれて面白いはずがない。客層からして他人に関心のない者ばかりのせいもある。

「これをどうぞ」

 差しだされた券は、一応それらしく表面に光沢のある紙質で〈何でも命令できちゃう特別券〉と印字されていた。これではいかがわしい要求でもできてしまうのではないかと危惧してもう一度よく覗いてみると、「メイドさんに触るのはダメです」「エッチなセリフを言わせるのもダメです」「公序良俗を守ってください」などと隅の方に小さな字で書かれている。もちろん僕はそのような命令は下さないが、不心得者はどこにでもいるものだから安心した。堅物の真壁などはそのような下心を抱くはずもなく、脇目も振らず聞きこみに入るに違いないと予想するうちに、案の定、券を受けとるや無表情のまま言いはなつ。

「では、先ほどの話を。あなたが分からなければ、分かる方を」

 するとえなちゃんは真壁に顔を近づけ、ほとんど耳打ちに近い距離で囁いた。

「あと二十分で休憩に入るので、後で来てください。ここと隣のビルとの間のところに」

 誰がとは明言せず、そのままカウンターの奥へ引っこんでいく。得意な芸で勝負を挑んだつもりなのにしてやられた相手を認めたのか、その際に妙に好意を込めた眼差しを真壁へ送る。やはり再三にわたって鼻持ちならない男だ、と舌を打つ暇もあまりなかった。近くにいた他の客も似たような腹の内らしく、嫉妬まじりの視線が四方八方から注がれていたからだ。おまけに真壁ばかりでなく僕まで共犯のように見られている。かなりの居心地の悪さを感じ、残ったウーロン茶を飲みほしてレジの方に目を向けてみた。

「なあ真壁、早めに店を出ないか?」

「何でだ?」

「だって他のお客さんもいるし。近くのコンビニで時間でも潰そうよ」

「まだ外は寒い。満席でもないから大丈夫だ。時間になってから行こう」

 真壁は頭のはたらきこそ一定のレベルまで戻ったものの、まだ周りの空気を読むには至っていないようだ。僕はできるだけ客から顔を逸らし、窓の外やらメニューやらをぼんやりと眺める。そのまま時間を潰そうとしたが、程なくしてふと気になり訊ねてみた。

「なあ、いつの間にあんな芸を覚えたんだ?」

「最近、ちょっと暇だったから練習していただけだ。最近、久しぶりに漫画を読みはじめて、登場人物が似たようなことをやっていたのもあるし」

 まったくもって奇人そのものの同伴者を立ちあがらせ、ようやく会計を済ませられたときにはそれから二十分ほど経過していた。いったい誰が待っているのか、やはり肌をこんがり焼いたあきのちゃんだろうかと思いを馳せながら階段を降り、指定の場所に足を踏み入れると、僕にとって信じたくない光景が目に飛びこんできた。右手にまだ火のついていないタバコ、しかも紙巻でなく葉巻を握った女の子が立っている。それはよりにもよってえなちゃんだった……。店の中で真壁の要望を聞いたとき誰が来るかを明言しなかったのは、メイド喫茶とリフレを掛け持ちしているのは自分自身だったからに他ならない。

「で、券は?」

 僕たちの姿を見て発した声には、低く棘があった。

「これを」

 真壁が券を差しだすとタバコを指で挟んだまま右手で受けとり、左手でポケットからハンコを取りだし乱暴に押しつけてはまた返す。それから葉巻の端を短くかじるとガラの悪い仕草で地面に吐きすて、同時に左手でポケットからライターを取りだし火を点ける。店内でいつも目にする物腰や立ち居振るまいは営業仕様と理解しつつ、素のそれとここまで落差があることに僕は衝撃を受けた。

「じゃあ、いいわよ。アンタからだったらね」

 口調もまったく違っている。そのくせルールには妙に厳格で、あくまで質問を受けつけるのはゲームの勝者からのみだという。そこに重きを置くならせめて外面くらいは店内同様に取り繕ってほしかったと願うも、メイド服を身に纏ってなお全身から漂う敗者に有無を言わせぬオーラに威圧され、沈黙を余儀なくされてしまう。それにものを訊く気力が急速に失せつつある僕では、その役目を全うできそうになかった。真壁から目で促され、僕は心中でまたも捜査を任せてしまうことを詫びつつポケットからメモ帳を出し一枚だけちぎって渡す。あらかじめ質問事項を箇条書きに記しておいたメモだった。

「まず事前の確認をさせてください」

 いっぽう真壁はなぜか先ほどのくたびれ具合が嘘のように、昨日までとはいかないまでもしゃんとしている。やはり探偵の真似事をしている方が性に合っているのか、もしくは僕の落胆した姿を見て気をよくしたのだろうか。とにかく妙に手際がいい。

「あなたは同じ建物にある、隣のマッサージ店で働かれている。間違いありませんね?」

「そうよ。アタシがここにいるんだから分かるでしょ」

 その答えを聞いた僕は、さらに落ちこんだ。先ほどの時点でえなちゃんがリフレに勤務している事実は示されたも同然だったが、当人の口からこともなげに肯定されてはいよいよ愕然とする。かたや平然と質問に入る、性愛感情の未発達な真壁が羨ましい。

「では本題をお訊きします。そちらのお店では、単にマッサージをされるだけですか?」

「基本的にはそうよ。耳かき、膝まくらとか」

 ああ、やっぱりか。基本的には、と注釈をつけるのには確実に理由がある。

「というとそれ以外のこともされるわけですか」

「ええ。知ってると思うけど、お客さまのご要望に応じてしてるわよ」

 僕の勝手な希望ながら、えなちゃんだけは肌が触れあうリフレで働いてほしくなかった。それなのにいとも簡単に、いかにも面倒臭げに回答されるとは。もう僕にも分かる。これは間違いなくやっている。おそらくあんなことやこんなことまで……。もう駄目だ、もう実情は掴めたから止めてくれと胸の内で叫ぶも、声にできない以上は伝わるはずもなく質疑応答は続く。

「その要望というのは、お店で認められているのですか?」

「そんなわけないでしょ。それぞれ個人で決めてやってるだけよ」

「具体的には、要望とはどんなものですか?」

「私に言わせるつもり?」

 えなちゃんは目尻をいっそう鋭くつり上げ、葉巻を咥えては口から離して紫煙をくゆらせた。表情から察するに苛ついてもいるようで、昨日の女王さまとはまた違った形で、よそからどうこう指摘される筋合いはないといった風にこちらを威嚇してくる。理屈としてはよく風俗店の適法性を論じる際、男女が自由恋愛において行為に至った云々という解釈になろう。一時的に精神的ショックの薄れた僕は、目眩を覚えながらどうにか二人のやりとりを把握しようとメモ帳にボールペンを走らせた。真壁は相変わらず動じていない。

「いわゆる性的サービスと解釈してよろしいですか?」

「そうね」

「お店からは認められていないにも関わらず、それらのサービスを提供している」

「何なの? ゆするつもり?」

「そういうつもりはありません」

「店にチクってもいいけど無駄よ。半分そのつもりで個室も作ってるんだし、客だって最初からそれ目当てで色んな要求を持ちかけてくるんだもの」

「つまり逆の言い方をすれば、個人によって限度に差はあるでしょうが、金額しだいで色々な要望ができる。間違いありませんね?」

「間違いないわ」

 何だかさっき言われたとおり、きっちり料金設定されている昨日のSMサロンの方が良心的な気がしてきた。業務上、正規に行為を認めるか否かという点を含めればなおさらだ。ともかくここからが本題である。真壁が声に力を入れるのを聞き、萎える気力を奮いたたせて何とか会話に集中した。

「ではお訊きします。最近、マッサージ店で身体を縛りたいというような要望はありましたか? または、そういった話を聞きましたか?」

 えなちゃんは何か思いだすように、しばらく中を眺めたあと小さく頷く。

「別の娘から聞いたことあるわね。半月くらい前かしら」

「半月ですか?」

「そう、時期は半月まえで間違いないわ。マニアックな要求だったから噂になってた」

「具体的にはどんな要望でしたか?」

「まずは服の上から亀甲縛りをさせてくれ、それから下着姿で亀甲縛りをさせてくれ、その上から服を着てくれなんて言いだしたの」

 亀甲縛りと聞いては僕も自身が失望したことを忘れ、意識を傾けざるを得ない。やはり犯人はここに来ていたのだろうか。真壁はえなちゃんの顔をじっと見つめた。

「その要望には、応じたんですか?」

「かなりの額を持ちかけられたけど、断ったみたいよ。当たり前ね。私だってイヤだもの」

「それ以前や、以降に同じようなお客さんが来たことは?」

「私は見たことないし、聞いたこともないわ。噂だってそれっきり」

「そうですか……では最後に。その方が、どこの誰かはご存じですか?」

 捜査をする側からすれば当然の質問も、その道のプロからすれば非常識らしい。えなちゃんは僕たちへあからさまに馬鹿にしたような目を向ける。

「アンタたち、一回くらいうちの店(リフレ)に来てみた方がいいんじゃないの? ホテルじゃないんだし、そんなの言う必要ないわよ。わざわざ自己紹介する客がどこにいるの?」

 具体的な情報を得るのは元から困難であり、ましてや顧客情報を何の見返りもなく要求するのは虫のいい考えと自覚しつつも、どうやら僕たちはそれ以前の問題らしかった。余暇の大半を自室でのアニメ視聴に費やし、外出して足を運ぶのはメイド喫茶くらいで風俗はもちろん類似の施設すら利用しない僕はそちらの世界における常識が決定的に不足していた。えなちゃんの指摘はごもっともで、同時に趣味趣向の偏りがあるのは好ましくないものだと痛感する。もはやこれ以上の聞きこみは無用だと即時に覚った。

「そうでしたね」

 おそらく同じく風俗関連には疎いであろう真壁も、ばつが悪そうに呟く。せめてどちらかが夜遊び好きなら見落としもなかっただろうが、不幸にもその点に関しては二人とも真面目だった。えなちゃんは僕たちのそうした部分も嘲るように見つめ、大半が灰になった葉巻を路上に捨て、足で踏みつぶす。それから口臭対策と思しきタブレットを飲みこみ、次いでポケットから取りだした携帯用の消臭剤をコスチュームに振りまく。店に戻る前にタバコの痕跡を徹底的に消しさるあたり、プロと称賛すべきだろう。もっともこんなプロ意識など目にしたくもなかったが。

「ありがとうございました」

 真壁が捜査終了を告げると僕もメモ帳とボールペンをしまい、二人して頭を下げる。そしてこの場を立ちさろうと背を向けたところで、えなちゃんから声がかかった。

「ご主人さま、行ってらっしゃいませ」

 聞こえたのは、いつも耳にする営業仕様の声だ。試しに後ろを振りむいてみると、表情も同じく営業仕様に戻っている。休憩時間が終わった途端に素の姿を封印するのはさすがだが、果たしてこれで客商売が成りたっていると言えるかは甚だ疑問だ。僕は形だけ手を振って応えてはみたものの、正直、次に会ったときどんな顔をすればよいか悩んでいた。少なくとも当面、元のようにこの店を楽しむのは難しいだろう。

 それから再び前を向き、スマートフォンを手に取ると画面の日付が目に入った。当たり前ながらタイムリミットが少しずつ迫っている。質問通告締切まであと三十二日。

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