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こちら子ども電話相談室  作者: 新宮義騎
17/42

三 無敵の人 ②

 なるほど、ここ火床市は地方都市にしては珍しくメイド喫茶がある。僕は納得できたが、真壁は予想もつかないといった風の顔でいた。

「まったく結びつかない、とは思いませんが」

「M男は用がないでしょうけど、S男はあの衣装見たさに行くの。いわゆるご奉仕されるシチュエーションを楽しむのね。私たちの業種にも、メイドのコスチュームを用意するところはいっぱいあるから」

「しかしメイド喫茶といっても、せいぜい見るだけではありませんか?」

「そんなことないらしいわよ。表向きはジャンケンとか簡単なゲームをするだけに留めてるけど、裏でもっときわどいことしてるみたい。ずっと前から問題になってるでしょ。それこそ風営法の許可も取らないで膝枕とか耳かきとかやってるの。ちなみにそこのお店が無許可だって話じゃないわよ。個室でいろいろやってるって意味ね」

「そういう店が市内にありましたか。秋葉原ならともかく」

「それがあるのよ」

「でもその店に、ここに相当するようなサービスがあるかどうか……」

「私は喫茶店の方に一回お邪魔しただけだし、これからもその予定はないけど、実際に行ってみたら分かるんじゃないの?」

「そうです、そうします」

 真壁は下心や興味本位ではなく、どうやら本気で事件解決のためにメイド喫茶へ足を運ぼうとしているようだ。そうして奇妙にも真面目な顔をして考えを巡らせる間に、今度は女王さまの方から声がかかった。

「ところで、途中かも知れないけど今度はこっちの質問に答えてくれるわね?」

「ええ、まあ」

 真壁が小さく頷くと、カウンターの向こうからウイスキーの水割りが出される。ごくごく簡単なつまみも付いて、僕の前にも静かに置かれた。

「はい。でもこれは」

「電話で話したでしょ? 千々石さんたちはあくまでお客さん。プレイをしろとは言わないから、せめてこっちからの質問にも答えて飲み代も払う条件のはずよ」

「そうでしたね」

「安心して。別に下剤とか自白剤とかは入れてないから」

 ここまで話をする限りは、女王さまはある程度は信用できる相手のように思える。真壁も僕もちょっとだけ口をつけた。特に店内でのやりとりを記録しなければならない僕は量を控え、真壁と女王さまの質疑応答に引きつづき耳を傾ける。

「じゃあ訊きたいんだけど、千々石さんはあのお地蔵さまへのイタズラはどう考えてるの? どれくらい私が関わってると思ってるの?」

「単刀直入にお答えしますと、こちらのお店を疑ってはいません。というのも、お地蔵さまへのイタズラの仕方があまりにあからさまだからです。まったく同じ業種の店は市内には他にないわけですから、もしこのお店の方が犯人だとすると亀甲縛りというのはほとんど犯行を自白しているようなもの。深夜から未明にかけてという犯行の時間帯も、このお店の営業時間と重なってしまいます。つまりイタズラをする日は、誰か最低ひとりは犯行のために拘束されることになる。最近になって始めた動機が巴小の移転がらみだとしても、考えられるのは先ほどお話に出た風営法との関連です。この問題はご存じですか?」

「知ってるわ。でも仮に小学校が引っ越しするにしても、うちが移転させられる謂われはないわよ。だって風営法で定められた距離は十分に取ってるし、そもそもこっちが先にお店を開いてるんだもの」

「まったくその通りで、だからむしろこのお店を陥れようとしている人物が犯行に及んだと考える方が自然なんです」

「それはありがたいわね」

「ただ誤解を恐れずに言えば、こちらのお店に出入りしているお客さまの中に、そうした人物がいるかも知れないとは考えています。もちろん絶対ではないにしてもです。そこでまた質問させていただきたいのですが、どういった方がここに来られますか?」

「あんまりはっきり言えないんだけど、けっこう社会的地位の高い人が多いわ。社長さんにお医者さん、弁護士に大学の偉い先生とか。今日きてる方もみんな経済的に余裕のある方たちよ。だってこういう遊びにお金をかけられるんですもの、当たり前よね」

「なぜですか?」

「そりゃ、普段の生活でやたら他人から尊敬されたりするからよ。肉体的にも精神的にも、ある種の痛みが欲しいのね。だからうちで遊んでいくの。そういう方は圧倒的にMが多いわ。中には逆の人もいるし、稀に両方やりたがるリバーシブルの人もいるけど」

 どの情報も初耳で、特に客層が意外だが来店理由にはそれなりの根拠があるように聞こえる。隣の客が渡してくれた料金表を見ると、さらに納得できた。基本コースがSコースもMコースも九〇分で二〇〇〇〇円、オプションは足枷と首輪がそれぞれ二〇〇〇円、ロープで三〇〇〇円、ロウソクとなると五〇〇〇円……。これは高い! たしかに相応の経済力がなければ無理だ。

「ちなみに仮定の話ですが、いつもはされる側のM男でも自分から誰かに亀甲縛りをできるようになりますか?」

「ちょっとコツを覚えれば簡単よ。練習すればどんな人でもうまくなるわ」

「だいたい何分くらいかかりますか?」

「相手が抵抗しないっていう条件つきで、慣れれば一、二分」

 撮影された動画でも、犯人はその範囲内で亀甲縛りを終えている記憶がある。あの技能のみをもって人物を特定するのは難しそうだ。

「ではお客さんの中に、このお店を逆恨みするような方はいらっしゃらないのでしょうか。先ほど競合相手についてお訊きしたのは、そういったこともあるのですが」

「なるほどね。プレイの最中、やりすぎて嫌気が差した、そういうお客さまがいないとは限らない……さいきん顔を見ない方もいるわ。でも、大体ひょっこり顔を出すのよね。何しろけっこうお歳の方が多いから、色んな事情で来られない場合もあるの。ああ駄目ね。そう言われると心当たりが多すぎて、誰が怪しいんだか分からなくなっちゃう。私は誠心誠意、心を込めて加減を調整してるけど、他の娘はどうだか……」

 女王さまの反応から、真壁が言わんとするように亀甲縛りをするのがS男ではない可能性もあるように思える。ここに出入りするうち、その発想をもってM男がイタズラをしたとしてもおかしくはない。それにたとえ合意の上で始め、片方が死ぬような目には遭わなくても、いわゆる江戸川乱歩の『D坂の殺人事件』のような行きすぎた行為が発生し、理不尽な恨みを抱くに至ったとしたらどうか。もしくは別業者のサービスを快適と感じ、この店を陥れようとする人物が現れたとしたら。真壁の示唆は強い説得力をもって受けとられたと見え、女王さまは黙りこんでしまった。本来なら聞きこみの進行具合を評価したいところだが、店内の空気がこうも気まずくなっては喜んでばかりもいられない。

 現に、先ほどのスキンヘッドがこちらを睨んでいる。今のところは調子のいい真壁も、うまく話を変えるなどの機転はすぐには利かせられない。こういったときフォローに回るのが補助の役目だ。これまで自己紹介以外、ほとんど黙っていた僕は機を見て口を開く。

「ところで普段は皆さん、いつもこんな感じでお酒を飲まれているんですか?」

「お酒を飲んで話をするだけのときもあるわよ」

 さすが長く客商売を続けているだけのことはある。店内の不穏な空気を感じ、女王さまはすかさず別の話題に乗りかえた。

「でも、プレイがあるときは違うの」

 それからカウンターを離れ、僕や他の客たちの背後へと歩いていく。そしてそこに張られていた黒いカーテンを左右に開くと、今まで隠されていたスペースが姿を現した。一段たかいステージのような場所に年季の入った三角木馬が置かれ、壁の中央には枷が据えつけられ、両袖には各種の鞭まで掛けられている。床にこびりついている染みは溶けて垂れおちた蝋か、遊戯中に客が排泄した体液か何かだろうか? ここで時に公開でプレイが行われると考えると、店内に流れるクラシック音楽がやたら変態的に聞こえてきた。

「この部屋がお出ましになるのよ。カーテンを閉めたり間仕切りで人目を遮断するときもあるし、他のお客さんに公開してプレイするときもあるわ。もちろん要望によっては完全に別室へ行くときもあるの」

「そうなんですか」

「想像できる?」

「いや、やったことがないので、ちょっと……」

 僕が女王さまの問いかけに詰まっていると、他の客から茶々が入った。

「何なら兄ちゃん、試しにやってみるか?」

 また腹が立つことに、いつの間にか真壁も客と一緒に僕をけしかける側に回っている。

「広瀬くん、今日のところは僕の仕事は終わった。君は退屈だったろうから、ここがどんなお店か是非ともひとつ体験してみせてくれたまえ」

 店内がどっと笑いに湧きたった。いじられ役にされはしたが、微妙な空気が和んだのであれば悪い気はしない。女王さまも客のリクエストに応えるつもりはないようで、すぐにカーテンを閉めカウンターに戻ってくれた。

「サービスは、ただではしてあげられないからね」

「それは残念です。私もいわゆる最中の光景をはじめてお目にかかれると思っていたのに」

 場の雰囲気が元に戻ったのを見はからい、真壁は話を本筋に戻す。僕もひとまず身の危険が回避されたのに安堵し、捜査が進むのを幸いに僕は三たびボールペンを握る。

「でも、私たちとしても十分なサービスをいただいていますよ」

「どういうこと?」

「昨日のお電話一本でこうして調査に応じていただいている、もうそれだけでありがたいお話です。それにしてもお地蔵さまの件はこのあたりの方もご存じのはずなのに、なぜこんなに、おかしな言い方をすれば大っぴらに協力してくださるのですか?」

「答えは簡単。私が何もしてないからよ。後ろめたいとこなんか一つもないから、こうして質問されたってお客さんの前で答えられるの。逆に今日の話を色んな人に言いふらしてほしいくらいだわ。そうすれば、誰だって私を潔白だって信じてくれるでしょ? だって本当にやってないんだもの」

 女王さまの答えは十二分に頷ける。例の事件との関与を疑われて当然の身だからこそ、敢えて僕たちの捜査をこれ見よがしに受けて無実を喧伝する狙いがあるのだ。少なくともここにいる四人の客は、店を擁護する立場だろう。その点で目的はある程度、達成されている。ただし本当に潔白か否かの判断を下すのはまだ早い。真壁の反応も淡泊だ。

「分かりました」

「ひどいわねえ。やってませんね、とは言わないのね」

「何しろお地蔵さまをあんな風にした犯人が捕まっていませんから。色々な可能性を考えなければいけませんので」

「嘘でもついてた方が得だと思うけど。でもそういうの嫌いじゃないわよ」

 相手が誰であれ、気に入られておいて損はない。ましてや事件の性質からして、ここに足を運ぶのが一度で済むとは限らない。このまま機嫌を損ねず話を終えられそうだ、と思った矢先に予想外の質問が飛んできた。

「ところで千々石さん、思いだしたんだけど、こないだ新聞に載ってなかった? 遺跡の発掘とかしてたでしょう」

 おそらく女王さまの頭にあるのは、去年の会議に出ていた千々松だ。真壁はこれを目論んで偽名を使ったに違いなく、実に滑らかな口ぶりで応対する。

「ご存じでしたか。恐縮です」

「でも、写真ではこんなお顔してたかしら?」

「白黒の写真では、あんなものでしょう」

「それと、こんなに若いのに落ち着いてるなんてすごいわね。慣れてるって言った方がいいのかしら。普段は何をされているの? 何だか探偵さんみたい」

 しまった。真壁はあまりに堂々としすぎた。鈍さを活かしていかにもそれらしく振るまったせいで、余計な疑問を持たれてしまった。僕たちは仏像愛好会を装う以上の示しあわせはしていない。

「ただの勤め人です。ただ祖父は探偵事務所で働いていた時期があるようで」

 真壁はすらすらと、口から出任せどころか真っ赤な嘘をつく。慣れてると言われたのだから適当に相づちを打つ程度に留めておけばいいものを、調子に乗ってやりすぎてはボロが出るのがオチだ。だいたいこの辺りに探偵事務所があるかどうかすら怪しい。僕はかすかに胸の動悸を感じたが、それは取り越し苦労に終わるようだ。

「そうなの! お祖父さんが探偵さんなのね。やっぱり、ジッちゃんの名にかけて、とか言ってみたりするの?」

 よく考えれば、探偵事務所のお世話になる人はそう多くない。女王さまは僕たちを微塵も疑っておらず、むしろ乗り気でポーズまで決めてみせる。真壁の返しも得意げだ。

「いえ、言いません。それにあまり際どいお話はお控えいただいた方がよろしいかと。そのキャラクター、大元の作品のご遺族に無許可で血縁関係を示唆してしまったものですから、後になって関係者が色々苦労されたようですし……」

「そうだったわ。トリックの無断引用もやらかしたのよね」

「ですからそのお話はこの辺で。あと、最後にもう一つだけ……」

「ずいぶん入り混じってるわね」

「どうしてお店の名前が〈シャラントン〉なんですか?」

「かの文豪、マルキ・ド・サドが最期に収容された精神病院の名前だからよ」

 SMの由来くらいは僕も知っている。サドとマゾの頭文字を並べた略称だ。サドの語源はマルキ・ド・サド、通称サド侯爵に端を発する。十八世紀半ばにフランスに生を受け、主に文学作品を通して加虐性欲の存在を世に広めた。なお、被加虐性欲を差すマゾはサドと対を成す概念として、オーストリアのザッヘル・マゾッホにより後に提唱されている。いわばサド侯爵が文化活動を行わなければ、今日知られるキャッチーなSMという言葉は生まれなかったかも知れないのだ。

「昔は、ここみたいな普通の人と違う趣味趣向の持ち主は精神病院に入れられちゃってたのね。でも今はそういうことはないわ。いい時代よ。さしずめここは、世が世ならそういうとこに隔離されてた人が集まる場所ってわけ」

「そうでしたか。よくお考えになったのですね」

「やっぱり自分のお店だもの、付ける名前にはこだわりたいわ。少なくとも他のお店だって何かしら理由くらいあるんじゃないかしら」

 店名は、女王さまなりのそれこそ洒落の利いた諧謔というわけだ。安易な命名などと決めつけてしまった自分が恥ずかしい。僕のハンドルネームなどより遥かに凝っている。

「でも本当は、収監されたサン・ラザール監獄あたりから名前を取ろうか迷ったのよ」

「サド侯爵って、牢屋にまで入れられたんですか?」

 僕は思わず口を差しはさむ。余暇の大方がアニメに向けられる典型的な日本人であるがゆえに、未知の知識だった。大学で専攻したのは国文学であり、西欧文学はせいぜい一般常識レベルを習得したきりで終わってしまっている。

「知らなかったの? まあ、普通はあんまり教わらないわよね」

「失礼しました。なにぶんこちらは勉強不足なもので」

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