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1.3-01 アルクの村の工房1

 月が沈んだ後の空を、ゆっくり北に向かって進んでいくワルツ。

 その脇には、2人の狐娘の姿があって……。その内、意識のあった、ワルツよりも背の高いカタリナは、そこから見える景色を眺めながら、僧侶らしくこんなことを考えていた。


「(死んだ後に魂が帰る場所がこんなところだったら……それはそれで悪くないですね……)」


 頭の上で輝く無数の星々、眼下に広がる柔らかそうな雲、そしてその隙間から見える光の点の数々……。そこから見える景色のすべてが、彼女にとって、印象深いものだったようだ。

 

 そんな光景を眺めていると、彼女の脳裏に、今日一日の出来事が浮かんでくる。


「(本来、死ぬはずの人が……助かるなんて……)」


 首から下を真っ赤に染めて、意識無く地面に崩れ落ちていた狩人のことを、いとも簡単に救って見せたワルツ。その様子は、これまで僧侶として回復魔法を使い、勇者や人々を救ってきたカタリナにとっては、異常としか言いようのない光景だった。

 とはいえ——


「(……世界には、あんな人の救い方があるなんて……)」


——カタリナが感じていたのは、憎悪でも嫌悪感ではなく、希望。

 回復魔法を持ってしても救えなかった者たちのことを、これまで数多く見送ってきた彼女にとって、一般的には悪魔的とも言えるワルツの行為は、嫌悪するどころか、むしろ歓迎すべきものだったようである。『助けたい』あるいは『助けてほしい』という叫びの前では、正義も悪も存在しないことを、彼女は誰よりもよく知っていたのだ。


「(もっと多くの人たちを救えるようになりたいです……。でも…………いえ。悩んでも仕方ないですね。……うん!)」


 自分を突き動かす強い思いに身を委ね、そして揺るがない決意を胸に抱いて……。

 カタリナは、決心した様子で、その口を開いた。


「ワルツさん……」


「うん?お花摘m」


「私のことを弟子にしてください!」


「……え?」


「ですから、私のことを弟子にしてください!」


「…………」


 そして固まるワルツ。

 

 その際、ワルツが墜落しそうになったのは、彼女の不注意が悪いのか、それともカタリナの突拍子もない頼みが悪いのか……。



 その翌日の朝。


 ワルツたちは、よく見慣れた村にいた。そう、アルクの村である。ようするに、ワルツは、昨日の夜の内に、ルシアとカタリナを連れて、自分の工房(予定)があるアルクの村へと戻ってきていたのだ。


 狩人たちには、まるで今生の別れのようなことを口走っていたワルツだったが、彼女は自身の要求通りに放っておいてもらえるなら、このままアルクの村で工房を構えても良い、と考えていたらしく……。しばらくの間、伯爵たちの様子を静観することにしたのである。

 現状、ほぼタダで食事を提供してくれる酒場の店主の存在や、向こうから勝手に買い付けに来てくれる錬金術ギルドの存在など、この村にいることで得られるメリットが多くあったので、ワルツとしては、可能な限り、この村から動きたくなかったようだ。


 まぁ、それはさておき。

 朝である。


 先にリビングにいたワルツの元へと、今日もルシアがやってくるのだが……。そんな彼女はこれまで通り、眠そうな顔を——していなかった。


「……お姉ちゃん……何かおかしい……。なんで私、家に帰ってきてるの?!しかも、起きたら、隣でカタリナお姉ちゃんが寝てるし……」


「話せば長いことが、色々とあったのよ。まぁ、端的に言うと……狩人さんの看病に疲れてルシアが寝ちゃってたから、起こしたら可哀想かな、って思って、そのまま起こさないようにそっと飛んで、夜の内に村まで帰ってきた?」


「そっか……うん。それで、ここにいる理由は分かった。でも……カタリナお姉ちゃんが、隣で寝てたのだけは解せないけど……」


 なぜ、自分のベッドでカタリナが寝ていたのか……。その一点だけが、どうしても気に食わなかった様子のルシア。

 この家にはベッドが2つしか無いことと、横になった際の専有面積のことを考えるなら、消去法的に誰がどのベッドで眠らなければならないかは明らかだったのだが……。それでも、ルシアとしては、カタリナに、自身のベッドで一緒に眠ってほしくなかったようである。

 とはいえ、それは、彼女がカタリナのことを嫌っていたから、というわけではなく、それ以外にどうにもならない大きな理由があったためなのだが……。説明すると長くなるので、ルシアは寝相が悪い、とだけ述べておこうと思う。

 

 それからまもなくして、今度は、カタリナが起きてきた。


「ワルツさん、それに……ルシアちゃん。おはようございます。昨日は何というか……すごく幸せでした……」ぽっ


「うぅ……」ぷるぷる


「私は……何も見てないわ……」


 と、言いつつも、昨晩、ルシアが、カタリナのことを抱き枕のようにして眠っていた姿を思い出さなくもなかったワルツ。

 ただまぁ、そのことに触れると、色々と面倒な事になると思ったのか……。彼女は話題を変えるかのようにして、カタリナに質問した。


「あれ?カタリナ?貴女、僧侶っぽい服以外にも、そんな服、持ってたのね?」


「あ、はい。それはもちろん、普段着も持ち歩いてますから。私のバッグ、空間拡張のエンチャントが掛かってて、見た目よりも沢山の荷物が積み込めるようにできてるんですよ?」


「なるほどねー(狩人さんのバッグも同じようになってたけど、それと同じ、って訳ね)」


 と、ワルツが、武具屋で身につけたエンチャントの知識を思い出しながら、”空間拡張とは何か”という物理学的な解釈を考えていると——


「あ、そうだ!お姉ちゃん、買ってきたお洋服は?」


——未だ下着姿だったルシアが、部屋に荷物が無かったことを思い出したのか、ワルツに対し、そんな質問を投げかけた。


「あー、ごめんごめん。はいこれ」ガコン


「ありがとうお姉ちゃん!お洋服〜♪お洋服〜♪」


 そう言って、直前までの表情とは打って変わって、鼻歌交じりに、その場から走り去っていくルシア。どうやら彼女は早速、ファッションショーをするつもりのようだ。


「ワルツさんのそれ……どうなってるんですか?」


「え?これ?カーゴコンテナよ?でも、あまり気にしちゃダメよ?」ガコン


「はあ……(アイテムボックスとは違うし……どんな原理になってるんでしょうか?)」


「さて、カタリナ?起きたばかりで申し訳ないんだけど……出かけるわよ?」


「えっ……?」


 こんな朝っぱらから、一体どこへ行くというのか……。

 カタリナには分からない事だが、ワルツが朝にこの村でやることなど、ただ2つだけである。すなわち、狩りをするか、酒場で食事を摂るか、の2択だ。


 尤も、そのうち片方は、主役がまだ帰ってきていないので、やろうにもできないのだが。



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