1.2-03 町への旅3
――鬱蒼。
そんな言葉では表現しきれないほどに、大量の木の葉で空が覆い尽くされていた森の中。
そこを歩くこと、約2時間。
森を抜けるまでの行程としては、大体半分、といったところだろうか。
そんな森は、特殊な木が大量に群生していたことが原因で、葉の密度が異様に高くなっていたようである。
群生地帯の面積も非常に大きく、森を迂回しようにも、それだけで1日ほど時間が掛かってしまうようで……。
旅人たちは、仕方なく、唯一森を貫いていたこの道を往来していたようだ。
ただ……。
街道を歩くワルツたちが、誰かと顔を合わせることは、未だ無く……。
そればかりか、魔物の姿すら見えない、といった異様な雰囲気が、そこには漂っていたようである。
尤も、魔物がいない原因は、例によって例のごとく、ワルツにあるようだが。
「うーん……。なんか、嫌な予感がする……」
「うん?どうかしたの?狩人さん」
周囲をしきりに眺めては、眉を顰めていた狩人に対し、首を傾げながら問いかけるルシア。
すると狩人は、彼女らしい言葉を口にした。
「これだけ長い間、森の中を歩いていたら、普通、魔物の1匹や10匹くらい出てきてもおかしくないと思うんだ……。だけど……ルシアも分かっている通り、まったくいないんだよ……。それに、私が変な事を言ってる、って思うかもしれないけれど、今日もなんか……背筋に、こう、ゾクゾクっと冷たいものを感じるんだ……。これは絶対、何かあると思う……!」びくぅ
「そっかなぁ……(多分、お姉ちゃんが原因だと思うけど……)」
内心でそんなことを考えながら、ルシアがワルツの方を振り向くと……。
その視線の先で、ワルツが少々焦り気味に、こんなことを口にした。
「あ、あれじゃないですか?盗賊たち。彼らがこの辺にいた魔物を全部狩っちゃったとか……(まぁ、100m以上離れた場所にはいるみたいだけどね?魔物……)」
「いや、まさかそんなわけ……」
と言いながら、ワルツとルシアのことを一瞥して……。
何故か苦々しい表情を浮かべる狩人。
そんな彼女は、頭の中で、こんなことを考えていたようである。
すなわち――盗賊たちの中にも、ワルツやルシアのような異常な魔力(?)を持った者たちがいるのではないか、と。
それからしばらく歩いていると、今度はルシアが何かに反応した。
「……あ。魔物さんが倒れてる……」
彼女は、暗い森の中で、息絶えた魔物の姿を見つけたようだ。
魔物の名前はルシアには分からなかったが、アルクの村周辺で狩りをした際にも見かけたことのある、背中から触手の生えた鹿のような見た目の魔物である。
「テンタクルディアか……。よく見つけられたな?」
「んーと……お花を見てたら偶然見つけた?」
と言いながら、倒れていた魔物から、視線を逸らしてしまうルシア。
狩りで殺生する場合はそれほど嫌悪感を感じないようだが、既に死んでいる魔物を、さすがにジロジロと見る気にはなれなかったようである。
ただ、ワルツと狩人は違ったようだ。
「まだ倒れて間もないみたいですね……」
「だろうな……。こんな森の中で死体なんか転がってたら、すぐにみんなの餌食だろうし……」
「死因は……鋭利な刃物で刺されたことによる失血死?」
と、血まみれの状態で倒れていた魔物の姿を見て、そう口にするワルツ。
どうやら魔物は、病気で死んだわけでも、馬車に引かれて死んだわけでも、同じ魔物に襲われて死んだわけでもなく――
「誰かに斬られて……そのままここに放置されたのか?!」
――ということのようだ。
「なんて勿体ない真似を……」
「いや、ダメですよ?狩人さん。何時死んだのかも分からない魔物の死体を持ち帰るとか……」
「あ、あぁ……分かってる。分かっているさ……」ぷるぷる
「「(絶対分かってない……)」」
死んだ魔物を前にして、小刻みに震えていた狩人に対し、複雑そうな表情を向けるワルツとルシア。
それから2人が、構いきれない、と言わんばかりの表情で歩き出すと……。
ようやく諦めが付いたのか、狩人もその後ろを追いかけてきたようである。
そして、狩人が、ワルツたちに並んだ――そんな時だった。
「……ん?人?」
今度はワルツが、街道の先に、人の姿を見つけたらしい。
「確かに人だな……」
「今日、初めて会う人じゃない?」
その様子を見て、笑みを浮かべながら、それぞれ、そう口にする狩人とルシア。
ここまでの旅程の中で、未だ人と会っていなかったためか、反対側から歩いてきた者たちの姿を見て、3人とも少しだけ驚いていたようである。
そんな彼女たちの視線の先にいた旅人たちは、全部で5人いて……。
皆、身だしなみは整えており、男性だけでなく、女性の姿もあった。
その格好は、まさに”冒険者”。
薄っぺらい普段着で冒険者を語るワルツとは違い、正真正銘、本物の冒険者のようだ。
狩人曰く、この森には盗賊が住み着いている、という話だったが……。
絶対に”盗賊ではない”とは断言できないものの、可能性としては限りなく低くそうである。
「(えーと?挨拶とかした方がいいのかしら?)」
彼らの姿を眺めながら、そんなことを考えるワルツ。
村の中では、村人に対して、軽く会釈をしていた彼女だったが……。
こう言った場面は初めてだったので、内心で戸惑っていたようだ。
だが……。
その悩みは、早々に意味をなさなくなる。
それも、ワルツが考える中で、最悪に近い展開によって……。




