1.1-15 村9
しばらくして。
かなりの量の鉄鉱石が、トンネルの外に溜まってきた頃。
ワルツたちは穴蔵から外へと移動して、次なる作業に着手したようだ。
「さーて……それじゃ次の作業なんだけど、その辺に生えてる木を炭にして、それとこの鉱石を一緒に砕いて混ぜてから、加熱するわよ?」
「えっ?炭?炭って……あの黒くて、よく燃えるやつ?それとも文字を書く時に使うやつ?」
「んー、多分、両方とも同じものだと思うけど、ルシアにとっては”燃える方の炭”、って言ったほうが分かりやすいかしらね?」
と、ルシアの質問に対し答えた後で。
ワルツは近くにあった大木に近寄って……。
それを手で掴むと、まるで大根や人参を地面から抜き取るようにして――
ズドォォォォォン!!
と、軽々と引っぱり抜いてしまった。
「まぁ、テストに使うなら、こんくらいの量でいいでしょ。で、ルシア?これ燃やせ……ん?」
「…………」ぽかーん
「えっとー?ルシア?息してる?」
「…………はっ!」
「ダメよ?ルシア。作業中にボーっとしたりしたら……」
「う、うん……(やっぱり、お姉ちゃん、理不尽……)」
手に持っていた大木を振り回しながら、頬を膨らませていたワルツに対し、微妙そうな表情を浮かべて、頷くルシア。
そんな彼女に対し、ワルツは、改めて問いかけた。
「で、ルシア?この木を燃やせる?」
「うん。火魔法を使えば燃やせると思うけど……生きてて湿ってる木だから、ちゃんと乾燥させないと、焚き火みたいには燃やせないと思うよ?」
「えぇ。それはかまわないわ。それに多分だけど……燃えないと思うし」
「えっ……」
『燃やせるか』と聞かれて、『燃やせる』と答えると、『燃えない』と言われて混乱するルシア。
一体、ワルツは何を言っているのか……。
ルシアの頭の中は、そんな疑問で一杯だったようである。
それが分かっていたのか……。
ワルツは苦笑を浮かべると、こう答えた。
「これね、ちょっとした実験なのよ。空気中で物が燃えるためには酸素が必要になる……って言っても分かんないわよね……」
「うん?」
「別の話で例えるわ……。えっと……火の付いたローソクがあるとするじゃない?それにコップ……酒場にあるようなジョッキを上から被せたらどうなるか……分かる?」
「……ジョッキが……燃える?」
「まぁ、アレ、木製だしね……。じゃなくて、ジョッキは燃えないし、それに濡れてもいないとして、そんなジョッキでローソクを包み込んだら、燃えてる火はどうなるか、ルシアには分かる?」
本来なら、透明なガラスのコップを、火の付いたロウソクの上からゆっくりと置いたら、その中にあるロウソクの火はどうなるか、と問いかけたかったものの……。
この世界に来てからというもの、未だ透明なコップというものを見たことがなかったので、ワルツには回りくどく問いかける他なかったようだ。
するとルシアは、その質問に対し、首を傾げながらこう答えた。
「どうしてかは分かんないけど……消える?」
「そう、消えるわ。空気の中にあった炎を作る成分が、ジョッキを置くことで遮られちゃうからよ?」
「ふーん……ここに火を作る成分、っていうのが浮かんでるの?」
「えぇ、そうよ?その成分――酸素って名前なんだけど、火が燃えるためには、空気の中にある酸素が必要なのよ。だけど火が燃えている間は、少しずつ酸素を使っちゃうから……ジョッキを被せると、ジョッキの中にある酸素がその内なくなっちゃって、ロウソクの火が消えちゃうってわけ」
「ふーん……何となくは分かったかなぁ?」
「今度、ちゃんと説明するわね。で、話を戻すと……私が魔法のようなものを使って、空気に細工をして、酸素が供給されないようにするから、ルシアはこの木を燃やしてもらえるかしら?」
「えっ……でも、さっきの話だと、燃えないんだよね?」
「そっ、燃えないわ。燃えないけど……きっと面白いことが起こると思うわよ?」
「…………?」
やはりワルツが何を言っているのか分からず、怪訝そうな表情を浮かべて、首を傾げるルシア。
その間にもワルツの準備は整ったようで……。
彼女は宙に大木を浮かべると、ルシアに対して、こう言った。
「いつでも良いわよ?」
「……ねぇ、お姉ちゃん?」
「ん?何か分からないことでもあった?」
「うん。どうしてこの木……浮いてるの?」
「…………ダメよ?ルシア。細かいことを気にしちゃ……」
「……う、うん。そうする……」
今朝から、色々なものが宙を浮いていることを思い出しながら、微妙そうな表情を浮かべて、大人しく頷くルシア。
それから彼女は、色々な疑問を拭い去るようにして、両手を宙に浮いていた大木へと向けると――
「……じゃぁ、いくね!」
ドゴォォォォォ!!
と、これまでにないくらいの大出力の火魔法を行使し始めた。
結果、ワルツの目論見通り、大木は燃えること無く……。
温度だけが上がり始めたようである。
それによって分かったことがもう一つ。
「(ルシアの火魔法って、現象としての炎を出すわけじゃないのね……)」
どうやら、ルシアの火魔法は、対象の物体に熱量を与えて、温度を上げる魔法だったようである。
火で”燃やす魔法”ではなく、強力に”温める魔法”と言えば分かってもらえるだろうか。
言い換えるなら、前者はガスバーナーで炙るようなもので、後者――つまりルシアの魔法は、電子レンジのようなものだと言えるだろう。
そんな中。
ルシアにも気づいたことがあったようだ。
「おっかしいなぁ……確かに火魔法を使ってるはずなんだけど、全然熱くならない……」
火魔法を使えば、普段なら術者であるルシアにも、少なくない量の熱線が届くはずなのだが……。
今日、この瞬間、確かに火魔法を使っているはずなのにも関わらず、ほとんど熱さらしい熱さが感じられなかったのだ。
一方、それを聞いていたワルツは、答えを知っていたようで、ルシアの疑問に対し、こう返答した。
「それね、私が真空の壁を作り出してるからよ?」
「…………?しんくー?」
「そっか……専門用語だったわね……。まぁ、ようするに、今、この木の近くには、空気がまったくないのよ。さっきのジョッキの話と一緒で、酸素を遮断したければ、そもそもからして、この木の近くから空気を無くせばいい、ってわけ」
「そんなこと……簡単に出来るの?風魔法?」
「んー……多分、重力制御魔法?」
「……えっ?」
「……ま、ともかく。熱っていうのは、そこに何か物体が無いと伝わらないのよ。例えば、目の間で焚き木が燃えてるとするじゃない?それを触ったら熱いでしょ?でも、触らなかったら熱くないでしょ?これは、焚き木から手を介して熱が伝わってきてるから、熱いと感じるのよ。それと同じで、空気も少しだけ熱を伝える効果があって、もしも空気が無ければ、まったく熱さは伝わらないのよ(遠赤外線とか放射の話もあるけど、それの説明を始めると大変なことになるから、今回は無しね……)」
と、ルシアの事前知識を慮って、それ以上の説明を止めたワルツ。
なにしろ、彼女は、これから起こる別の現象の説明をしなければならないのだから……。
そして彼女たちの前で、加熱されることにより白い煙を吹き出していた大木は、その表面を急激な速度で黒い色へと染め始めたのである。
1.1-07話をあと1話で終わらせねばならぬのじゃが、終わる気がしない今日このごろなのじゃ……。




