-10.4-25 時間25
……その日、人々は、自分の認識力というものを、生まれて初めて本気で疑った。目の前で起こる様々な出来事が、どれ一つとして受け入れられなかったのだ。突然、地面から生えるかのように空へとそびえ立った高い壁。猛烈な勢いで隆起する地面。そして、瞬く間に広がっていく建物の森……。それを見た人々の中には、こう考えていた者もいたようである。……そうか、これが白昼夢なのだな、と。なお今は夜である。
「「「…………」」」ぽかーん
炊き出しで配られた夕食を手に持ったまま、唖然として固まる人々。彼らがどのくらい唖然としていたのかというと、皿に入ったスープを足の上にこぼしても気付かないほど、と言えば、そのレベルを分かってもらえるのではないだろうか。
そんな混沌とした空気が漂う場所で、最初に口を開いたのは狩人だった。彼女もまた驚いていた人物の一人だったが、他の者たちから比べれば、こういった出来事にはある程度の耐性が付いていたらしい。おそらくは、これまでに、似たような光景を見慣れてきたのだろう。まぁ、何を見てきたのかまでは分からないが。
「……ルシアか……」
広場の端の方で、嬉しそうに姉とやり取りをしている少女に向かって視線を向ける狩人。
そんな彼女は、生まれも育ちもサウスフォートレスだった。故に、町には愛着があって、町の成り立ちにも興味があり、一時期は、傭兵のアレクサンドラが、仲間たちを引き連れて町を興したと思っていたこともあったようである。だが、その考えは、この時点で、綺麗さっぱり吹き飛んでいたようだ。
そんな彼女から向けられていた得も言われぬ視線に気付いたのか、ルシアたちが狩人の所へと近寄ってくる。
「何ですか?狩人さん」
「……いや。世の中って、どう人生が転ぶか分からないな……って、思っただけさ」ふっ
「…………?」
「ねぇ、ルシア?それわざと聞いた?」
「うん?何が?」
「……いえ、なんでもないの。気にしないで……」
そう言って、狩人と一緒に、生暖かいと表現できる類いの視線を、なぜか妹へと向けるワルツ。そんな彼女たちの視線の先にあったのは、きっとルシアの姿ではなく……。過ぎ去りし平穏な日々な日々の光景が、ふと浮かび上がっていたに違いない。
「なんか、2人とも変。どうしたの?」
「いや、本当になんでもないんだ。ルシア。むしろすっきりしたというか、心が晴れ晴れとしたというか……」
「そんな風に見えないけど……」
と、ルシアが首を傾げていると……。ワルツが狩人に対し用事があったらしく、彼女はこんな話を切り出し始めた。
「あ、そうだ、狩人さん。アレクサンドラのことで、ちょっと相談したいことがあるんですけど……」
「ん?アレクサンドラのこと?」
「はい。彼女の事……ここの連れてきて、住まわせたらどうかなって。……いや、保護した人たちをどうするかって考えたんですけど、私たち、彼らのことを放置も出来ないし、かと言ってこれから先のことも責任取れないし……。なので、彼らのことは、アレクサンドラに任せれば良いんじゃないかなー、と思いまして。ほら、彼女、傭兵ですから」
「それは……」
と、何かを口にしようとしたところで、なぜか言葉に詰まる狩人。その際、彼女が思い浮かべていたのは、アレクサンドラの顔と、家族の顔だったらしく——
「…………っ!」ぶわっ
「「え゛っ……」」
——直後、狩人は、感極まった様子で、大粒の涙を零した。
それを見て、ワルツとルシアが、思わず顔を見合わせる。
「ほ、ほら。やっぱり狩人さん、怒っちゃったわよ?!」
「お、お姉ちゃん!アレクサンドラさんのことは無しにしよ?」
「そ、そうね……。サウスフォートレスっぽい町を作ってもらったけど、ちょっとやり過ぎだったと思うから、一旦壊した方が良いかもしれないわね?」
「う、うん!」
「い、いや、ちょっと待ってくれ!2人とも!」
と、2人の会話が明後日の方向に流れていくのを察したのか、姉妹の会話にストップを掛ける狩人。彼女はそれから涙を拭くと……。なぜ涙を零したのか、その理由を口にした。
「私は……怒ってなんかないぞ?」
「怒って……ない?」
「ホント……ですか?」
「あぁ、もちろんだ。逆に感謝すらしているんだ。ワルツたちがここにいてくれたからこそ……未来の私たちがいるんだってことに気付いたからな。ありがとう、2人とも……。この町のことも、アレクサンドラのことも、全部2人に任せるよ」ぎゅっ
「「そ、そうですか……」」
嬉しそうな表情を浮かべながら、抱きついてきた狩人を前に、複雑そうな表情を浮かべるワルツとルシア。彼女たちとしては、好き放題やっていて、狩人のことを考えて行動したわけではなかったので……。狩人のその反応は、かなり予想外だったようである。
こうしてワルツたちの明日の予定は決まり……。南西の方向に2つほど山脈を越えた先にある乾燥地帯へと、数日前に別れたばかりのアレクサンドラたちを探しに行くことになったのであった。
……そして世界樹へ行くという予定は忘れ去られることになったのじゃ。




